ロシア 地方都市の困窮と住民の本音−国民対話再開はプーチン大統領安泰の証なのか?
[2023/11/18 18:00]
プーチン大統領は今年12月、国民からの要望を直接受け付けるホットラインと地方からの記者も集めた大規模紙記者会見を同時に実施する見通しだ。
関係者によると、去年は不満が高まる世論に正面から対峙することが難しく実施を見送った。
今年、恒例行事を復活させるのは、すべてが侵攻以前と変わりないという国民に対するアピールだとみられている。
プーチン大統領は国内経済も順調だと繰り返し主張しているが、本当だろうか?
ロシアの地方を取材すると、大都市ではわからない、国民が疲弊している状況が如実に見えてきた。
■足を踏み入れた途端に悪臭が…黒い煙の街
ロシア北西部、フィンランドと国境を接するカレリア共和国。
首都ペトロザボーツクから北へ3時間ほど車を走らせ、幹線道路をそれてセゲジャの街に入った瞬間、異様な光景が目に飛び込んでくる。
工場の煙突から真っ黒い煙がもくもくとあがっているのだ。街の産業を支えている製紙工場だという。
車の窓を開けると、ひどいにおいが車内に入り込み、思わずえずきそうになる。街をしばらく歩くとどうにか鼻は慣れてくるが、それでも違和感は消えない。
セゲジャは、リゾート地として知られ、郊外には立派なホテルも営業している。しかし、街の大気は工場の煙で汚染されているようだ。
地元メディアによると、2019年には街が数時間にわたって濃くて汚い霧に覆われたという。
当時のデータでは異常値は検知されず、因果関係は不明だが、たくさんの鳥の死骸が通りで見つかったと報じられている。
黒い煙に圧倒されていると、女性が声をかけてきた。
「また、ひどい煙が出ていますね。どうしたの?興味があれば私の家を見せてあげましょうか?」
■「水道水はコニャックのよう」 自宅は1930年代築の木造
診療所に勤務するターニャさん(44)は3人の子供を育てている。自宅はこの地方の特徴でもある木造の歴史的な建物で1938年にドイツ人によって建てられたものだという。
部屋に入るとネコが迎えてくれる。ネズミ対策なのだという。
「小さなハタネズミです。冬になるとネズミは暖かさを求めてみんなアパートの中に入ってきて、とても活動的になります」
ターニャさんは室内を努めてきれいにしている。自力で部屋の床などを修繕したという。歴史的な建物で天井は高く作られていて、住み心地は悪くないという。
しかし、この家は2018年に危険だと宣言された。別の部屋の住民は床が抜けて、別の場所に引っ越したが、居住登録を変えることができず2重に家賃を支払い続けているという。
ターニャさんは1カ月2万7000ルーブル(約4万5000円)の給与と子供手当てで暮らしていて、引っ越しをする資金的な余裕はない。水光熱費だけでも1万5000ルーブル(約2万5000円)に上る。
特に困っているのが水回りだという。
「ほら見てください」
ターニャさんはキッチンに続く風呂場の蛇口をひねる。たまりだした水はうっすらと茶色い。
「もう少したまれば、コーヒーのようになります。茶色です。時間帯によっても違いますが、コニャックといったほうが良いかしら」
別の60代の年金暮らしの女性も水道水に悩まされている。水質が茶色い理由を教えてくれた。
「私たちの水は工業用水であり、すべて汚れています。家は崩壊しつつあります」
この自宅も1936年に建てられて以来、修繕されていないという。
2019年に安全ではないと宣言されたが、移転の目途は2030年で「それまで生きているのかしら」と女性はつぶやく。
■「生き延びているだけ…」崩壊間際の部屋に住む女性
「『人生』なんてものじゃない。生き延びているだけです」
ガリーナさんがわずかな年金で暮らす木造アパートは、入り口の玄関と階段が崩れ落ち、部屋の壁も崩壊し始めている。
木造にもかかわらず1938年に建てられて以来、一度も修繕されたことがないそうだ。国からは今すぐに退去が必要な住宅に指定されている。しかし何の支援もないため、ガリーナさんには住み続ける以外の選択肢は残されていない。
水道や光熱費などを差し引いて手元に残る数千円ほどで、どうにか日々暮らしている。趣味や楽しみに使うお金がガリーナさんの手元に残ることはない。
「生き延びているだけ」だというガリーナさんの言葉を私は否定できなかった。
