中国便り14号
ANN中国総局長 冨坂範明 2023年09月
いま、中国で一番忙しい党幹部は誰だろうか?
最高指導者として、自らが多くの事柄を決めなければならない習近平国家主席を除いては、私は王毅外相の名前を挙げたい。
本来、王毅氏は外相より1ランク上の政治局委員として、外交全体を統括する立場だった。しかし、7月に外相を務めていた秦剛氏が理由も公表されないまま解任され、外相も兼任することとなる。2人で手分けしてやるべき仕事が一気に降ってくるわけで、忙しくなるのは道理だろう。
9月中旬の日程だけを見ても、9月16日から17日までは地中海のマルタでアメリカのサリバン大統領補佐官と会談、その足でロシアへと向かい、18日にラブロフ外相、20日にプーチン大統領と相次いで会談した。さらに23日には、浙江省の杭州市に飛び、アジア大会でのスポーツ外交を積極的に展開している。
このような過密日程の中、ニューヨークで開かれていた国連総会への出席は見送られることとなった。
■“中国一忙しい”王毅氏が記者の前に 語った“外交の大方針”
そんな“中国一忙しい”王毅氏が26日、記者会見を行うという知らせが飛び込んできた。テーマは「人類運命共同体」についてだという。
「人類運命共同体」とは、習近平国家主席が10年前に打ち出した外交の大方針で、簡単に言うと「一つの地球上で暮らす全ての民族や国家は運命共同体なので、ともに発展していきましょう」という理念だ。
「人類運命共同体を作ることが、人類の発展にとって必然の選択だと、過去10年の成功が証明している」
集まった多くの記者たちを前に、王毅氏は「人類運命共同体」が成し遂げた成果を強調した。中国が提唱する巨大経済圏「一帯一路」もその一つで、ほかにも「発展」「安全」「文明」といった分野ごとに、中国は世界に様々な貢献を行っているという。
そして印象的だったのは、この「人類運命共同体」の思想は中華民族古来の伝統文化に基づくもので、中国は「西側の大国とは違う現代化の道」を歩むと強調したことだ。「東洋の大国」中国が、これまで世界をリードしてきた「西側の世界秩序」とは異なる世界秩序を、自らが主導して作るという宣言にも聞こえる。
忙しい王毅氏が記者を集めてわざわざ説明したということは、それだけ伝えたいメッセージだったということだろう。そして、最近の中国外交をみていても、「中国主導」の国際秩序を重視する、変化を感じることができる。
■「中国主導」にこだわって? G20を欠席
象徴的なのは、9月にインド・ニューデリーで開かれたG20サミットに、習近平国家主席が欠席したことだ。これまで中国は、西側諸国が作ったG7に対抗する枠組みとして、G20を重視し、毎回習近平国家主席が出席していた。しかし、今年は習主席が欠席し、ナンバー2の李強首相を派遣したのだ。
欠席の理由については、例によって全く説明がない。開催国のインドと仲が悪いため、アメリカとの対話の条件が整っていないためなどという外交上の理由に加え、体調不良説などが取りざたされた。
ある外交筋は「G20とはいえ、西側諸国が入っている枠組みなので、居心地が悪かったのではないか」という分析を教えてくれた。中国が主導できないのであれば、あえて出席せず、自らが主導できる枠組みに力を入れるメッセージだというのだ。
実は同時期に、習近平氏は経済低迷で苦しむ東北地方の黒竜江省を視察し、水害の被災者を慰問するなど、内政重視の姿勢をアピールしている。G20を欠席し、わざわざ国内視察を行う姿を見て、現行の国際秩序とあえて距離を取るアピールを感じ取ったのは、私だけではあるまい。ちなみに、王毅外相も、李強首相には同行せず、G20サミットを欠席したとみられている。
■国慶節レセプションに異変 習主席が自ら挨拶
10月1日からの国慶節を前に、9月29日には人民大会堂で「建国74周年」の国慶節レセプションが開かれた。我々記者は1日前に久しぶりのPCR検査を受け、陰性であれば、宴会場で遠巻きに取材をすることが許された。
待つこと1時間近く、会場に習主席を中心とする最高指導部のメンバーが現れた。そして、その後のあいさつで、異変が起きた。
これまで、ナンバー2の首相が行うことが慣例だった開会のあいさつを、習主席自らが行ったのだ。集団指導体制で、国家主席と首相が権力を分担していた時代は終わり、一強体制が実現したことの、表れと言えるかもしれない。
習主席は自らが掲げる「人類運命共同体」や「一帯一路」などの構想を含め、中国を「強国」にする決意を述べ、高々とワイングラスを掲げた。
この晴れやかなレセプションの会場には、本来ならば参加しているはずの、李尚福国防相の姿は無かった。秦剛前外相に続いて、国防相も1カ月以上姿を消すという異常事態だ。もちろん、何が起きているのか、一切発表は無い。
一方、“中国一多忙な”王毅外相は、習主席と同じ中央のテーブルにつき、グラスを重ねていた。10月中旬には、今年の中国外務省の最重要イベントともいえる「一帯一路フォーラム」が開催される。100カ国以上が参加し、ロシアから、プーチン大統領も参加する予定だ。「一帯一路」にどのくらいコミットするかで、中国と「運命を共にする」国かどうか、リトマス試験紙のように使っていくのかもしれない。
また、同じ10月には、王毅外相が訪米し、習近平国家主席とバイデン大統領の会談の事前調整を行うという報道もある。“中国一忙しい”王毅氏は、10月もまた忙しくなりそうだ。
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