“反プーチン”候補が躍進 支持者「戦争に疲れた」…ロシアで高まる「反戦」機運(2)
[2024/02/08 17:00]
ロシアでは“反戦”の声が上がるたびに、陰に陽に繰り返される弾圧で反政権の動きは消沈したかに思えた。
だが、「反戦」「反プーチン」を掲げるナジェージュジン氏の大統領選挙出馬に向けた署名活動は驚くべきスピードでロシア全土に広がった。
そして、ついに地方からも上がった不満の声。
弾圧されることを知りつつ上がる反戦の声は、ロシアをどこへ導くのか?
■全土に署名の行列 きっかけはYouTubeの呼びかけ
2022年に発動された動員令に猛烈に反対した市民の声は、容赦ない拘束や、その拘束者を戦場に送るという徹底的な威嚇で、小さくなっていった。プーチン大統領の主張が国営メディアを席巻し、抗議活動は自然消滅したかに見えた。
しかし今年に入り、反戦の声が突如、再燃した。
「反戦」を掲げるボリス・ナジェージュジン氏を大統領選の候補者にしようと署名を求める長蛇の列がロシア全土でできたのだ。
「ロシアの選挙で大事なのは、誰が出馬するかではない。誰が数えるかだ」
ロシア人自身が自嘲するように、今年3月の大統領選挙では、現職のプーチン大統領が再選するという結果はゆるぎないとほぼすべてのロシア人が信じている。
にもかかわらず、多くのロシア人が極寒のなか、警察の監視も恐れず、「反戦」を訴える候補への署名のために行列を作った。
じつはナジェージュジン氏が立候補を表明したのは去年(2023)年の夏だった。しかしほとんど注目されないまま、昨年暮れに中央選挙管理委員会から大統領選への候補者登録を目指して10万人の署名集めを許可された。
ナジェージュジン氏はエリツィン政権時代に、プーチン大統領の側近であるキリエンコ大統領府第一副長官の補佐官を務めていた経歴などから、当初「クレムリンの傀儡(かいらい)候補」だと疑われていた。そのため、署名の提出期限まで残り2週間に迫っていた1月中旬になっても、集まった署名は1万人分ほどしかなかった。
低調だった署名活動の潮目が変わったのは1月16日だった。
反体制派のリーダーの一人であるマキシム・カッツ氏がYouTubeチャンネルで、ナジェージュジン氏が正面から「反戦」「反プーチン」を訴えていることは、「勇気ある行為」だとして、傀儡候補との疑念を振り払ったのだ。
そのうえで、「『反戦候補』の名前を投票用紙にのせる最後のチャンスだ」と述べ、ナジェージュジン氏への署名を呼び掛けると、ロシア各地で署名を行うための行列ができた。
この動画が呼び水となり、ナワリヌイ氏の側近や元石油王のホドルコフスキー氏といった反体制派の重要人物らが次々とナジェージュジン氏への署名を呼びかけだした。
■熱気を帯びる事務所 結集する反戦の声
1月17日午後7時―。
ナジェージュジン氏のモスクワの事務所に足を一歩踏み入れると、仕事終わりに署名にやってきた市民が狭い廊下を埋め尽くしている。
床は靴についた雪が解けて泥にまみれている。
スタッフが、記入ミスや漏れがないようにパスポートを確認し、時間をかけながら丁寧に作業を進める間、市民らは、自分の番が来るまで辛抱強く立ち続けている。
時間がたつにつれ、仕事を終えた人が次々と増えてくると、署名を待つ列は建物の外まであふれ出す。外はマイナス10度を下回る寒さだが、文句を言う人は誰もいない。
多くがカップルや友人、知人と誘い合って一緒に来ているようだ。
一般的にリベラルな考えを持ち、反戦機運が高いのは若者だとみられている。対照的に国営テレビのプロパガンダを日々目にしている高齢層ほど、プーチン支持が強いといわれている。
だが、意外にも若者に交じって老夫婦の姿も目立つ。陣営スタッフに確認すると、署名者には高齢者も多いうえに、彼らは若者以上に熱心に反戦を訴えるという。
ある高齢女性は、署名をするさいに、欧米のスパイを意味する“外国代理人”として祖国を追われているカッツ氏の身を案じて熱心に語り続けたという。
また、少しでも力になりたいと署名集めの手伝いを申し出てきた78歳の男性もいたという。
地域的にも意外な事実が明らかになった。
一般的には都市部にリベラル層が多く、地方ほど保守的でプーチン支持が強いといわれる。
しかし実際にはモスクワやサンクトペテルブルクなどの都市部に限らず、地方でも署名が勢い良く集まっているという。特に極東やアルタイ地方などが多いという。
さらにクレムリンに勤めるような高級官僚が住んでいる地域の住民もこっそりと署名に来ているそうだ。
あるロシア人はナジェージュジン氏のことを「先生のようだ」と形容する。饒舌だが、その場を飲み込むような強烈なカリスマ性があるわけではない。
