国会閉会直後の12月25日、岩屋毅外務大臣が日帰りで訪中した。李強首相、王毅外相と相次いで会談し、首相とは「両国の交流と協力を強化し持続的で健全な発展を推し進める」ことで一致し固い握手を交わした。外相には9月に合意した日本産水産物の輸入再開の早期実施を求めた一方で、中国人の訪日ビザ要件緩和を表明した。中国側はすでに11月に日本人の短期ビザ免除を再開している。
中国政府は明らかに日本との接近に期待している。米国が内向きになりロシアが戦争にはまり続ける中、虎視眈々と世界の主導権を狙い階段を上がっていく。それに対抗心を燃やした米国が遮ろうとする。中国が日本に接近するのはこの米国との争いを有利に戦う上で日本が重要な切り札になりうるからだ。
そのからくりが中国の2025年の戦略が王毅外相の年末の演説に見えてきた。日本は中国をどう利用するのか。それとも中国の踏み台になるのか。
(元テレビ朝日北京支局長・安江伸夫)
ユーラシアとグローバル・サウスで主導権
岩屋大臣訪中前の12月17日、王毅外相が北京の釣魚台迎賓館で外交政策を総括する演説を行った。王毅外相は「日本とインドは地域大国だ」と称え胸を張った。中国にとって米国・ロシア・欧州全体は「大国」の範疇(はんちゅう)であり、そのほかの近隣諸国は「周辺国」だ。日本とインドは長らく「周辺国」扱いだったが今回「地域大国」に位置づけられた。「地域大国」とは戦略上重要な国であることを中国が内外に示すワードだといえる。
王毅外相のこの年末演説は2015年以来2024年で10回目だ。“中国はこれだけの成果をあげたのだ”という自画自賛の言葉で貫かれているが、定点観測すれば中国が日本とどう向き合おうとしているのかが見えてくる。
日本接近の理由の一つは米国式世界秩序に対抗する独自の秩序作りに日本が重要だからだ。会場の聴衆を前に王毅外相は2024年を「100年に一度の大変動の年だ。国際社会の対立、デカップリング(経済の切り離し)と供給網の断絶、グローバル・サウスの台頭が顕著になった」と訴えた。西側社会は“対立や断絶を招いたのは中国やロシアではないか”と批判を強めるが、中国は米国が中国の弱体化を進めたことが元凶だと主張する。中国はトランプ次期政権の誕生に危機感を抱きユーラシア大陸とグローバル・サウスにおける主導権確立を急いでいる。着々とこの地域の諸国を取り込みつつある。日本は近代化以降、急速に発展し欧米先進国に伍した国としてこれらの国々からの信頼を得ている。
王毅外相が演説でまず称えたのは習近平国家主席の首脳外交だ。北京に代表を集めたアジア新興国、アラブ、アフリカ諸国との3つの国際会議。欧州、中央アジアなどへの外遊。ロシア開催のBRICS会議、中南米でのAPECやG20などへの出席だ。ユーラシア大陸と中南米を串刺しにしたが米国とその同盟国を避けた。首脳会談自体はリマAPECで日本の石破茂総理大臣、一日遅れでバイデン米大統領、リオデジャネイロG20で英首相と行った。
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アメリカナイズではない中国式近代化があるアメリカナイズではない中国式近代化がある
王毅外相は「国際社会が中国独自の秩序理念を受け入れた」「2024年に習近平主席が訪問したブラジル、セルビアや多くの新興国諸国が『人類運命共同体』に新たに賛同した」と成果を強調した。
中国の政治理念は社会主義だ。これを他国との間で具現化する中国式の理念が「人類運命共同体」だ。習近平主席が就任するとロシアを筆頭に賛同を広げ、理念受け入れ国との共同声明には「人類運命共同体」の文言が記されてきた。
日本など西側諸国を支える理念は民主主義であり自由主義だ。西側ではアメリカナイズすることが近代化であり、米国式に民主化し米国が作った経済体制に加わるのが当然だと考えてきた。ソ連が解体し東欧が民主化した1992年当時、「経済発展することで中間層が立ち上がり世界は民主主義に収斂する」というフランシス・フクヤマの論文がベストセラーになった。
しかし実際には格差が拡大し社会が分断化したことで紛争が頻発し、それを指導者が抑え込む。権力者が従順な国内勢力と結託して政権を維持するなど民主主義が危機にある。中国は“米国に次ぐ強国になったのだからアメリカナイズする必要はない。民主化よりも強い指導者の下で安定し豊かになることだ。中国式でよいではないか”というのだ。中国は2021年の米国の連邦議会襲撃事件を米国式の失敗だとみているはずだ。日本は米国と歩調を合わせるが、東アジア独特の価値観も大切にしている。これも中国が日本に接近する理由だ。西洋も東洋も両方分かる国だというのだ。
中国は安全保障や警察、経済など中国式の国際秩序も構築しつつある。米国が主導するNATOや日米安保条約、経済のIMF、G7といった枠組みの中国版にあたる「全球倡議(グローバル・イニシアチブ)」だ。2022年に提唱された直後、中国は日本政府に対しても参加を呼び掛けたことがある。演説で王毅外相はこれら中国式秩序を基礎にした枠組みで、「ウクライナ危機解決の6項目提案をブラジルと共同で提示した」ことや、「ガザの停戦、朝鮮半島問題の解決、シリアの安定回復に努力をしている」ことなどを宣伝した。
