「太平洋は下水道ではない」中国が仕掛ける“世論戦” 処理水放出で日本は反論説明会[2023/07/01 10:00]

中国便り11号 
ANN中国総局長 冨坂範明  2023年06月 

この夏にも始まる放出に向け、いよいよ大詰めを迎えている福島第一原発の、処理水の問題。
IAEAのグロッシ事務局長が、7月4日に来日し、岸田総理に安全性についての報告書を出す見込みだ。

福島第一原発の廃炉に向けたスペースの確保のため、必要とされている処理水の放出だが、中国は繰り返し反対を表明してきた。
中国側は「処理水(Treated Water)」とは呼ばず、「汚染水(Contaminated Water)」と言い、放出をやめるよう強く主張している。テレビでも連日、処理水問題が放送され、今まさに、中国から「世論戦」が仕掛けられている状況になっているのだ。

■全人代 秦剛外相が就任初会見で“福島”に言及

私が中国の処理水問題についての発言を最初に意識したのは、3月7日のことだった。3期目の習近平指導部の正式スタートとなる全人代=全国人民代表大会での、秦剛外相の就任初会見の時だ。

日本の記者が聞いた「今後の日中関係をどう構築するのか?」という問いに対し、「互いに脅威にならない、歴史を鏡とする、秩序を守る、互恵を目指す」という一般的な回答のあとに、「福島第一原発の汚染水の問題は、人類に関わる重要な問題で、責任をもって処理すべきだ」と付け加えたのだ。

世界各国の記者が注目している中でわざわざ「福島」に言及したことに、私は少し驚いた。
「これは何かを仕掛けてきているのでは?」
感じた違和感は、すぐに現実化していく。

■中国の主張 「太平洋は日本の下水道ではない」

それから1週間余りたった3月16日、中国外務省の関連団体から、記者懇談の知らせがあった。

テーマは「福島第一原発の汚染水について」。
記者を集めて中国側は、「安全性の説明が足りない」として、放出に反対する姿勢を強調。ロシアと共同で作成した懸念事項のリストも配られた。
さらに担当者は「太平洋は日本の下水道ではない」とまで言い放った。

例えを使って印象を強くする狙いなのだろうが、廃炉に向けた努力をしている人たちは、これを聞いてどう思うだろうか。さらに、風評被害を助長する懸念もあるだろう。
知り合いの中国人も、「心配なら批判ばかりするのではなく、一緒になって解決策を考えてあげればよい。それが大国の姿だ」と言っていた。

中国国営のCCTVは連日、福島で処理水の放出に反対する人の声を流し、不安を煽っている。放出に賛成する人の声は出てこない。
当初はそれほど関心がなかった中国の市民も、連日の報道で関心を持つ人が多くなったように感じる。科学的な根拠はほとんどないが、日本製の化粧品などのボイコットを呼びかける動きもネットでは出て来ている。

中国が処理水の問題にこだわり、「カード」として利用する背景には、いくつかの理由が考えられる。
まずは、現政権が最も重視する「安全」の問題だ。食の安全、生態系の安全のために主張する姿を中国国民に見せ、政権への求心力を高める狙いがあるだろう。
また、国際的な理解が得やすい問題で、世界からの評価を得る思惑も透けて見える。
さらに、事故を起こした日本は強く言えないことを見越しているともいえる。

ただ、北京の日本大使館も沈黙するばかりではなかった。反論の説明会を開いたのだ。

■説得を続ける日本側 あくまで科学的に

日本大使館が北京駐在の外国メディアの記者を招いて説明会を開いたのは6月13日。東京から英語によるオンラインブリーフの形で行われた。

日本側からは、放射性物質の濃度は基準より低いこと、希釈した上で沖合に流すことで影響はないこと、さらに韓国や中国の原発から、処理水より高い濃度の排水が海に流されていることなどが説明された。
外国メディアの関心は高く、「放出以外の選択肢はないのか」など、活発な意見が交換された。ただ、説明会は中国メディアを呼ばずに開催されたため、その後批判の声を受けることとなる。

中国メディアの多くは中国政府の主張を代弁する立場のため、説明会の場で反論などが相次ぐと、収集がつかなくなることを危惧したのだろう。また、大使館関係者によると、中国政府側にも説明の機会を求めているが、なかなか面会ができないのだという。こういった細かい駆け引きを繰り返しながら、世論をめぐる争いは今も続けられている。

■原発立地県の出身者として…

実は私は、原発立地県の福井県の出身だ。よく泳ぎに行った若狭湾には、原発が立ち並び、「原発銀座」の別名もある。
子どものころから、「原発は夢のエネルギーだ」と教えられ、「高速増殖炉もんじゅ」という言葉が、小学校で早口言葉として流行していたことも覚えている。
圧倒的にポジティブだった原発のイメージだが、福島の原発事故が全てを変えた。

福島県では今も、2万人以上の人たちが避難生活を余儀なくされている。
また、福島第一原発の敷地内からトリチウム以外の放射性物質を取り除いた「処理水」は今も増え続け、限界量の97%まで達している。永遠にタンクを作り続けることが現実的でない以上、処理水の放出は避けては通れない課題だが、そのためには、IAEAの科学的な報告書による安全性の担保や、強く反対している漁師の人たちを含めた、地元の人たちの理解が、何よりも大切だろう。

6月29日、中国外務省の報道官は、IAEAの調査結果を尊重するかについて「報告書を見て判断する」と即答を避けた。自分たちに都合が良い結論がでるかどうかで、態度を決めようとしているようにも見える。
もし放出がなされた場合、中国が何らかの報復措置を取ることも考えられる。ただ、中国政府の判断とは別に、科学的な調査に基づき、理性的な判断をしてくれる中国の人も多いと信じたい。

日本としては、風評被害を起こさないためにも、科学的な姿勢と粘り強い胆力で、国際世論に訴え続けていくしかない。

こちらも読まれています