謎に包まれたロシア兵器生産能力 プーチン大統領が増強指示

[2023/12/29 17:00]

4

冬期を迎える中、ウクライナ紛争はどうなっていくのか?
鍵を握るとされる機甲戦力と損害、さらにロシアの戦車生産状況を中心に専門家が分析した。

1)消耗戦の鍵 謎に包まれたロシアの「兵器生産能力」専門家が分析

ウクライナの戦いで鍵を握るのが、戦車や歩兵戦闘車などの機甲部隊だ。
欧米が提供した戦車と圧倒的な数を誇るロシア軍の戦車がどう戦いに影響するのか?

ウクライナ軍は、欧米から提供された「レオパルト2」91台、「チャレンジャー2」28台、「M1エイブラムス」も一部が届いているとみられ、保有台数は1577台、約3分の1は欧米が提供した戦車とされる。一方、ロシア軍は「T-90」や「T-80」など旧ソ連時代の古い戦車を含め保有台数は3417台と見られる。

性能で優位だと期待されていた欧米の戦車は、戦場で活躍できたのか?
元統合幕僚長の河野克俊氏は次のように分析する。
「ウクライナは欧米の戦車の支援を期待して攻勢をかけたが、結果として攻勢は進まなかった。大平原での戦車同士の戦闘では性能のいい方が勝つが、一方が防御し一方が攻撃する“非対称戦”は性能よりも物量や戦地の状況次第となる。戦車本来の能力を発揮できず、期待したほどの成果が上がっていないのが現状だ」

長谷川雄之氏(防衛研究所米欧ロシア研究室)は、
「西側の戦車は装甲が厚く、ウクライナ軍の人員の損耗を防ぐという成果を挙げた面はある。今回の紛争はドローンで戦車を上から攻撃するなど現代戦の複合的な要素があり、西側の戦車も初めて経験する戦闘様相なのかもしれない」と指摘した。

2)両軍の戦車の損失はとロシアの戦車の生産体制は?

オープンソースのデータによると戦車の損失状況は、ウクライナ軍は1577台中701台、約44%を失い、ロシア軍は3417台のうち2571台、約75%を失ったとみられている。歩兵戦闘車はウクライナ軍が約26%の損失、ロシア軍が約84%の損失とみられる。

長谷川氏は、
「開戦当初からロシア軍側は非合理的な軍事作戦を展開し損耗率は非常に高い。しかし旧車輌のストックなどを大量に保有し、また軍事産業も再び活性化しており、再び前線に配備してくる可能性がある」と分析する。

ドローン攻撃により両軍の戦車の消耗は加速しており、戦車の生産が重要となる。ロシアの軍事産業に詳しいジャーナリストのマリンズ氏は、ロシアの軍事企業が生産を拡大し損失を補填しているとして、
「ロシアは今年、旧式の改修を含めると500〜550台の戦車を生産した可能性がある。装甲車などを含めると戦線に2000台の車両を配置したことになる」と指摘している。

両軍の戦車の損失はとロシアの戦車の生産体制は?
両軍の戦車の損失はとロシアの戦車の生産体制は?

マリンズ氏が特に重要だと指摘する企業が次の3社だ。
「ウラルワゴンザボート」はロシア最大の戦車メーカーで「T-72」や「T-90」、最新の「T-14アルマータ」など主力戦車のほとんどを製造している。
同社の関連会社でシベリアに本部を置く「オムスクトランスマシュ」は冷戦時代の「T-80」製造で知られている。
両社で今年、220から280台の戦車を製造した可能性があるとされる。

さらに、ロシア唯一の歩兵戦闘車メーカー「クルガンマシュザボート」は、雇用を1000人増やしたとの情報がある。
マリンズ氏は、「わずか4年前には、ロシアの軍産複合体の80%以上が破産手続き中だった」が、「ウクライナ侵攻後、120億から150億ドルを超える多額の投資を行い生産体制を強化した」と指摘している。

両軍の戦車の損失はとロシアの戦車の生産体制は?
両軍の戦車の損失はとロシアの戦車の生産体制は?

12月23日に兵器工場を視察したプーチン大統領は、
「軍産複合体の最も重要な任務は我々の部隊に必要なすべての「武器」「装備」「弾薬」「物資」を必要な量だけ求められる品質で可能な限り短期間で提供することだ」と発言、さらに「現在 多くの企業が実質的に3交代制で働いており、特に高度な資格を持つ専門家が不足していることは私たちも理解しているし皆さんもおそらくご存知だろう。いくつか取り組むべきことがある。まずは賃金が魅力的でなければならない」とした。

また、政府の要求に応えられない企業に罰則も設けたという。

朝日新聞論説委員の駒木明義氏は、
「ロシアはここまで大量の戦車を使う戦闘は想定しておらず戦車の生産能力が落ち込んでいた。しかし来年の国防予算では軍事生産能力の増強にかなり力を入れている。予算や工場生産体制や軍の定員を増やすということは目標達成までは長期的な戦時体制を築いていくという姿勢が表れている」と分析した。