中国国内では周知のとおり経済の不振から国民が政権への不満を抱いている。日本でも報じられたように2024年の9月から11月にかけて無差別殺傷事件が連鎖反応のように続いた。だがここで中国の世界での台頭を見せつけることは大衆の愛国心をくすぐり不満を相殺する力にもなるはずだ。この中国経済立て直しの上でも日本の協力は重要だ。これもまた接近の理由だ。2024年には中国の地方政府から投資を求める訪問団が相次いで来日した。日本の経済にとっても中国が重要であることを彼らは計算している。
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中国がつけた国の序列で日本は中国がつけた国の序列で日本は
後半部分で王毅外相は中国が位置付ける「大国」と「周辺国」の範疇(はんちゅう)に従って各国との関係を振り返った。この10年の間に序列は変遷してきた。米国はしばらくの間、「大国」のトップだった。初回の2015年は大国の米欧ロ、そして日本を含めた周辺国のアジアという順序だったが、2016年は南シナ海問題で関係修復したばかりのフィリピンを筆頭に日本を含めた周辺国から始まり、大国ではロシアと欧州の順序が入れ替わり米ロ欧になった。
ところがトランプ政権誕生で米中対立が深まると、2019年には大国枠でロシアが最初に登場しロ米欧に替わった。2020年には米国は欧州の後に引きずりおろされロ欧米になった。2021年はロ米欧だ。バイデン政権に多少期待したのだろう。ウクライナ戦争が始まった2022年は再び米国がトップに出て、米ロ欧になった。中国としてはロシアと同列だと思われるのは損になると計算したのだろう。しかし2023年は大国の範疇(はんちゅう)にロシア、欧州、そして日本が格上げして位置付けられ、米国はその後に登場した。バイデン政権がNATOや日米豪印のQUADを伴い中国包囲網を強固にしたことと関係しているといえる。だが対立する米国との仲介をしてくれそうな日本にはしがみついている状態だ。
では2024年演説で序列はどうなったのであろう。大国枠ではロシアが第一だ。次は欧州で一括りにまとめ特に習近平主席が首脳会談を行ったフランス、セルビア、イタリアなどの名前を挙げた。続いて周辺国が並んだ。その後に地域大国という新たな聞きなれない枠が登場しここに日本とインドが並んだ。米国に対抗するテコとして使えるように日本に接近している。日本と同じく米中双方の間に立てるという理由で中国はインドとも12月に国境紛争解決で合意し関係強化を図っている。インドは日米豪との枠組みであるQUADにも中国とのBRICSにも二股で加盟しているのだ。米国は最後だ。
ここで王毅外相は「皆さんが気になるのは米国との関係でしょう」ともったいをつけた。米中の協力関係に期待した後、「台湾や民主・人権問題は絶対に譲れないレッドラインだ」と釘を刺した。米国がしばしば介入するからだ。トランプ次期大統領に聞かせるために述べたのだろう。
日本に釘を刺しながらも接近を始めた中国
日本について王毅外相は「戦略的互恵関係の推進」と「建設的かつ安定的な関係構築」という2023年当時の岸田文雄総理大臣と習近平主席の日中首脳会談で確認した二つの方向性に言及した。中国はこうしたスローガンにこだわる国だ。その上で「核汚染水に対する中国側の独自調査を行った」ことを改めて指摘し、「今後も日本側の義務と責任を果たしてほしい」と念を押した。王毅外相はここで「核汚染水」という日本側が反発するワードを使った。国家間の関係改善を急ではいるものの反日感情が高まる国民を脇に置けば逆に“政府は弱腰だ”と批判を受けるからだろう。
だが日本に関する言及はこれだけで終わらなかった。「2025年の抗日戦争および反ファシズム戦争勝利80周年を記念し正しい歴史観を広める」と王毅外相は訴えた。日本からすれば終戦80周年だ。覚えているだろう。2015年9月の70周年当時、中国は軍事パレードを行うとともに当時の安倍晋三総理大臣が出す戦後談話の内容に様々な球を投げてきた。2025年もじわりと牽制を強めてくるだろう。ただし米国に対抗する上で中国が望む方向へ日本を誘導しながらの牽制になることが予想される。
王毅氏は野党のない中国で10年以上外相を務めている。習近平主席は就任後12年になる。中国はすでに日本に接近している。トランプ政権という荒波が襲う前に日本を取り込んでおきたいからだ。カードとしても協力者としても自国の経済復興の上でも。
一方、日本も接近を図っている。なぜならば経済の先行きを考えるとインバウンド消費拡大や消費財の市場確保の上で中国への接近がカギになるからだ。両国の国内世論は反発しあう。だが指導者同士が会えば国民は後をついていくだろう。ただし中国に接近するにしてもどんな国際政治の構図の中に中国がいるのかを日本は冷徹に認識し、ガードもしっかりと固める。そんなしたたかな外交が求められる。