すべては“春の攻勢”次第「夏の終わりにはクリミア奪還」も? 米軍事専門家3人に聞く[2023/02/24 18:00]

「自由を守ることは一日や一年でできることではない。ウクライナがロシアの猛攻に耐え、反撃を始めたように、困難で苦しい日々、勝利と悲劇が続くことになるだろう。」

バイデン大統領はキーウを電撃訪問した翌日、ポーランドのワルシャワで演説に臨んだ。「ロシアの勝利は決してない」と断言しつつも、戦争終結に向けた具体的な道筋を示すことはなく、戦争の長期化を印象付けるものとなった。これから春に向けてロシア、ウクライナ両軍の大規模な攻勢が予想される中、戦争はいつまで続くのか。アメリカの軍事専門家に見通しを聞いた。

ANNワシントン支局長 梶川 幸司(テレビ朝日)


◆「夏の終わりまでにクリミア解放」

アメリカ軍で駐欧州陸軍司令官(2014から17年)を務めたベン・ホッジス氏は、ウクライナに長距離兵器さえ供与すれば、「夏の終わりにはクリミアを解放し、その後でドンバスも回復できる」という。

「ロシアの量的な優位性を崩すには、司令部や弾薬庫、輸送網といった目標を長射程で正確に命中させることが不可欠です。それさえできればミサイル、ロケット、航空機、ドローン、武器は何だっていいのです。」

 アメリカは今月に入って、GLSDBと呼ばれる長射程のロケット弾の供与を発表した。従来のHIMARS(高機動ロケット砲システム)の射程が80キロなのに対し、GLSDBの射程は150キロ。実戦配備されるまでには数カ月かかると見られるが、ロシア軍はGLSDBの配備をにらんで、すでに弾薬庫などを射程外に移したという。

一方、ウクライナが強く求めているF16戦闘機や地対地ミサイルATACMS(射程300キロ)を、アメリカは出し渋っている。ロシア領内への攻撃に使用されると、事態をエスカレートしかねないからだ。とりわけ、クリミア半島への攻撃はロシアが自国領の攻撃と見なし、核兵器使用の「レッドライン」を踏み越えることになりかねない。しかし、ホッジス氏は長距離兵器の供与を急ぐよう訴えている。

「ロシアが核兵器を使うリスクを過大評価しています。ほとんどゼロでしょう。いったい誰がクリミアを『レッドライン』だと決めたのでしょうか。私たちは勝つことを怖がってはいけません。自らを抑止するのをやめる必要があるのです。殺戮を止め、命を救う最も手っ取り早い方法は、ウクライナの勝利を早く実現することです。彼らが必要とするものを与えれば、戦争は早く終わるのです。ロシアがクリミアを占領している限り、ウクライナは決して安全ではなく、経済の再建も困難です。長射程の精密兵器さえあれば、セバストポリの基地も含めてクリミアを無力化できるはずです。」

◆「カギは“春の攻勢”の行方」

一方、ホッジス氏の前任の駐欧州陸軍司令官(2011から12年)で、現在は軍事アナリストとしてCNNに出演しているマーク・ハートリング氏は、「クリミアの奪還には、いったいどれくらいの時間がかかるか分からない」と楽観論を戒める。ハートリング氏が注目するのは、ロシア・ウクライナ両軍による春の攻勢の行方だ。

「動員した兵士を大量に前線に送り込もうとするロシア軍と、新たに西側の装備と訓練を受けたウクライナ軍との勝負になるでしょう。ウクライナは西側諸国に非常に多くのことを要求していますが、現場で指揮官を務めた私の経験から言うと、戦争をしながら同時に新しい装備に移行し、効果的に使えるよう部隊を訓練するのは難しいことです。」

 ハートリング氏は戦場ですぐに結果を出せる兵器とは何かをまず理解すべきだと訴える。

「今すぐに使える兵器と、ロシアへのシグナルとしては重要だが訓練に時間も費用もかかる兵器と、どちらかを選ぶ必要がある場合、今すぐに使える兵器を優先すべきです。戦闘機はパイロットの訓練だけでなく、整備や維持にも膨大な時間がかかります。」

