モスクワ市内から見た“プリゴジンの乱” 民主派ナワリヌイ支持者にも広がった共感[2023/06/28 18:00]

■「販売禁止」になったワグネルのグッズ

ワグネルの反乱が“鎮圧”されてから2日後、モスクワ中心部のアルバート通り。
ここは、観光地として有名で無数の土産物店が並ぶ。

一見普段と変わりないが、土産物店をのぞくと、これまで誇らしげに並べられていたワグネルのTシャツやワッペンなどが忽然と姿を消したことに気づく。

「ワグネルのグッズはありますか?」

尋ねると、眼鏡をかけた細身の店員は少し声を潜めた。

「ワッペンならね。いくつほしい?」

そう言い残すと店員は外へ出ていった。
しばらくして3枚のワグネルのワッペンを手に戻ってくる。

「1つ500ルーブルだ」

日本円で1000円近くする。少し高いが、店に残っている最後の3つだというので、すべて購入することにする。

別の店では、女性店員が「ワグネルの蜂起が始まった夜、慌てた支配人から電話で指示がありすべて撤去したのよ」と耳打ちして教えてくれた。
だが、撤去した品物がどこへ行ったのかは明かしてくれなかった。

ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジン氏は、プーチン大統領から「裏切り者」「反逆者」と呼ばれ、国外追放状態だ。
そのワグネルを英雄視するようなグッズは一夜にして、ほとんど発売禁止扱いになった。

■プリゴジンの反乱に熱狂したロシア

プリゴジン氏の反乱をロシアの人びとはどう受け止めているのだろうか?

武装蜂起の宣言を行った6月23日夜から24日に未明にかけて、モスクワ時間では深夜の2時や3時にもかかわらず、プリゴジン氏がSNSテレグラムにロシア語で次々と更新する音声メッセージは一瞬で数十万回以上再生され、ハートマークやライク(いいね!)で埋まっていく。

ロシアの独立系メディアは数分と間を置かずに、プリゴジン氏やワグネルの一挙手一投足を速報し続ける。

それから反乱が収束するまでおよそ24時間、プリゴジン氏のニュースが一瞬たりとも途切れることはなかった。

衝突への恐れと同時に、ロシアの国中が異様な興奮に包まれているようでもあった。

■プリゴジン氏にロシア人が同調しやすかった理由

今回のプリゴジン氏の行動には、ロシア人が同調しやすい理由がある。

断っておくと、プリゴジン氏はソ連時代に強盗や売春斡旋などで9年間、服役している凶悪犯だ。脱走したとされる兵士の頭をハンマーで殴りつぶすなど残忍な人物として知られている。道徳的にも決して英雄視されるような人間ではない。

にもかかわらず、プリゴジン氏の蜂起のメッセージに大量の人びとが耳を傾け、テレグラムでは、ほとんどの人がハートマークやライクなど肯定的なボタンを押している。例外は“撤退宣言”の投稿だった。

それは、プリゴジン氏の訴えが、国防省や権力者の「汚職」「欺瞞」「官僚主義」にむけられていたからだろう。
ロシアの人びとは伝統的に権力の腐敗や汚職というものへの拒否感が強い。

意外かもしれないが、アレクセイ・ナワリヌイ氏の主張もほとんど同じだ。

「プーチン氏の最大の政敵」とされるナワリヌイ氏と、「プーチン氏の料理人」とされるプリゴジン氏。一見、正反対のようにみえる2人だが、主張の根っこは同じなのだ。

ナワリヌイ氏は、厳しい弾圧をはねのけて、ロシア全土で大規模なデモを引き起こした。
彼の呼びかけに多くのロシア人が賛同し、デモが大規模化したのは、ナワリヌイ氏が「民主主義」や「自由」といった崇高な理念を掲げたからではない。
プーチン政権の「不正」や「腐敗」を徹底的に暴いたからだ。
実際に2021年のデモに繰り出した人びとが手にしていたのは、トイレの掃除用ブラシだった。
プーチン氏の別荘にあるといわれる700ユーロ(およそ9万円)もするという黄金に塗られたトイレブラシへの人々の怒りが、ロシア全土を揺るがす原動力となっていたのだ。

