【解説】プリゴジン氏 3人の後任候補とプーチンによるアフリカ利権の奪取[2023/08/30 18:00]
モスクワの中心部をはじめロシア各地には、8月23日に墜落死したプリゴジンらを悼む追悼碑が自然発生的に生まれている。際立った個性でワグネルを率いたプリゴジンやカリスマ的司令官ウトキン亡き後、誰がワグネルを束ねていくのか、またアフリカの利権はどうなるのか、ワグネルをめぐっては憶測が絶えない。
(元テレビ朝日モスクワ支局長 武隈喜一)
■候補者1 プーチンへ忠誠を示したエリート司令官か?
「プリゴジンの乱」の後、一度は処罰を検討したプーチン大統領が訴追を中止し、プリゴジンとワグネル隊員をクレムリンに招き入れた6月29日、プーチン自身の口から出たのはコードネーム「セドイ(白髪)」を名乗るトロシェフの名前だった。
ワグネル隊員たちはうなずくように聞いていたが、一番前に座っていたプリゴジンが言った−−「隊員たちはその決定を受け入れないでしょう」。会談後、プーチンは「罪の追及」を取りやめてやったプリゴジンのこの態度に激怒し、プリゴジンもプーチンの突然の提案に、会談後、憤激していたと伝えられている。
そのトロシェフの名が、プリゴジンの後継者としてふたたび取り沙汰されている。 アンドレイ・トロシェフはロシア内務省の精鋭エリート特殊部隊OMONの出身で62歳。アフガニスタン戦争、第二次チェチェン戦争に従軍し、ワグネルの司令官としてはシリアでの戦闘に軍功を立てている。ウトキンからの信頼も厚く、ワグネル本部長としてプリゴジンの右腕だった。
しかし、ロシアのブログGulag.netによると、「プリゴジンの乱」の際、トロシェフは決起に反対したとも言われていて、「乱」の直後には本部長解任のうわさも流れた。しかしプーチンにしてみれば、それが現政権への忠誠心と映っているのかもしれない。
■候補者2 プリゴジンに心酔する若き指揮官か?
これに対して8月26日、ワグネル関連のSNSは「新指導者にはエリザロフ司令官が就任した」と伝えたが、正式な発表はない。
アントン・エリザロフは42歳。ロシア軍空挺部隊に所属していたが、2014年にワグネルに移り、中央アフリカ共和国で軍事インストラクターを務め、シリアでは部隊を指揮している。
今年1月のバフムトの激戦にも参加、ソレダール奪取作戦の指揮を執り、プリゴジンに高く評価された。ベラルーシに移動してからも宿営地のロジスティックスの責任者を務めていると言われている。エリザロフはプリゴジンに心酔し、プーチンにではなく、プリゴジンへの忠誠心が強いようだ。
■「プリゴジンの乱」後、ワグネルは3つに割れた
まず、7月1日までにロシア国防省と契約を交わし、正規軍の将兵としてウクライナの前線で戦う「元」ワグネル隊員たち。次に「乱」後もアフリカや中東で活動を続けてきたワグネル部隊。そして「乱」後も国防省の支配下へ移ることを拒んでベラルーシへ移動した5千人を超えるワグネル隊員たち。
ベラルーシのワグネルは今回死亡したプリゴジン、ウトキンへの忠誠心が強い人びとだ。今後は「弔い合戦」を企てる動きも出てくる可能性もある。しかし、「乱」後、ワグネルが保有していた戦車や装甲車、攻撃用ヘリなどの装備はすべてロシア政府に接収された。もはや単独で実戦を戦うことも難しいだろう。たとえ「弔い合戦」のようなテロが起きても、モスクワを揺るがすような「行軍」の火種にはなり得ない。
■候補者3 アフリカ利権を取り戻すためにGRU破壊工作担当者を任命
ワグネルがアフリカ諸国で獲得した、金やダイヤモンド、石油などの天然資源の権利は莫大なものだ。プリゴジンを自由に泳がせていたこの2か月の間、プーチン政権はワグネルのアフリカ利権を整理し、利益を確実にロシア国家に取り戻すことに全力を注いできたように見える。
こうした中で、「ワグネル後」のアフリカ利権の采配を任されたと言われているのが、ロシア国防省参謀本部情報総局(GRU)のアンドレイ・アベリヤノフ(56)だ。アベリヤノフはGRU29155部隊を指揮し、プーチン大統領の指令を受けて外国での秘密工作活動に当たってきた。2014年、チェコのヴルビェティツェで起きた弾薬庫爆破事件に関与し、2018年英国南部で起きた元ロシアスパイ父娘の毒殺未遂事件の指揮を取ったことがほぼ確実視されている。
そのアベリヤノフを、7月末にサンクト・ペテルブルグで開催された「ロシア・アフリカサミット」で、プーチンみずからがアフリカの首脳に「あなた方の大陸の安全保障担当」だと紹介した。
英国情報筋によれば、以前からアフリカの利権に触手を伸ばそうとしていたGRUのアベリヤノフは、プリゴジンへの深い恨みを抱いていて、今回のビジネスジェットの墜落にアベリヤノフが関与している疑いがある、という。
■“ワグネル神話の解体”がプーチンの狙い
一度「裏切り者」と名指した者は許さないのがプーチンに沁みついたKGBの流儀だが、それでもプーチンは「才能あるビジネスマンで、わたしの依頼には結果を出した」と語ってプリゴジンに哀悼の言葉を投げかけた。
しかし、プーチンの狙いは、すでに戦闘能力を奪ったワグネルのアフリカ利権を政府機関に移し替えて資金源を断つことによって組織としてのワグネルを解体し、ロシア国民の間でプリゴジンが殉教者として祭り上げられることのないよう、ワグネル神話を徹底的につぶすことだろう。