プーチン大統領は苦渋の判断か ロシアと北朝鮮が新条約…“相互軍事援助”の闇

[2024/06/27 17:00]

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19日、ロシアのプーチン大統領が訪朝し、金正恩総書記とともに「包括的戦略パートナーシップ条約」に署名をした。この条約には、有事の際に「軍事的に相互援助をする」との条文も盛り込まれ、専門家も予測しなかった異例の展開だ。

北朝鮮側は、ロシアのプーチン大統領を一人で出迎える金正恩総書記の様子を報じるなど、対等に渡り合う姿を啓蒙したいという意図も見え隠れする。両国の思惑とは?

1)「包括的戦略パートナーシップ条約」署名 冷戦時代に逆戻りか?

双方ともに、様々な思惑が錯綜する中、ロシアと北朝鮮の間に結ばれた「包括的戦略パートナーシップ条約」。

23条に及ぶ広範囲の条約だが、注目されているのが有事の際に「軍事的に相互援助をする」という第4条だ。今回の条文を見ると、「一方が個別的な国家または複数の国家から武力侵攻を受けて戦争状態になった場合、他方は国連憲章第51条と朝鮮民主主義人民共和国とロシア連邦の法に準じて、遅滞なく自国が保有しているすべての手段で軍事的およびその他の援助を提供する」と書かれている。どちらかの国が武力侵攻を受けた場合には、軍事的なものもの含めてすべての手段でお互いに援助する、ということだ。この国連憲章第51条とは、他国に武力攻撃された場合の自衛権を認めた条項を指す。

ソ連と北朝鮮の間には、1961年に結ばれ、1996年に失効した「友好協力相互援助条約」があった。その第1条には「一方が個別の国または国家連合から武力侵攻を受けて戦争状態になった場合、他方は遅滞なく自国が保有しているすべての手段で軍事的またはその他の援助を提供する」とあり、今回の新条約は、国連憲章と両国の法に準じて、という文言以外、ほぼ同じだ。

プーチン大統領も20日、ベトナムでの会見で「旧ソ連時代と同じだ」と強調し、「条約を結んだのは古い条約が消滅したためであり、以前の条約と内容は同じだ。新しいことは何もない」と説明している。

この、冷戦時代に逆戻りしたかのような第4条について兵頭慎治氏(防衛省防衛研究所研究幹事)は、以下のように分析をした。

今回締結された「包括的パートナーシップ条約」には、第4条で有事の際の軍事的な相互援助を行うことが含まれているが、ロシアがこれまでベトナムなどと結んできたほぼ同様の条約には、4条にあたるものが含まれていなかった。その点を考えると、踏み込んだ内容となっている。プーチン大統領は、旧ソ連時代に結んだ「友好協力相互援助条約」の第1条と同じと述べているが、今回は、「国連憲章第51条と北朝鮮とロシアの国内法に準じて」の文言が追加されており、古い条約と同じとみるかどうかは見解が分かれるところだ。
今回、私がより注目をしているのは、なぜ今、北朝鮮とロシアがこの条約を結んだのか、という点だ。いま、この条約を結んだということは、北朝鮮とロシアが今後、軍事協力を強化するという政治的宣言を行った、つまり、意図表明を行ったということである。ただ、北朝鮮とロシアは現状、軍事的な関係がないため、有事の相互援助が実際できるかというと、実行には程遠い状況だ。今回の条約が中身の伴ったものとなるかどうかは、今後、両国の軍事技術協力や軍事演習などが始まり、どう深化していくかを見極めて判断する必要がある。とはいえ、政治宣言としては、一定程度のインパクトはあったと思う。

プーチン大統領が、ソ連崩壊後、失効させた軍事的な相互支援を復活させ、今回の条約を結んだ理由はどこにあるのか。兵頭慎治氏(防衛省防衛研究所研究幹事)は、ロシアと北朝鮮の軍事的接近の背景にあるのは、ウクライナ戦争だと指摘する。

