「和牛」が中国に密輸されているーー。
そんな情報を得て取材をすると、記録上は日本からカンボジアに大量の牛肉が輸出されていることが分かった。
和牛の不正輸出容疑で逮捕された男らは、商品が入ったコンテナの「受取先」を、カンボジアの首都・プノンペンにある日系会社としていた。その情報をもとに現地を訪れると、思いもよらぬ光景に出くわす。店主の男性は「ここに来たのはあなた達が3番目だ」と語った。
日本と中国、点と点を結ぶ“カンボジアルート”のカラクリとは…。(ANNバンコク支局 久須美慎)
■カンボジアの“輸入業者X” 住所を訪ねると…
日本から出荷された和牛を受け取るはずの会社「X」はFacebookのページを持つ。最終更新日は2019年で更新が止まっている。書き込みからは肌のケア用品やサプリなど、日本からの輸入品を販売していた形跡はあるが、“和牛”に関する記述は一切ない。今年4月、我々は入手した情報をもとに、その会社「X」があるとされる住所に向かった。
地図は首都プノンペンの中心部からほど近い、市場の一角を示していた。同じような建物が連なり、商店や事務所が立ち並ぶ。テナントとしてオーナーがそれぞれ店や会社に貸し出しているのだろう。「X」の場所はすぐに見つかった。
が、そこにあったのは、Tシャツなどを売る地元の日用品店だった。
■“休眠会社”か…記載された業者に実態無し
「一体彼は何を聞きたいんだ?」 通訳を介し、店の主人が尋ねてきた。
ここに日本からの牛肉の輸入を手掛ける会社があるはずだと説明し、会社名を示すも、まったくピンときていないようだ。
「自分はオーナーから借りて店を出しているだけだ。この会社のことは知らない」
Tシャツや毛布、洗剤など地元の日用品を取り扱う店として3年半ほど前からこの場所を借りたという。「和牛」のカンボジアへの輸出先として会社「X」の名前が税関への申告書類に記載されたのは去年。周辺の店に聞いても、「X」について知っている人はいなかった。
捜査関係者によると、「X」社はかつて現地リサーチ会社として、日本人のスタッフも雇っていたという。しかし、数年前には事業を停止し、登記上は会社が残されているものの、いわゆる「休眠会社」となっていた。
“カンボジアルート”の実態は、「休眠会社」の名前を無断で利用し、正規の取引を装っていた可能性が高い。そして、インタビュー取材を終え、帰国の飛行機に乗るために現場を離れようとした際、店主の男性が気になることを話し出した。
■「ここにきたのは、あなたたちが3番目だ」 他にもこの事件を追う人物が
「1週間ほど前にも、あなたたちのように、ここにあるはずの会社を探しに来た人物がいた」
「ここにきたのは、あなたたちが3番目だ」
私たちが訪れる1週間ほど前に、2日続けて別々の人物が現れたという。そのうち、最初に訪ねてきた人物の服装は、「税関職員のようだった」。その人物は、“中国の会社”を探して訪ねてきた。ただし、私たちが探していた「X」とは別の名前だった。また、その翌日に訪れた人物は制服姿ではなかったが、この住所にある会社を探しに来ていた。
誰がこの場所を探していたのか。現れた人物は何者だったのか? 現地当局も不正輸出に関する何らかの情報を得て、捜査をしていた可能性がある。我々はこの X 社と関わりが深いカンボジア人の男性を見つけ出し、接触を図った。しかし返ってきた答えは、「この件はもう終わっています。これ 以上話は無い。情報捜査は日本側とカンボジア側で終了です」という日本語のメッセージだけだった。
私たちはカンボジア税関に、この住所にあるとされる会社「X」の名前を示し、把握している情報がないか書面で問い合わせたが、回答はない。
■データが示す矛盾 カンボジアに日本の“和牛”はそれほど流通していない?
不正輸出に詳しい関係者は「カンボジア向けの9割9分は中国に流れてますよ」と話す。
かつて中国当局は、カンボジアで荷下ろしされた和牛を、ラオス・タイなどを経由して上海などに密輸していたケースを摘発している。しかし、今回のケースは、輸出先として書類に記載されていた会社に実態がなかった。そもそもカンボジアには日本の“和牛”が届いていなかったのではないか。
日本の貿易統計データでカンボジアへの輸出額を見ると、「冷凍牛肉」だけでも
▼2021年(年間) 約1億4346万ドル(2021年平均レート:1ドル=109.75円)
▼2022年(年間) 約 5387万ドル(2022年平均レート:1ドル=131.50円)
となっている。
だが、カンボジア商務省のデータベースによると、カンボジアが日本から輸入する、牛肉も含んだ「肉類」は、まったく異なる数字になる。
▼2021年(年間)10万3000ドル
▼2022年(年間)34万1000ドル
どうしてこれ程の違いが出るのか。
関係者によると、カンボジア含む東南アジアなどへの輸出の際は、申告金額を安く偽って、高額の税金などを回避しようとする業者も多いということだが、それを加味しても、この差は異常だ。この件に関して、カンボジア商務省に問い合わせているが、回答は得られていない。
■「カンボジアの庶民には高すぎる」 “和牛”はどこにも見当たらない
去年11月、プノンペンの焼肉店で牛肉を取り扱うカンボジア人と食事をした際に、聞いた話を思い出した。
「和牛なんて高すぎて、この国のどこにも見当たらないよ」
「そもそもカンボジアの港には和牛は入ってきていないし、入ってくる前にどこかで積み替えているのではないのか?」と話していた。確かに、その時に私たちが食べていた肉も、アメリカ産とオーストラリア産だった。
市内のスーパーマーケットを覗いても、和牛は見当たらない。店員に「日本からの輸入牛肉はありますか?」と尋ねると、示されたのは「WAGYU」と書かれたオーストラリア産のものだった。
統計にしか残らない、「消えた」和牛。
それはどこへ行ってしまったのだろうか。
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