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2024年12月30日 08:00

岩屋外務大臣 クリスマスの「弾丸訪中」から占う2025年の日中関係

2024年12月30日 08:00

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2024年12月24日午後10時半。街がイルミネーションで華やぐクリスマスイブの夜に、グレーヘアの男性が羽田空港へと入っていく。日本の外交を司る、岩屋毅(いわや・たけし)外務大臣だ。岩屋大臣を乗せた飛行機はほどなく離陸。日付が変わった現地時間25日午前2時に、北京首都空港に着陸した。日本の外務大臣の北京訪問は実に1年8カ月ぶり。クリスマスの「弾丸訪中」の始まりだ。このわずか20時間足らずの訪中からは、好転し始めた関係を軌道に乗せようという、日中両国の意欲が感じられた。

中国便り29号
ANN中国総局長 冨坂範明  2024年12月

■日中関係「再スタート」強調 印象的な李強首相の笑顔

同25日午前9時。ホテルで数時間の休憩を取った後、岩屋大臣が記者たちの前に姿を現した。意気込みを聞かれた岩屋大臣は、少し立ち止まってこう答えた。

「実りある会談に是非したい。日中の再スタートの会談にしたいと思っております。」

日中間の外相往来が途絶えた最大の原因は、2023年8月から始まった福島第一原発の処理水の問題だ。中国は処理水を「汚染水」と呼んで猛反発、対抗措置として日本産水産物の輸入を即禁止し、相互往来もストップした。しかし、今年9月に風向きが変わる。中国が日本産水産物の輸入再開に向けた検査手続きに入ることで合意したのだ。

「処理水放出に反対する国際世論が全然広がらなかったのが誤算だったのだろう。中国も本音は出口を探していた」というのは、日中外交筋の見立てだ。

その後就任した石破茂総理は10月にラオスで李強首相と、11月にペルーで習近平国家主席と会談。そしてこの12月の岩屋大臣訪中へと日中対話の流れは続いていた。こういった経緯を踏まえ、岩屋大臣は「再スタート」という言葉を使ったのだろう。

その足で岩屋大臣が向かったのは、人民大会堂での李強首相への表敬訪問。出迎えた李強首相の満面の笑顔が印象的だった。

■“同名”の王毅外相と3時間 成果は「早期訪日」「牛と米」

同25日午前11時 表敬を終えた岩屋大臣は中国の迎賓館、釣魚台へと移動する。直接のカウンターパートである、中国外交トップ・王毅外相との会談に臨むためだ。

偶然だが、岩屋氏も王氏も名前の漢字は同じ「毅」。かつて会談で話題に上ったこともあるという。

“同名”の外相同士の会談は、ワーキングランチも入れて3時間にも及んだ。王毅外相は「来年の最も早い適切な時期」に訪日することに合意し、調整が進められることになった。

さらに会談では、中国の日本産牛肉の輸入再開、精米の輸入拡大に向け、協議の早期再開が確認された。

日本産牛肉に関しては、BSE(牛海綿状脳症)騒動があった2001年以来輸入が止まっていて、日本の畜産農家の“悲願”となっている。

また、コメに関しても、年末に北京で「郷土料理フェア」が開催された際に、新潟米のおにぎりがふるまわれ、北京の人たちはみな一様に「おいしい」と舌鼓を打っていた。中国の消費者の中にも、美味しい日本の農産物をもっと食べたい人は多いだろう。

北京の郷土料理フェアでふるまわれた新潟米のおにぎり

一方で、外相会談では日本側から尖閣諸島をめぐる東シナ海情勢や、「反スパイ法」による邦人拘束の問題などについてはこれまで同様、深刻な懸念が伝えられた。また新たに、与那国島南方の排他的経済水域で発見された中国のブイについても抗議した。ただし、友好ムードを強調したい思惑からか、これらの懸念や抗議について中国の官製メディアはほとんど報じていない。

■中国人への訪日ビザを緩和 10年ビザの新設も

かねてから日中間の大きな懸案だったビザの問題について、中国は11月末から、日本人に対する短期渡航ビザの免除を再開させ、期間を15日から30日に伸ばしていた。

これを受け、日本側も中国に対する何らかのビザ要件の緩和を検討していたが、25日午後3時半から行われた、日中ハイレベル人的・文化交流対話の中で、その内容が発表された。

富裕層の中国人に10年マルチの観光ビザを新設することや、団体観光ビザの滞在可能日数を15日から30日に延ばすことなどが主な内容だ。香港メディアには、岩屋大臣からの「クリスマスプレゼント」と報じるコラムもあった。

「10年ビザが取れるような富裕層は、もう3年や5年のビザを持っているから、それほど効果はないのでは」という声も聞かれるが、中国側が短期ビザ免除を復活させたことに対応して、日本側としても出来る限りの緩和措置を取ったということだろう。

その後、午後5時に岩屋大臣は北京在住の日本人と面会し意見交換、最後は午後7時から中国共産党で外交部門を担当する、中央対外連絡部トップとの夕食会と、過密日程をこなし、帰国の途に就いた。北京での滞在時間は、わずか20時間弱だった。

中国人への訪日ビザ緩和を発表したハイレベル人文対話

■まだ山積する課題 2025年の懸念は「戦後80年」

1日でこれだけの日程をアレンジし、岩屋大臣を受け入れたことについて、ある日中関係筋は「中国側の意欲が非常に高かった」と振り返る。

「2025年1月にトランプ政権が発足するのを前に、周辺環境を安定させておきたかったのだろう」というのが彼の見立てだ。

また、石破政権は少数与党で政権基盤が盤石ではないため、中国として得られる成果を早めに得ておきたかったという見立てもある。

ただ、決して楽観できる状況ではない。前述した東シナ海の問題や、邦人拘束の問題、さらには新しく発覚したブイの問題など、日中の間には依然として課題が山積していて、解決の道筋が見えていないものも多いからだ。

その上に2025年は、終戦から80年の記念の年に当たる。中国からみると「抗日戦争勝利80年」で「歴史問題」に再び焦点があたる可能性がある。毎年行われている「南京事件」の式典などに加え、軍事パレードの開催なども予想される。今回の外相会談についても中国側の発表では、岩屋大臣が歴史問題について「深刻な謝罪と反省を表明した」と強調されたが、その後「正確ではない」と日本側が申し入れを行う事態となっている。

このように先行きに懸案はまだ山積しているが、それでも大切なことは対話を継続することだろう。

別の日中関係筋は「対話を続けることで、五里霧中だった問題にも道筋が見えてくる」と強調した。「最も早い適切な時期」で合意した次の王毅外相の訪日から、さらに首脳レベルの往来へとスムーズに進めていけるかが、まずは2025年の焦点だ。

2024年12月13日「南京事件」記念式典の中継
  • 笑顔で岩屋大臣を迎える李強首相
  • 北京の郷土料理フェアでふるまわれた新潟米のおにぎり
  • 中国人への訪日ビザ緩和を発表したハイレベル人文対話
  • 2024年12月13日「南京事件」記念式典の中継