「反プーチンの正午」〜灯された反体制の火は燃え続けるか
[2024/03/22 17:00]
警察官や軍人が集まる投票所
ロシア大統領選挙最終日の3月17日午前―。
モスクワの中心地に近いバリシャーヤ・アルディンカ通りにある第40番投票所の外には、朝から数台の警察車両が待機し、敷地内には何十人もの警察官や軍人がたむろしている。
モスクワ市内の投票所はどこも、とても投票所とは思えない物々しい雰囲気に包まれていた。
獄死したナワリヌイ氏の妻で、ロシアの反体制派の新しいリーダーとなったユリア・ナワリナヤさんは、プーチン政権への抗議の意思表示のため17日正午に投票所に集まるよう呼びかけた。
この「反プーチンの正午」はロシア人にどのような意味を与えたのか?
そしてナワリヌイ氏の死によって、ロシア人の間に再び火がついた「反プーチン」世論はプーチン政権を追い込むことができるのだろうか?
次のページは
治安当局の威嚇治安当局の威嚇
治安当局は、ユリアさんの呼びかけに応じて17日正午に投票所に集まれば「違法な集会」や「選挙妨害」だとみなし拘束も容赦しない構えを見せ、メドベージェフ元大統領は投票所近くでの犯罪行為は禁固20年に及ぶ可能性がある、などとSNSに投稿し威嚇した。
独立系メディアによると前日の16日、反体制派の人びとには正午にやってこないよう警告するメッセージが届いたという。
前日、ある40代の男性は二の足を踏んでいた。
「投票所は無数にある。一か所に集まるデモとは違う。そこまで多くの人の存在は示すことはできないのではないか。そのために相当なリスクは犯したくない」と打ち明けた。
プーチン大統領の圧倒的な勝利という選挙結果がわかり切っている中で、リスクを冒してまでこの運動に参加する必要があるのか、反体制派の人びとの間でも意見は割れていた。
第40番投票所も、午前中は訪れる有権者もまばらだった。
加えて、これだけの多くの警察官や軍人がいれば恐れる人も多いだろう。
正午の反プーチンは失敗に終わるのかもしれない―
そう思った矢先の午前11時50分、数人の若者がやってきた。
次のページは
にわかに出来上がった行列にわかに出来上がった行列
若者たちは黙って門をくぐり、投票所の建物を目指した。
とっさに複数の機動隊員が彼らの後を追った。
若者たちは機動隊員を一瞥したが、かまわず建物の中に入っていく。
「投票はここでいいですか?」
礼儀正しく尋ね、金属探知機の前でポケットの中身を出してセキュリティチェックを通過する。
若者たちが投票所の入り口のセキュリティチェックに数分かけていると、瞬く間に建物の外にまで列が連なった。あっという間の出来事だった。
正午を過ぎると列は敷地内では収まらず、門の外の歩道にまで達した。
1人でやってくる人もいれば、夫婦やカップル、友人とともに来る人もいる。
それも様々な年代だ。
独立系メディア「メドゥーザ」は事前に「反プーチンの正午」の投票にについて、法律家のアドバイスを載せた。
法律家は、投票時間を選ぶのは国民の権利なので17日正午に投票することに法的な問題は全くないと言い切る。
一方で、警察や治安部隊は法律を無視して何でもしてくることもあるので、逮捕の口実を作らないよう細心の注意が必要だと指摘していた。
実際に、友人同士で来ている人たちも、時々小声で会話をしながら、静かに順番を待っている。
多くの治安部隊が目を光らせているなか、独特の緊張感が漂う。
次のページは
静かな団結静かな団結
ユリアさんは、この行動は「反プーチン」世論がいかに大きいかを示すと同時に、「自分たちは一人ではない」という気持ちを共有できる点で重要だと訴えていた。
もちろん、投票にやってきた人たちがその場で自己紹介したり、握手をしたりすることはない。ただ、そっと目配せしあうことが彼らのコミュニケーションのようだった。
カメラを向けると、まるで自分の存在を主張するかのようにレンズを見つめる人がいた。
声を出さず静かに笑顔で小さく手を振る人もいた。それは精一杯の「反プーチン」の存在証明のように見えた。
治安部隊はどんどん長くなる列に手出しができない。列の周りを行ったり来たりするだけだ。
正午に各地の行列を映し、YouTubeで生放送を行っていた「ナワリヌイ・ライブ」には、参加者の声が随時寄せられていた。
小さい町では運動への参加は目立ちやすく、恐怖も大きかったようだ。
こうした声に対して、番組では「モスクワは大勢やってくるので、危険度は低い。代わりに人数が少ない地方は拘束リスクが高い」という議論が展開された。
ナワリヌイ氏の葬儀の経験からも、一度に多くの人が集まれば、警察も手出しができないようだと多くの人が考え出している。
人びとは「数の力」を信じ始めているようだ。
次のページは
強まる専制支配への対抗策は…強まる専制支配への対抗策は…
プーチン大統領は大統領選挙を利用して、専制支配を強化した形だ。
2030年までの任期を手に入れ、今後は、戦時経済体制を確立し、国内の反体制派の抑圧をますます強化していくとみられる。
この中で人びとはどう体制に抵抗するのか?
ユリア・ナワリナヤさんは、ロシア大統領選から2日後の19日、新たな声明を公開した。
私たちは彼を選んでいないこと、そして私たちは沈黙していないことを証明した」
こう述べて「反プーチンの正午」に参加した市民に感謝を示した。
一方で、反体制派が今後どのような取り組みを行っていくのか、具体的な今後の見通しは示さなかったものの、プーチン政権の打倒には忍耐強さが求められるとして、毎日少なくとも15分間、このことについて考え誰かと話し合ってほしいと訴えた。
ナワリヌイ氏の死によって再び灯った「反プーチン」の火を絶やさないように訴えているのだ。
同時に、結果を焦らないよう求めた。
裏を返せばプーチン政権を崩壊に追い込む具体的な道筋はまだ描き切れていないのだろう。
ユリアさんは今、先行きが見えない中で、希望を失わないように訴え続け、反体制の火を灯し続けることに力を注いでいるようだ。
次のページは
暴力革命も―言葉よりも銃声暴力革命も―言葉よりも銃声
「反プーチン」世論は盛り上がるが、決め手に欠ける状況下で、武力に頼る動きが活発化している。
「自由ロシア軍団」や「シベリア大隊」などウクライナ側で戦う複数のロシア人義勇兵部隊は、18日、キーウに集まり結束を確認した。
この会議には、ウクライナ国防省のキリロ・ブダノフ情報総局長もオンラインで参加した。
自由ロシア軍団は、「言葉に加え銃撃音の響きのほうが、はるかにわかりやすい」と述べ、武力によるプーチン体制崩壊を目指している。
実際に彼らは、ウクライナの国境地帯からロシア側のベルゴロド州などへの地上侵攻を繰り返し試みていて、19日には、ベルゴロド州知事が子供たちの集団疎開を決断する事態に発展している。
プーチン氏の圧勝という大統領選挙の結果とは裏腹に、様々な形でプーチン政権に抵抗しようとするロシア人が声を上げ始めている。
【ANN取材団】