気球が変えた「微笑み外交」 撃墜で「戦狼外交」に逆戻り? 全人代後の多難な米中関係[2023/03/01 07:00]

中国便り07号
ANN中国総局長 冨坂範明  2023年02月

去年10月に始まった、3期目の習近平政権は、外交面では以前の「戦狼外交」から、「微笑み外交」への路線転換を図っているように見えた。ゼロコロナ政策で経済が減速する中、波風を立てたくなかったのだろう。
融和路線は、アメリカに対しても同様だった。去年11月にバリ島で行われた、習主席とバイデン大統領の初の米中首脳会談では、習主席が「中国には、アメリカに取って代わる意図はない」と改めて表明。

お互いの違いを認めた上で、対立をコントロールする重要性を強調し、ブリンケン国務長官の訪中もその場で合意した。しかし、2月に予定されたその訪中は、誰もが予想しない理由で吹き飛ぶことになった。

■中国外務省も把握していなかった「謎の気球」

ブリンケン国務長官の訪中を数日後に控えた、中国時間3日の早朝、ワシントン支局の同僚からの報告に、思わず目を疑った。国防総省が、アメリカ本土の上空で、偵察用の気球を発見し、「中国のものだと確信している」というのだ。
その後、モンタナ州の男性が撮影した巨大な気球の映像と、「スパイバルーン」という単語とともに、このニュースは世界を駆け巡った。

当然、中国側の反応が注目されたが、定例会見での外務省の回答は、要領を得ないものだった。
「状況を確認中だ。事実関係が確認される前に、煽り立てることは、問題の解決にはならない」

この時点で、アメリカの発表から半日以上が経っていた。アメリカが「確信」している内容を、当事者である中国がなぜ確認できないのか。考えられる可能性は2つ、本当に知らないのか、言い訳を考えているかだ。真相は不明だが、外交筋などには、人民解放軍と外務省の連携がとれていないという見立ても多い。

中国外務省が自国の気球だとようやく認めたのは、その数時間後だった。そして、次のように釈明した。
「気球は中国の民間の気象観測用のものだ。不可抗力でアメリカ上空に入り込んだことを、遺憾に思う」

この時点で、ブリンケン国務長官の訪中は、まだキャンセルされていなかった。中国側はあくまで下手に出て、何とか事態を収めようとしたのだろう。しかし、アメリカの態度は強硬だった。

■訪中キャンセルから撃墜、追い込まれた中国にも現れた?「謎の気球」

中国が自国の気球と認めた数時間後、アメリカ国務省は偵察気球を「容認できない」として、ブリンケン国務長官の訪中延期を発表した。そして、戦闘機F22を使って撃墜するという荒業に出た。当然、中国外務省は「強烈な不満と抗議」を表明したが、この時点では分が悪かった。民間の気象観測用と主張する割には、気球を飛ばした会社名などの説明が、一切なかったのだ。追い打ちをかけるように、アメリカはさらに、上空を飛ぶ「謎の飛行物」を次々と撃墜した。

アメリカに押し込まれているように見えた中国だが、12日、不思議なことが起きた。海軍基地のある山東省付近の海域で、「謎の気球」が現れ、撃墜準備をしているという報道が、一斉にネットメディアに流れたのだ。この報道の奇妙な点は、続報が一切ないことで、気球がどうなったのかはいまも全く分からない。しかし、中国外務省は「デマだ」と否定することもしなかった。今思うと、それは「中国も気球で偵察されている」という反撃ののろしだったのかもしれない。

■反転攻勢から強烈批判文書 そして「平和の使者」に

13日、中国外務省は反転攻勢に出た。「アメリカの気球が昨年以来、10数回中国に不法に侵入している」と、論点をすり替え、アメリカを攻撃したのだ。当然、アメリカ側は「飛ばしていない」と即座に否定したが、中国は攻撃の手を緩めなかった。「昨年5月以降」「チベットや新疆で」と、連日情報を小出しにして、証拠を持っていることをアピール。一方のアメリカ側は、最初に撃ち落とした気球以外は、中国との関連を証明できなかったために、一気に守勢に追い込まれた。

18日、ミュンヘンで開かれた安保対話では、中国外交トップの王毅氏がアメリカの気球撃墜を「100%武力の乱用だ」と、痛烈に批判。20日には中国外務省が「アメリカの覇権・覇道・いじめとその危害」という文書を発表し、アメリカの外交政策を全面的に否定した。

再び、「戦狼外交」の顔を見せる一方で、ウクライナ問題では中国はいわゆる「和平案」を発表し、「平和の使者」を目指す立場を示した。本当に責任のある大国はアメリカではなく、中国ですよと、世界にアピールしているようにも見える。ただし、その和平案はお題目が並んでいるだけで、実現の可能性は低いとみている外交筋は多い。

■全人代で加速する「中国式」前途多難な米中関係

気球騒動が一段落したころ、中国外務省の高官とじっくり話す機会があった。高官は中国の主張を長々と述べた上で、「この問題はそんなに複雑ではない、アメリカのショーだよ」と大笑した。そして、「中国には中国独自のやり方で、発展をする権利がある。アメリカは発展しようとする国に圧力を加えてきた。日本もそうされたでしょう」と水を向けてきた。高度成長期の、日米貿易摩擦のことを指しているのだろう。その言葉には、中国はアメリカの圧力を跳ね返すという、自信がみなぎっていた。

中国では3月に、全人代(=全国人民代表大会)が始まる。今回の全人代では、党と政府機構の改革が行われ、ますます党の権限が強化される方向だ。共産党が民意を吸い上げ、最適な政策を効率よく実行していくという「中国式の民主」は、我々西側が考える「民主主義」とは、ますますかけ離れたものになっていくだろう。
気球が変えた米中の関係を、両国に挟まれている日本の記者として、しっかり追いかけていきたい。

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