「許すという言葉はない」公開処刑か事故死か…プリゴジン氏死亡と旧KGBの遺伝子[2023/08/25 18:00]

 2カ月前に「プリゴジンの乱」で世界中を騒がせたエフゲニイ・プリゴジンの所有するビジネスジェット Embraer Legacy 600 RA-02795が墜落した、という情報を最初に知ったのは、プリゴジンの設立した民間軍事会社「ワグネル」に近いサイトGrey Zone上だった。そこには「防空システムによって撃墜されたとみられる」と書かれていた。最後に「情報は確認中」とあった。

 果たしてプリゴジンは死亡したのか、だとすればGrey Zoneが伝えるようにロシアの防衛システムの地対空ミサイルによる「撃墜」なのか、偶発的なのか意図的なのか、ここまで(8月25日午後2時)の情報をまとめたうえで、この「墜落」が意味するものを考えてみたい。
(元テレビ朝日モスクワ支局長 武隈喜一)

■そもそもプリゴジンは死んだのか?

 搭乗名簿には、「ワグネル」の創設者エフゲニイ・プリゴジン、戦闘部隊「ワグネル」のカリスマ的司令官ドミトリー・ウートキン、そして「ワグネル」の物品調達・輸送部門を担当するビジネス総括者ヴァレリー・チェカロフの名前があった。「ワグネル」のトップ三人と言ってもいい。

 飛行機事故に見せかけて、実はプリゴジンは生き延びているという「自作自演説」もある。しかしそのためには搭乗員名簿のデータの書き換えなど、飛行を管理する「ロスアヴィア」を含め広範な公官庁との「共謀」がなければ偽装できない。プリゴジンはやはり死亡したと見る方が合理的だろう。
 
■ジェット機は「撃墜」なのか「爆発」なのか?

 ではGrey Zoneが書いたように防空システムの地対空ミサイルによる「撃墜」なのか? 撃墜現場はプーチン大統領のヴァルダイ別荘にも近く、周辺には防空システムの地対空ミサイルが配備されているが、アメリカのCNNなどによるとミサイル発射を偵察衛星が捉えた形跡はないという。残るのは仕掛けられた爆弾による「爆発」か、事故による爆発だ。残骸が5キロ範囲で飛び散り、機体本体とエンジンが2.5キロも離れていることや、ほぼ垂直状に墜落している映像、公表されている飛行高度記録などを見ると、飛行中に急激な破壊が起きたことは間違いない。

 ロシアの独立系メディアLenta.ruによれば、車輪が格納される部分に爆弾が仕掛けられていた可能性があるという。一方、整備不良や金属疲労、燃料混淆など事故の可能性も否定できない。ロシアのメディアは、このジェット機が2019年以来、欧米の経済制裁によって製造元の点検サービスを受けられないまま飛行を続けてきたという情報を強調している。これまでのところ、欧米のメディアは「爆弾説」、ロシア国内は「整備不良の事故説」に傾いているようだ。

■「裏切者は必ず処罰する」

 もし「爆弾」が仕掛けられていたとすれば、FSB(連邦保安庁)が関わっていた可能性が浮上し、プーチン大統領の関与なしに実行することは考えられない。

 6月の「プリゴジンの乱」後、プーチン氏は「裏切者は必ず処罰する」と明言した。その後、理由の説明もなく訴追は取り消されたが、プリゴジンが「正義の行軍」と称した宣言を出したのが6月23日、今回の墜落はそのちょうど2カ月目にあたる。モスクワへの行軍の途中では、「ワグネル」によってロシア軍の戦闘ヘリと航空機が撃ち落とされ、10人を超える兵員、将校が死亡している。「空の責任は空で取らせる」と言わんばかりの「報復」と見えてくる。

 このプライベートジェットの墜落後、プーチン大統領は「犠牲者の家族に哀悼の意を表したい。プリゴジンの人生には間違いもあったが、共通の目標のために成果も上げた」と述べてプリゴジンを讃えた。反プーチンの急先鋒で現在不当に獄中にいるアレクセイ・ナヴァリヌイやウクライナのゼレンスキー大統領など、プーチン大統領は自分が憎悪する人物の名前を口にしない。プーチンは「プリゴジンの乱」以降、この「哀悼」の言葉まで、プリゴジンの名を口にしたことはなかった。

■プリゴジンはなぜ2カ月間、「自由の身」でいられたのか?

 ではなぜプリゴジンはこの2カ月の間、罰せられることなく自由な行動を許されてきたのだろうか。そこにはブラックボックスともいえる「ワグネル」のアフリカでの利権がからんでいると見られる。中央アフリカやマリ、スーダン、モザンビークなど、アフリカでの金鉱やダイヤモンドの採掘権の獲得や、権力者との関係を築いてきたのが民間軍事会社ワグネルとプリゴジンだった。プーチン大統領は巨額の国家予算をつぎ込んで「ワグネル」を支援してきたことをみずから明らかにしているが、「ワグネル」のアフリカでの利権の実態はいまだに明らかになっていない。

 中国が国家プロジェクトとしてアフリカ各国に投資して経済を握り、欧米の企業は先端技術を売り物にしてアフリカ市場を席捲するのに対して、経済も衰え、先端技術もないロシアがアフリカに見出したのは、不安定な政情をさらに不安定にしながら、唯一の競争力のある「輸出品」である武器と武装兵員を売り込むことだった。民間軍事会社は、当初、採掘場や輸送の「警備隊」としてアフリカ市場に入って行ったが、天然資源を資金元とする権力者にとっては、ロシアの民間軍事会社は願ってもない「私兵集団」であった。いわばロシア国家が表ではできない「裏仕事」を引き受けてきたのが民間軍事会社「ワグネル」だった。

■「許す、という言葉はない」

 オープンソース・ジャーナリズム、ベリングキャットのクリスト・グロゼフは、今年7月末にサンクト・ペテルブルグで開催された「ロシア・アフリカサミット」で、プーチン大統領がロシア軍参謀本部情報総局(GRU)のアンドレイ・アヴェリヤノフ将軍を、今後のロシア政府でのアフリカ担当としてアフリカ諸国の首脳に紹介したとしている。ロシア国内とアフリカ諸国での「ワグネル」の利権の整理と付け替えが進み、プリゴジンなしでのロシアの国益が守られると確信したタイミングが、まさに「プリゴジンの乱」から2カ月目だったではないだろうか。

 FSBがソ連時代のKGB(国家保安委員会)の体質をそのまま受け継いでいることから、FSBには「許す、という言葉はない」とグロゼフは語っている。が、一度怒りを込めて「裏切者」と名指ししたプリゴジンを、若い頃進んでKGBに入り、FSBのトップを務めたプーチン大統領が「許す」とは到底思えない。

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