長谷川氏は次のように分析した。
「2020年の新型コロナ時の政治体制からウクライナとの戦争までの連続性がある。ロシアのミシュスチン首相は実務的能力が高い人物で、モスクワのソビャーニン市長と共にコロナ対策チームを率いており、今回の戦争で「調整会議」という形で引き継がれている。彼らは以前から地方の首長とも連携しながら、ワクチンやマスクの用意など戦時に近い医療提供体制を構築してきた。
さらに大統領に付属する「軍需産業委員会」をプーチンの信頼があつく非常に優秀なバントゥーロフ産業通商大臣が率いている。調整会議と軍需産業委員会が連携して1年10か月で生産体制を強化してきている」

3)ロシアの兵器の性能は?

ロシアの兵器の性能は?

一方で、ロシアの兵器の問題も指摘されている。
「T-80戦車」は1975年に生産を開始し1991年にいったん新規生産が終了しているが、ロシア政府が生産再開を指示したと報じられた。しかし、新規に0から生産するのはかなり難しいという指摘があり、現在は倉庫にストックされた車体や部品を組み合わせて生産しており、照準器の部品はフランス企業から調達しているとも報道されている。

アメリカの雑誌「フォーブス」は、ロシアが制裁を回避してフランス製の部品を入手したか、旧式の質の低い照準器を取りつけているとして、性能が落ちている可能性があると指摘している。

長谷川氏は、
「ロシアは設計図通りではない質の低いものでも製造し戦場に送りこもうとしており、またおそらく第三国を経由して西側の軍需製品や、軍需転用可能な製品が入ってきているのだろう」と指摘する。

河野氏は、
「装備の近代化は、古い装備を一気に近代化することはできず新旧が混在しながら徐々に近代化させていくのは世界各国でみられる状態だ。一方でウクライナ軍もF-16戦闘機もパイロットなどを訓練中の状態で、まだ西側の新鋭兵器や装備を使いこなすには時間はかかる状態だ」と述べた。

ジャーナリストの末延氏は、
「日本も国連安保理決議案で北朝鮮に制裁をかけているが、日本の部品が北朝鮮に入ったり自衛隊が廃棄した装甲車が東南アジアで使用されたりという抜け道は必ずあるのだろう」と述べた。

4)ウクライナ侵攻でロシアが失ったものとは?

2023年も終わるなか、小泉悠氏(東京大学先端研究所准教授)は今回のウクライナ侵攻で、プーチン大統領とロシアが大きなものを失ったと指摘した。

「プーチン大統領が失ったものは、ロシアの将来。ロシアの衰退がとてつもなく急激に進んだ。中国やインドとかの関係はもっているが、本来一番大切なパートナーである西側との関係が壊れた。これはプーチン大統領のせいでロシアが失ったものだ」

ウクライナ侵攻でロシアが失ったものとは?

駒木氏は次のように分析した。
「ロシアは未来を失った。特に若い人たちが今のロシアに住み続けて、どう未来を描き希望が持てるのか。欧州はロシアから石油やガスを買うことはもうできず、ロシアは中国やインドに売らざるを得ない。プーチンは中国との関係を築いたと誇るが、中国は安く資源を売ってくれる自国に都合のいい存在だとみている。カザフスタンやアルメニアは失望し、モルドヴァはEUに向かっている。旧ソ連の勢力圏の国々の信頼も完全に失ってしまったといえるだろう」

2024年はアメリカやロシアでは大統領選も実施される。

長谷川氏は今後のウクライナ情勢を次のように述べた。
「グローバルな戦略環境がどう動いていくのか。アメリカもロシアが弱体化していると認識し、中国に集中する可能性がある。すると米中関係が主になり、ウクライナが陰に隠れていく。ウクライナにとって米国の軍事支援は今一番重要なものだ。今後数カ月、アメリカが今の支援の水準を維持していくのかに戦局はかかっているのではないか」

河野克俊(元統合幕僚長 海上幕僚長を経て2014年に第5代統合幕僚長。世界の国防政策・海軍戦略に精通)

長谷川雄之(防衛研究所米欧ロシア研究室 広島平和研究所を経て現職。ロシア・東欧の地域及び国家安全保障を研究)

駒木明義(朝日新聞論説委員 国際関係の社説を担当。モスクワ支局長など歴任クリミア併合を取材 著書「安倍VS.プーチン」ほか。)

末延吉正(東海大学教授、ジャーナリスト、元テレビ朝日政治部長)

小泉悠(東京大学先端研究所准教授 専門はロシアの軍事戦略や旧ソ連の安全保障、著書『終わらない戦争 ウクライナから見る世界の未来』ほか)

「BS朝日 日曜スクープ 2023年12月24日放送分より」

こちらも読まれています