ニューヨークの地下鉄車内で女性に殴られた 治安悪化で路線を選ぶようになった市民[2023/10/22 10:00]

ニューヨークの地下鉄で、同じ車両に乗っていた女性に襲われた。サンドイッチが入ったプラスチックの容器で数回、頭を殴られ、弾みで手に軽いけがをした。

ニューヨークでは地下鉄の車内や駅構内での犯罪が常態化し、治安が悪いとされる路線を避ける市民は少なくない。ニューヨーク市警がパトロールを強化したため、一部の犯罪は減る傾向にあるが、数字には反映されない実態を目の当たりにする市民は、地下鉄の治安は一段と悪化していると感じている。
(テレビ朝日コメンテーター 名村晃一)

■車内でカネを無心 目を合わせないようにしていたが「標的」に

 10月2日午後9時過ぎ、高級デパートなどが近くにあるマンハッタンの59thストリートの駅で地下鉄の5ラインに乗った。
ニューヨークの地下鉄は経由する地域などによって色分けされる。5ラインはブロンクスとマンハッタンの東側を通ってブルックリンとつながるルートで、マンハッタン内では同じ地域を走る4ライン、6ラインと共に緑色で表記されている。

ブロンクス方面に向かう列車の4両目に飛び乗ったところ、30代後半とみられる黒人女性が大声を出しながら乗客にカネを要求していた。こうした光景は決して珍しいことではないので、車両を乗り変えることはせず、女性から離れた席に座った。女性は走行中の車内で乗客一人一人に順番にカネを要求していたが、誰も反応しなかった。

顔を合わせないように下を向いていたところ、右隣に座っていた男性客が1ドル札を女性に渡した。いよいよ自分の順番が回ってきたが、声を掛けられても応じないでいたところ女性は怒り出し、持っていたサンドイッチの入ったプラスチック容器を振り回して私の頭を数回殴った。

■「この程度の暴力なら」と抵抗せず 警察に届けても捜査は期待できず

 プラスチック容器はそれほど硬くはなかったので、頭は無事だったが、かばおうとした左の手の甲に切り傷を負った。

拳銃や刃物などを持っていたのなら話は別だが、この程度の暴力行為に抵抗すると、加害者が逆上するので、体をかがめて暴力が収まるのを待った。車内に恐怖と緊張が走ったが、誰も女性を取り押さえようとはしなかった。女性は暴行後も大声を出し続け、次の駅で下車した。

その後、乗り合わせた乗客数人と話したが、「カネを渡さなかったことが悪かった」と言う乗客は1人もいなかった。カネを無心され、応じるか応じないかは各人の判断だが、こうした場合にカネを渡す人はほとんどいない。

日本なら暴力行為の被害者となったら警察に通報し、被害届を提出するのが常識的だが、ニューヨークでは必ずしもそうはない。
この程度の被害で届け出たとしても、何の捜査も行われないと考える方が常識的な判断だからだ。ニューヨークは重大犯罪が多く、警察官は「軽微な事件」に手が回らない。この日、私も警察には届けなかった。

知人のオフィスに何者かが侵入しパソコンなどを奪われて警察に被害届を出したが、結局、捜査らしい捜査は行われなかったと聞いた。ましてや数回殴られた程度なら、捜査など期待できるはずもない。この手の事件が地下鉄内で繰り返されても、警察の耳には入らないのが実態だ。

■統計上は犯罪減少も… 地区検事長「家族が乗ると胃が痛む」 

ニューヨークでは新型コロナウイルスの感染拡大以降、地下鉄の治安が急速に悪化した。ニューヨーク市警によると昨年、地下鉄車内や駅構内で起きた犯罪は前年比で30%増加した。今年は減少傾向にあるが、昨年、地下鉄車内と駅構内で10件を数えた殺人事件は、今年も同じペースで発生している。

マンハッタン地区検事長のアルビン・ブラッグ氏は地元テレビ局のインタビューに「統計的には犯罪件数が減っているが、家族が地下鉄に乗るとなると胃が痛くなる」と話し、地下鉄の治安は改善されていないことを認めた。

ニューヨークはマンハッタン、クイーンズ、ブルックリン、ブロンクス、スタテン島の5地区に分かれている。それぞれ治安に悩みを抱えているが、住みやすい地域はマンハッタンやクイーンズ、ブルックリンに多い。これに対しブロンクスは全体的に治安が悪く、他の地域に住むニューヨーカーから「怖くて行きたくない」と評される。

マンハッタンも地域によっては、西側よりも東側の治安が悪くなっており、緑色で表記される4、5、6ラインはこうした治安の悪い地域を走っていることから、乗車しないようにしていると話すニューヨーク市民も少なくない。「同じくブロンクスを通る地下鉄でも2、3ラインのような赤色で表記された路線の方が危険度は少ない」と路線を選別する市民もいる。
さらに運転手の目が届きやすいバスの方が安全だとして、地下鉄を避けてバスを優先して利用するべきだ、との声もある。

ニューヨークは地下鉄やバスなどの交通網が発達し、車がなくても生活ができる米国では稀な都市だ。かつて「危険な場所」の代表格だった歴史を持つニューヨークの地下鉄だが、このままだと、またしても暴力と背中合わせの場所に成り下がってしまう。

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