韓国の尹錫悦大統領が12月3日夜に宣布した「非常戒厳」。一切の政治活動を禁じる戒厳令だ。内乱罪での捜査が進む中、尹大統領は12日、即時退陣を否定した。専門家は、尹大統領が戒厳令で逮捕を企てた“本命”を分析。日米韓の連携も含め、国際情勢への影響は不可避と指摘する。
1) 主要政治家“9人の逮捕者リスト”から読み解く戒厳令の狙い
尹錫悦大統領が宣布した戒厳令は、与野党の主要な政治家の逮捕も狙っていたとされている。尹錫悦大統領は、韓国の情報機関、国家情報院に対して「(軍の)防諜司令部を手伝って人員と資金を支援しろ。これを機に、全員を捉えてしまえ。すっかり整理してしまえ」と指示したと報じられている。
その上で示されたのが9人の逮捕者のリストだ。9人の内訳は、最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表など、敵対する野党の主要な議員が多い。
その一方で逮捕者リストには、「身内」であるはずの、与党「国民の力」の韓東勲(ハン・ドンフン)代表も含まれていた。韓代表は、今年4月の総選挙前、金建希(キム・ゴンヒ)大統領夫人が知人から高級ブランド品を不正に受け取った疑惑が発覚した際、捜査の必要性を訴えていた。さらに、「金建希特別検察官法」という、政府から独立した特別検察官に金建希大統領夫人を捜査させる法案の採決が取りざたされ、韓東勲代表が賛成に回る可能性も指摘されていた。
伊藤弘太郎氏(法政大学特任准教授)は、尹錫悦大統領が追い詰められていた状況を分析する。
牧野愛博氏(朝日新聞元ソウル支局長)は、「韓東勲氏が(金建希大統領夫人をめぐる)特別検察官法に賛成するかもしれないから、封じてしまえとした可能性は十分ある」としつつ、9人の逮捕者リストの“本命”を以下のように分析した。
6日、与党代表の韓東勲氏は尹大統領と面会している。そこで、逮捕リストに韓氏の名前があるが、自分の目標はそこにあるわけではないと、色々説明を受けたと思う。
2)同じ高校の出身者と謀議して戒厳令か…尹錫悦大統領と側近たち
今回の戒厳令では、尹錫悦大統領の周りを固める側近グループの存在が明らかになった。緊急逮捕された金龍顕(キム・ヨンヒョン) 前国防部長官、戒厳令の計画に関与した可能性が指摘されている李祥敏(イ・サンミン)行政安全部長官。主要政治家の逮捕を担っていたとされる呂寅兄(ヨ・インヒョン)国軍防諜司令部。戒厳令で重要な役割を果たした人物はいずれも、尹錫悦大統領と同じく、ソウル中心部の忠岩(チュンアム)高校出身だ。高校の先輩である金龍顕前国防部長官が陸軍士官学校出身者との橋渡しになる形で、戒厳令は実行された。
伊藤弘太郎氏(法政大学特任准教授)は、内政と外交での、尹大統領の人材登用の違いを指摘した。
牧野愛博氏(朝日新聞元ソウル支局長)は、尹錫悦大統領の人材登用は政治経験の欠如に起因すると分析。
金龍顕氏は野戦司令官の経験が長く、猪突猛進型の将軍。17師団の師団長だった際に彼の訓示を聞いたことのある人に話を聞いたが、非常に攻撃的で、北朝鮮に対する考え方も冷戦中の考えを引きずっている人だと。しかも文在寅政権の時に中将で退役させられている。政治的に報復されたと思っていて、恨みがある。そういうときに高校の後輩で、軍にパイプのない尹大統領が助けてくださいと言ってきた。
尹大統領は、去年8月15日の式典以降、「反国家勢力」という言葉を繰り返し使った。牧野氏は「反国家勢力と決めつけての逮捕が相次ぐのでは」と警戒してきたという。
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3)次期大統領は対日強硬派?日本と世界への影響は不可避か3)次期大統領は対日強硬派?日本と世界への影響は不可避か
世論調査では最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表が次期大統領の最有力候補となっている。しかし、李在明氏は日本に対して厳しい言動でも知られている。
今後の日韓関係の見通しについて、杉田弘毅氏(元共同通信論説委員長)は、以下のように指摘した。
伊藤弘太郎氏(法政大学特任准教授)も、韓国の政情不安による影響は既にグローバルに波及していると指摘した。
<出演者>
伊藤弘太郎(法政大学特任准教授。専門は東アジアの国際関係。政治学で博士号。韓国の内政・外交安全保障政策の情勢に精通。著書に『韓国の国防政策:「強軍化」を支える防衛産業と国防外交(勁草書房)』)
牧野愛博(朝日新聞元ソウル支局長。政治部・国際報道部次長など要職を歴任。著書に「ルポ『断絶』の日韓 なぜここまで分かり合えないのか(朝日新書)」など
杉田弘毅(ジャーナリスト。21年度「日本記者クラブ賞」。明治大学特任教授。共同通信でワシントン支局長、論説委員長などを歴任 著書に「国際報道を問いなおす──ウクライナ戦争とメディアの使命(ちくま新書)」など
(「BS朝日 日曜スクープ」2024年12月8日放送分より)