今回の条約締結に至った理由は、一つには、いま、ロシアが戦争を継続する上で、北朝鮮はロシアにとって、いわば、新たな兵器の生産工場という位置づけに変わってきており、これを維持したいという狙いがある。
二つ目には、現在アメリカなどは、自国製兵器を用いてウクライナ軍がロシア領内を攻撃することを容認しつつあり、もう既に領内への攻撃激化の兆しがある。ロシアとしては、アメリカをはじめとした西側諸国のウクライナへの軍事支援と、ロシア領内への攻撃を抑止したいという狙いがあり、北朝鮮に接近するそぶりを見せることで牽制したい、ということだろう。
しかし、これら一連の動きはウクライナとの戦争に起因しており、仮に戦争が終息へ向かえば、ロシアが北朝鮮に接近する動きは弱まる可能性がある。とはいえ、こういった条約を一度締結してしまえば簡単に破棄することは難しく、もし戦争が終わってもロシアの政策転換は容易ではない。ある意味では、今回の条約締結がロシアにとっての足かせとなる側面もある。

2)ロシアは領内攻撃に危機感 北朝鮮も国内外に“問題”

今回の条約が結ばれる前の6月17日、アメリカは、アメリカが供与した武器によるロシア領内への攻撃の範囲を拡大する旨の発表を行っていた。

サリバン安全保障担当大統領補佐官は、アメリカメディアに対し「国境の向こう側から攻撃を仕掛けてくるロシアに対して、ウクライナが反撃できるようにするのが理にかなっている」とした。これまで米国が容認していた、アメリカが供与した兵器によるロシア領内への攻撃の対象地域は、ハルキウ方面の国境付近に限っていたが、これを拡大し、ロシア軍が侵攻を試みているすべての場所を可能とする、としている。

アメリカ
    

今後攻撃の場所を限定しないとすると、射程80キロのHIMARSでは、ウクライナ北東部に面したロシア領内が攻撃可能となる。さらに今後、射程300キロのATACMSの、ロシア領内への使用が認められるようになると、攻撃可能となる地域には、ロシア軍の空軍基地も数多く存在する。

ロシア領土

兵頭慎治氏(防衛省防衛研究所研究幹事)は、プーチン大統領には、こういったロシア領内への攻撃の拡大を懸念し、牽制したい狙いがあると分析する。

ATACMSの使用が認められれば、現在ウクライナ領内へ攻撃しているロシアの航空拠点を破壊されるリスクがあり、戦況がロシア側に不利に傾く可能性がある。さらに、ロシア領内への攻撃が強まり、ロシア国民にとって戦争がより身近なものとなれば、国内に厭戦機運が高まる可能性もある。クレムリンは、そのあたりをかなり警戒しているのではないか。

木内登英氏(野村総合研究所エグゼクティブエコノミスト)は、今回のロシア・北朝鮮間の条約締結について、双方の思惑には大きな温度差があると指摘した。

北朝鮮としては、ロシアの大きな後ろ盾を得て、日米韓の3ヵ国を牽制したいという思惑がある。一方のロシアは、アジア地域への関心はなく、ウクライナに武器の供与を続ける西側諸国、特にアメリカを強く牽制するという狙いがある。それぞれに、その先に見ているものが異なり、いわば同床異夢のような形の条約だ。
金総書記

今回の条約について、金正恩総書記は、「両国関係は同盟関係という新たな高い段階に発展」そして「ウクライナでの特殊軍事作戦に関連して、ロシアに全面的な支持と連帯を再確認した」と語った。

牧野愛博氏(朝日新聞外交専門記者)は、北朝鮮の側が、より前のめりに既成事実化しようとしている背景には、北朝鮮が国内外で抱えている問題が背景にあるとした。

北朝鮮はいま内外で問題を抱えている。北朝鮮の外交は、従来、ロシアと中国の間を行ったり来たりしながら、最大の果実を得る形をとってきた。今年の10月に国交正常化75周年を迎える中国と、経済や安全保障について協力関係を築いていきたい局面だが、先日の中国高官訪朝時に進展がなかった焦りもあるだろう。
国内においては、1月15日の最高人民会議で金正恩総書記が「憲法を改正して韓国を『第1の敵国』と定め、自国民を教育すべきだ」と表明し、韓国との平和統一という目標を放棄したととれる発言が複雑に受け止められている。これまでは平和的統一を掲げて国をまとめてきたにもかかわらず、それを全部、消して、イチからやり直すということは、それだけ追い詰められているということだ。だからこそ、いま、国内外に対し権威を示す必要があり、今回のプーチン大統領の訪朝では、娘や夫人などは露出せず、金正恩総書記のみにスポットを当て、アピールするような演出をしたのではないか。
金総書記