ハートリング氏が評価するのは、今年に入ってアメリカが供与を決めた歩兵戦闘車のブラッドレーと装甲車ストライカーだ。兵士を安全かつ迅速に前線に運ぶことができる。

「私は湾岸戦争の『砂漠の嵐』作戦でブラッドレーに乗りましたが、これは兵士が『戦場タクシー』と嘲笑的に呼ぶほどの機動力があります。そして、ストライカーは装甲こそ薄いものの時速97キロで走り、10から14人の兵士を乗せることができます。燃料をあまり消費せずに広範囲をカバーできるのです。私はストライカーを90台供与すると聞いて、HIMARS以外では、これが一番良いと思いました。こうした装備を使って迅速に移動し、ジャベリン(携行式対戦車ミサイル)や砲兵部隊と連携することができれば、年内にドンバスを奪還できる可能性は非常に高いと信じています。」

 国防総省は17日、ドイツにある米軍施設で、ウクライナ軍の部隊がブラッドレーを使う訓練を約5週間で完了したと発表した。まもなくストライカーの訓練も始まる見通しだ。ハートリング氏は戦争の行方は、西側の装備と訓練を受けたウクライナ軍が春の攻勢でどこまで領土を奪還できるかにかかっていると指摘する。

 ◆「武器・弾薬の在庫に懸念」

 アメリカは侵攻開始以来、ウクライナに4兆円規模の軍事支援を表明し、ウクライナにとって「生命線」となっている。ところが、いま武器・弾薬の欠乏が懸念されている。CSIS(米戦略国際問題研究所)のマーク・カンシアン上級顧問に話を聞いた。カンシアン氏は行政管理予算局で国防予算を担当したこともある兵站の専門家だ。

「一部の武器・弾薬の在庫には懸念があり、国防総省がウクライナに供与することを躊躇するようになっています。代表的なものが砲弾、ジャベリンやスティンガー(携行式対空ミサイル)。冷戦後に効率を重視して、防衛産業の規模を縮小してきた結果です。」

 カンシアン氏によると、ウクライナでは現在、155ミリ榴弾砲を1日に約3000発を消費しているという。これはアメリカの1年間の生産量をわずか1カ月で使い切ってしまう計算だ。しかし、いざ生産を増やそうと思っても、製造ラインの新設やサプライチェーンの構築には数年単位の時間がかかるという。

冷戦後、軍需産業の統廃合が進み、武器・弾薬の在庫は「適正水準」に抑えられた。独ソ戦のような地上戦が再び欧州で起きるとは誰も想定していなかったのだ。

「アメリカ軍の在庫が生産によって回復するにはHIMARSで3、4年、ジャベリンだと8年かかるかもしれません。現在、米欧を挙げて武器・弾薬を増産しようと努めていますが、ウクライナのニーズをすぐに満たすことはできません。ウクライナは今までのようなスピードで弾薬を使うことはできないでしょう。軍隊は砲弾を使い果たすことはできません。砲弾が不足している以上、目標に優先順位をつける必要がありますし、その達成はより難しくなります。」

アメリカは155ミリ榴弾砲の代用品として105ミリ榴弾砲の弾薬を提供したり、同盟国から融通することでウクライナ軍を下支えしている。現時点で武器・弾薬の問題が重大な影響を与えているわけではないが、消耗戦のような戦い方をいつまでも続けられるわけではないという。

「流れを変える、ゲームチェンジャーとなる兵器などありません。春の戦いの結果、戦場がどう変化するか、それが最終的に停戦交渉の行方を決めることになるでしょう。膠着した状態が何カ月も何年も続くようだと、アメリカ国内の支持を取り付けることは困難です。」

 アメリカ議会下院で主導権を握る共和党の一部には、巨額の軍事支援を続けることへの消極論があり、世論にも「支援疲れ」の傾向が徐々に現れている。去年12月に成立したウクライナ支援の約6兆円の予算は、7月中旬までは持つとされるものの、バイデン政権の中からは議会や世論を背景に「軍事支援は永続的なものではない」との声も出ている。

「向こう半年間が決定的に重要」(CIAバーンズ長官)とされる中で、将来的な停戦交渉を視野に、ウクライナが有利な状況をどのように実現していくのか、今後もアメリカの軍事支援が戦争終結のカギを握ることになる。

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