ある老人が、メディアの取材に署名に訪れた理由を「戦争に疲れたからだ」と答えたように、ナジェージュジン氏という人物に惹かれるというよりも、戦争を早く止めてほしいという気持ちが支持の理由だろう。
陣営スタッフは、これまで弾圧でくじかれてきた市民の気持ちをこう代弁する。
「この2年間、多くの人が燃え尽きてしまいました。チャンスが訪れても、『どうせ何もできない』と考えてしまうようになりました。だから、私たちの今の課題は、『何かができるのだ』ということを示すことなのです。今、政治活動のチャンスが到来しています。もし、何かを変えたいと願うのならば、この機会を逃してはなりません」
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■プーチン政権下での抵抗の限界■プーチン政権下での抵抗の限界
大統領選挙に向けた署名は法律の枠内だが、リスクが完全にないわけではない。
署名には、名前に加えて住所や連絡先が記されている。
中央選挙管理委員会から当局の手に渡れば、今後、動員されやすくなったり、政治的な圧力をかけられたりするなど、悪用される恐れは十分にある。
にもかかわらず、わずか2週間で20万人が署名した意義は大きい。不安や恐れから署名にまで踏み切れなかった、反戦の思いを持つ市民はもっと多い。
だが、再び芽吹きつつある反戦機運が、ロシアの針路を変えるまでに至るかは未知数だ。
ナジェージュジン氏が集めた署名を提出した翌々日、中央選挙管理委員会は15%以上に問題が見つかったと指摘した。
ナジェージュジン氏の陣営は、「ロシア国中でできた長蛇の列を世界中が目撃している。この署名に不備があるというのは言いがかりだ」と反発しているが、正式に登録される可能性は低い。
ナジェージュジン氏の陣営は、中央選挙管理委員会から不備を指摘された署名が本物であることを証明するため、1人1人の署名者に直接連絡しているが、実質2日間しか猶予を与えられていない。
そのため、独立系メディアによると、ナジェージュジン氏自身も物理的な時間が足りず中央選挙管理委員会が登録を拒否することを覚悟していて、裁判で控訴して争う構えだ。
仮に登録を拒否された場合、大規模なデモが起こるだろうか?
22年の秋と同じように弾圧され、それに加えて当局は真っ先に署名簿を使って、見せしめにさまざまな圧力をかけることも考えられる。
そして市民らは再び不機嫌な沈黙を守りながら日々をやり過ごしていくことになるかもしれない。
いまのプーチン政権下のロシアで、市民が限られた手段で反戦の意思を示すだけでは、プーチン政権を揺るがしロシアの針路を変えるという事態を想像するのは難しいのが現状だ。
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■爆発する地方の不満■爆発する地方の不満
一方で、これだけ異論があるにもかかわらず、それを力で封じ込めようとするプーチン政権の手法の限界も見えつつある。
変化は地方から訪れる。
今年1月15日には、ロシア中西部に位置するバシコルトスタン共和国で、拘束された活動家の解放を求めたデモが大規模化し、治安部隊が参加者を警棒で叩くなどして鎮圧する事態を招いた。現地メディアによれば、デモの参加者は日々増え続け、マイナス30℃の気温のなか、最大1万人に達した。
独立系メディアが指摘したのが、デモの鎮圧にロシアで最も訓練されている特殊部隊の一つとされる「グロム」が投入されたという点だ。
これまで当局は3月に大統領選挙を控えていることもあり、冒頭で触れたように反対運動をできるかぎり穏便な形で抑え込もうとしていた。あからさまに強力な部隊を投入して鎮圧したのは、政権が事態の激化や周辺地域への飛び火することに強い危機感をいだいたからだろう。
バシコルトスタンの人びとは当初、「反戦」や「反プーチン」を唱えていたわけではない。
自主独立を主張して拘束された活動家の解放を求めていた。しかし、地元当局が要求を聞き入れる姿勢を一切見せないことで、デモは大規模化した。
そんな中、ウクライナで戦っている兵士に対して呼びかけたある女性の訴えがSNS上で広がった。
「あなたがプーチン1人の野望のために戦っている間に住民は警棒で殴られている」
女性は、バシコルトスタンから派遣されている兵士たちに、地元を守るために戦場から帰還するように呼び掛けた。不満の矛先を「プーチンの戦争」に向けたのだ。
デモは治安部隊の弾圧により解散したが、住民の不満が解消されたわけではない。
ウクライナへの侵攻から丸二年が過ぎようとしている。
このままプーチン政権が強硬路線で突き進めば、国内からの突き崩しというシナリオもますます現実味を帯びてくる。
【ANN取材団】