3)“相互軍事援助”で何が起きる?北朝鮮の派兵はあり得るのか

今後の動きとして気になるのが、今回の条約が現在のウクライナ侵攻にどう関係してくるのかという点だ。北朝鮮が条約に基づいて派兵することはあるのか。

プーチン大統領は20日、ロシアメディアへの会見で、ウクライナ侵攻への北朝鮮の軍事支援について 「私たちはこれを誰にも求めておらず、その必要もない」と、北朝鮮に派兵を求める可能性を否定した。

プーチン大統領

兵頭慎治氏(防衛省防衛研究所研究幹事)は、ロシア側の事情を以下のように指摘した。

ロシアはいま、ウクライナ戦争で手いっぱいなので、朝鮮半島有事には関わりたくないというのが本音だ。プーチン大統領は、ウクライナ軍によるドンバス侵攻はロシアへの併合前だったので、ロシア国内が武力侵攻されたわけではないと説明している。つまり、現状では、ロシアにとって第三国からの攻撃には当たらず、今回の条約に基づいて北朝鮮から軍事支援を得る必要はないという主張だ。
ただ、今後欧米製の兵器を用いてウクライナ軍がロシア領内への攻撃を本格化した場合には、条約を適用する可能性があるということも同時に示唆しており、本条約の締結をもって自国内への攻撃を何とか抑制したいという意図を感じる。

北朝鮮側は、ロシアにウクライナ侵攻への派兵を求められた場合、どのように対応するのか。牧野愛博氏(朝日新聞外交専門記者)は、北朝鮮側の事情を以下のように分析した。

金正恩総書記は、特別軍事作戦を全面的に支持すると言っており、ロシア側から求められれば、派兵に踏み切る可能性は非常に高いと思う。共同軍事オペレーションということになれば、かなりの調整が必要になるので簡単ではないが、協力関係の象徴として派兵することで、極東での有事にはロシアの手助けを得られるような形にしたいという思惑は当然持っているはずだ。
北朝鮮としては、いま、強い姿勢に出ざるを得ない状況にある。国内では、若い世代が韓国のドラマや音楽を聴くなどして、韓国寄りになっていくことに強い警戒心を持っている。そのため、韓国を「敵」として位置づけることで、国民の関心を引き離そうと躍起になっているとされる。韓国に対し強い立場でいるために、北朝鮮は中国の後ろ盾を期待しているが、中国としては、対米関係を考慮し慎重になっている。中国の後ろ盾が期待できないのであれば、ロシアを後ろ盾として、韓国を牽制したいというのが、今回の北朝鮮の動きに見るメッセージだと思う。

木内登英氏(野村総合研究所エグゼクティブエコノミスト)は、今回の条約による、北朝鮮への中国の影響力低下の可能性を指摘し、以下のように語った。

ロシアの支援により、いままで北朝鮮を一定程度抑えていた中国の北朝鮮への影響力が低下することになれば、例えば北朝鮮の核開発が一段階進むことなどが懸念される。そういった意味で、今回のロシアと北朝鮮による条約は、シンボリックな意味を越えて、日本にとっても大きな脅威となるだろう。

<出演者>

牧野愛博(朝日新聞外交専門記者。政治部、ソウル支局長などの要職を歴任。著書に「金正恩と金与正」。広島大学客員教授。)

兵頭慎治(防衛省防衛研究所研究幹事。専門はロシアの外交と安全保障など。ロシアの軍事、安全保障の情勢を調査・研究)

木内登英(野村総合研究所エグゼクティブエコノミスト。2012年、日銀審議委員に。任期5年で金融政策を担う。専門はグローバル経済分析)

「BS朝日 日曜スクープ 2024年6月23日放送分より」

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