今回のウクライナ侵攻をめぐって、プーチン氏は「欧米の脅威」やウクライナの「非ナチ化」あるいは「非武装化」を大義として掲げている。
一方で、私たち日本や欧米、ロシアのリベラル層は、ウクライナの「主権」「自由」を踏みにじることは断じて許されないとして戦争を止めようと呼びかける。
じつは、どちらもロシア人の心には響きにくい。

それよりもロシア人の心に訴えるのは「権力の腐敗」の糾弾だ。
プリゴジン氏は、ウクライナへの侵攻は「ショイグ国防相やエリートたちが私腹を肥やすために始めたものだ」という。そうした汚職や欺瞞、官僚主義を排除するのだというプリゴジン氏の主張はロシア人の心に直接訴えかける。
汚職を摘発する「世直し」にロシアの人々は共感したのだ。

■ロシア国防省への不満 「ワグネルのお陰で兄は生きられる」

「ロシア軍はひどい不正を行っています」

そう訴えるのは、兄がロシア軍に動員されたという国立大学の学生だ。
彼は、ウクライナへの侵攻を強く支持している。

ロシア軍の軍規を徹底的に読み込んでいるその学生は、次から次へと違反を列挙する。支給品の粗悪さや不足、訓練キャンプでのテントとトイレの位置も定められた距離を取っておらず、健康被害の可能性がある、などの指摘は徹底的だ。

その問題の原因は何だと思うかと尋ねると、ロシア軍の内部の腐敗だろうという。
この腐敗を暴き出し、捨て身で前線で戦っているのが「ワグネル」だといい、プリゴジンを評価する。

「最も危険な場所でワグネルが戦ってくれているので、私の兄は生きていられます。ワグネルのお陰です」

これまでウクライナへの侵攻に反対したり、反プーチンを掲げたりする主張は、強烈な弾圧もあり、ロシア国内での広がりを欠いていた。

しかし、プリゴジン氏が「汚職摘発の世直し」という大義を掲げることで、ウクライナ侵攻を支持する人々も巻き込み、彼らの不満もさらけ出したことは極めて重要だ。

もちろん、従来のナワリヌイ支持者たちもまた、プリゴジン氏の主張に同調した。
彼らは汚職追及と同時に、政権崩壊の可能性をはらんでいることもわかったうえで、プリゴジン氏の音声メッセージにハートマークやライクを押したのだろう。

■“プリゴジンの乱”後のロシアは…

プリゴジン氏とナワリヌイ氏の違いは、プリゴジン氏が「ワグネル」という軍隊を持っていることだ。

ナワリヌイ氏の武器が、市民に参加を呼び掛ける「デモ」だとすれば、プリゴジン氏は軍事車両で、一気に首都に攻め込もうとした。
それに周囲の市民らも呼応することになれば、政権にとって脅威に他ならない。

だからこそ、プーチン政権は「ワグネル」を徹底的に潰すだろうし、一方でプリゴジン氏は存続させようとするだろう。

ベラルーシのルカシェンコ大統領を間に挟み、プリゴジン氏が「血なまぐさい衝突」を避けるのと引き換えに、どのような条件で交渉したのか明らかになっていない。ただ、「ワグネルの存続」は強く要求したとみられている。

プーチン大統領はテレビ演説で、モスクワに向けて進軍したワグネルの兵士に「国防省との契約を結ぶか、望む人はベラルーシに行くこともできる」と軍の傘下に入ること以外の選択肢を提示した。また、ルカシェンコ大統領は27日、プリゴジン氏がベラルーシにいると明言した。
24日にロストフ州から退却した後、まだ姿が確認されていないプリゴジン氏の処遇と合わせて、「ワグネル」がベラルーシで本当に存続するのかどうか、その行方も今後のロシアの情勢や、ウクライナとの戦況をも大きく左右する重要なポイントになる。

ANN取材団

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