ロシアでは、ガリーナさんと同じように崩壊しかけている家に住み、政府が住み替えの対象としている人は少なくとも150万人にのぼる。
ガリーナさんのようにギリギリの生活を続けている人が多く、政府の補償がなければ転居先の家賃も払えず、建物を自力で修繕することもできないため、住み続けるしかない。
住宅問題は大きな社会問題となっていて、常に行政の最優先課題の一つだとされるが、具体的な進展はほとんど見られない。
■プーチン大統領に直訴 返信が来たが…
「プーチンとペトロザボーツクの住宅基金にも手紙を書きました」
地元の行政に訴えても事態の改善は見込めないと考えたガリーナさんはプーチン大統領に直接手紙を出して訴えたという。
返事はあったものの、新しい住宅として提案されたのは、キッチンもトイレも水道もなく、さらに悲惨な状態の木造の共同住宅だったという。
ガリーナさんはさらにこう付け加える。
「プーチンからの返答はペトロザボーツクの政府に送られ、地元政府から私に届いたのです」
地方の行政が機能していないから直接プーチン大統領に訴えるという行為に出た。にもかかわらず、返答はその地方政府を通して送られてくるという皮肉な事態にガリーナさんはがっかりしたようだ。
■国民ではなく戦争に費やされる税金
ガリーナさんに「特別軍事作戦(=ロシアによるウクライナ侵攻)」について尋ねても「反対」だとは答えない。
ガリーナさんは特別軍事作戦で親しい友人を2人亡くし、さらに2人が今も戦っているという。だから「特別軍事作戦」に多額の資金が投じられていることについては「惜しいとは思わない」と言う。それでも、疑問を呈さざるを得ない。
「ドネツクに資金が投じられています。そこが大変な状況だということはわかっています。
しかし私たちには割り当てられませんし、年金だって増えません。何らかの見直しが必要かもしれません」
ドイツの国際安全保障問題研究所の試算によれば、ウクライナへの侵攻には1日300億ルーブルが費やされている。2024年の予算では10兆8000億ルーブルが「国防」費に充てられる見通しだ。
一方で、ロシア全土の住宅問題の解決に必要な資金は1・3兆ルーブルから3兆ルーブルだとされている。住宅問題の解決に必要な額の3倍以上が、ウクライナへの侵攻に費やされることになる。
■プーチン大統領の直接対話再開は「安定」の証か?
プーチン大統領は、今年12月、国民からの要望を直接受け付けるホットラインと地方からの記者も集めた大規模紙記者会見を同時に実施する見通しだ。
去年、実施を見送ったのは9月に動員を発表し、全国で反対デモが次々とおこったためだ。プーチン氏は、国民の不満に正面から向き合えなかった。
今はロシア国内で反戦の声もほとんど聞こえず、一見ロシア社会が「安定」を取り戻したかのようにみえる。しかし、ロシア人が反戦を唱えなくなったのは、厳しい弾圧によるものだろう。
言論に対する取り締まりは、ますますエスカレートしている。
■コンサート会場に機動隊が突入
11月9日、サンクトペテルブルクでコンサート会場に突如、機動隊が突入した。観客は全員が床にうつぶせにされ、コンサート会場は一瞬にして恐怖とパニックに陥った。1人1人が身分を細かくチェックされ、抵抗した女性は連行され、裁判が行われている。
機動隊の突入は、演奏を予定していたグループが「反戦」を主張したことが理由だったという。騒動後、会場の外にいたファンの女性に何が起こったのか経緯を尋ねると、こう答えた。
「ただ音楽を聴きたいだけ。政治に巻き込まれたくない」
煙草を持つ手は震えているようだった。
■消去されていない「戦争反対」の落書き
カレリア共和国で旅行業を営む50代の男性は「戦争には反対だ」と打ち明ける。
彼は80年代に旧ソ連のアフガニスタン侵攻に参加し、当時ウクライナ人とも戦友として戦ったという。
「なぜ、かつての仲間を敵にすることができるのですか? 反対です。もちろん反対です。」
男性は、溜まっていたものを吐き出すかのように繰り返した。
セゲジャの街の中心近く、キーロフ通りのバス停には、黒いスプレーで大きくこう記されていた。
「戦 争 反 対」
モスクワなどでは真っ先に消されているだろう。
しかし言論統制の手も回らないのか、それとも見逃されているのか。
このスプレーの黒い文字は長い間、消されずに残されている。
【ANN取材団】