中国便り08 号
ANN 中国総局長 冨坂範明 2023 年 03 月
空港から出てくる林芳正外務大臣を、何台ものテレビカメラが出迎える。コロナ前にはたびたび繰り広げられてきた光景が、また戻ってきた。およそ3年ぶりの、外務大臣の訪中だ。
本来ならば、「日本と中国の往来回復の象徴」として、晴れがましいムードで行われるべき訪問だったかもしれないが、今回は重苦しい雰囲気が漂っていた。
影を落としているのは、日本の大手製薬会社の北京駐在員(50代)が先月、拘束された事案だ。
北京に長く滞在していたベテランのAさん。現地駐在員の間でも顔が広く、私自身、直接お会いしたこともある。
そのAさんがどこで、いつ、なぜ拘束されたのか。詳しい情報は分かっていない。中国外務省は「反スパイ法」と「刑法」に違反しているということのみ公にしている。
林大臣は到着したその足で日本大使館へと入り、現地の日系企業関係者と意見交換を行った。
■華やかなイベントの裏で 発覚した日本人拘束
Aさんが拘束されたことが判明したのは、3月25日の土曜日。
その日はちょうど、中国政府系のシンクタンクが外国企業のトップなどを招いて行う「中国発展ハイレベルフォーラム」が開かれていた。会場の釣魚台迎賓館には、色とりどりの花が咲き誇り、イベントに、文字通り花を添えていた。
外国企業は近年まで、中国に熱視線を送り、このフォーラムにも数年前までは多くのCEOが参加していた。しかし、最近は様子が変わってきた。「ウォール・ストリート・ジャーナル」によると、参加するCEOたちの多くが、中国への積極的な進出に、ためらいを見せ始めているという。
その大きな理由が、中国の「予測不能性」「不透明性」だ。中国に巨額の投資をしても、ビジネスをうまく続けられるかどうか、先の見通しが立たないというのだ。米中対立が激化し、民間分野にも党の指導がますます強まる中、その傾向は顕著となっている。
今回、参加に踏み切ったアップルのティム・クックCEOにも、「中国でビジネスを続けることへの不安」などの質問が投げかけられたが、クック氏は敏感な質問には答えず、足早に会場を後にした。
長年、外国企業に中国経済の発展を顕示してきたこのフォーラムと同じ日に発覚したAさんの拘束事案は、その「不透明性」の象徴ともいえる。
■北京の日本人社会に広がる衝撃
Aさんについて私はまもなく帰国すると聞いていて、てっきり日本に帰ったとばかり思っていたので、実際は拘束されていると知り、非常に驚いた。北京の日本人社会でも大変な衝撃が走った。
「このまま中国でビジネスを続けていて、大丈夫なのか?」
3月31日に、日本大使館で開かれた天皇誕生日の祝賀レセプションでは、招待された多くの企業関係者から不安の声が聞かれた。
垂秀夫駐中国大使は挨拶で、日本人拘束事案への直接の言及は避けたが、「日中関係を支えてきた『人的往来』と『経済関係』という2本の木が倒れるのではないか」という言葉で、危機感を表明した。
漠然と広がる不安と恐怖、それは、記者の世界も同じだ。
■増えつつある取材への制限
私は今回で2回目の赴任だが、前回(2013年〜2017年)の赴任時より、取材の制限が多くなったと感じる。
例えば、特に地方都市などでは、通常の公道で取材をしていても、撮影を止められることがままある。
「記者証は持っているのか」「パスポートは携帯しているか」「許可は取ったのか」…
様々な理由を付けて、取材を止めてくる。
「記者証は持っている」「パスポートは携帯している」「公道だから許可はいらないはずだ」…
こちらも理由を説明し、撮影を続けようとするが、上手くいくことはほとんどない。
「でも、だめだから」
と言われ、取材制限の根拠の説明もほとんどないまま、派出所の一室などに連れて行かれ、ほとぼりが冷めるまで、じっと過ごすこともある。
Aさんの拘束事案の判明後にも同様の制限を経験したが、これまでとは感じる恐怖感が違った。
「このまま出られなかったらどうしよう」
という不安が、以前よりずっと強くなったのだ。
それは、知人が当事者となった今回の拘束事案について、中国側から満足のいく説明が、ほとんどないことも原因の一つだろう。
■「安全」を守るための法律が「不安」を高める矛盾
訪中した林大臣に、中国側の誰が対応するかも焦点の一つだった。
結果的には、秦剛外相のほかに、外交トップの王毅氏や、政権ナンバー2で、首相に就任したばかりの李強氏との面会も実現した。
李強首相からは、上海市のトップなどとして外国企業と付き合ってきた自身の経験にも基づきつつ、日中経済関係の重要性が述べられた。
アメリカとの対立で経済が減速する中、日本企業の力を借りたいというのは、中国側の本音だろう。しかし、恣意的な運用で身柄が拘束されてしまうのであれば、日本企業の進出意欲はますます薄れていくと思われる。
林大臣は、およそ4時間にわたる秦剛外相との会談の冒頭で、日本人拘束事案への抗議と、早期解放を改めて申し入れた。
具体的なやり取りは明かされていないが、中国外務省の発表文では、この問題について漢字四文字でこう述べられていただけだった。
「依法処置」=「法に従って処置をする」
「反スパイ法」という、国家の「安全」を守るための法律が、違反行為の説明もなく、不透明なまま恣意的に執行されることで、現地で経済活動などをする人たちの「不安」を高めているという矛盾。
中国政府には、より詳しい事実関係の説明を求め、Aさんの一刻も早い解放を祈りたい。
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