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2025年3月22日 10:00

トランプ政権主導の全面停戦案をロシア“拒否” 狙いは「ウクライナの非武装化」か…欧州「大戦争」を懸念

2025年3月22日 10:00

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ロシアのプーチン大統領は3月18日、トランプ大統領との電話会談で、米国が主導する全面停戦案を拒否した。他国がウクライナへのすべての軍事援助を停止しない限り、応じられないと主張している。『BS朝日 日曜スクープ』は、上記の電話会談前の段階で、ロシアの要求事項は「ウクライナの非武装化」と分析。専門家は、停戦交渉の厳しい前途を指摘するとともに、欧州は「大戦争」をも懸念しつつ対応を急いでいると分析する。

1)ロシアが狙う“ウクライナの非武装化”「米国が認めたら欧州の離反必至」 

これまでの停戦交渉の中で、ロシアは、どのような条件を求めているのか。すでにトランプ政権と話し合われているとされる、条件の1つが、ウクライナの“非武装化”だ。ウクライナが求める「安全の保証」を排除する要求に他ならない。

具体的には、「NATO加盟に反対」、「欧州軍の派遣に反対」、「アメリカの関与、武器支援にも反対」とされている。ウクライナの「軍事力」を徹底的に排除しようという意図が透けて見えるプーチン氏の要求を、秋元千明氏(英国王立防衛安全保障研究所・日本特別代表)は、以下のように分析する。

この侵略戦争を始めたロシアがウクライナに非武装化を要求するのは不条理だ。もし、ロシアに再び戦争を始める意思がないのなら、なぜウクライナの非武装化が必要なのか。このような要求は、ウクライナは認めないし、ヨーロッパも認めない。アメリカも「わかりました」とは言いにくい。もしこの条件をのんだらアメリカは西側の同盟国を切り捨てたことになる。そうなればヨーロッパはアメリカから離反する行動に出るだろう。それはロシアの思うつぼだし、決してアメリカの国益にはならない。例えば既に、ポルトガルやカナダは、アメリカ製のF35戦闘機の調達をやめることを検討しており、アメリカの軍事産業にとって打撃になっている。
だから、ウクライナの非武装化とか、西側が安全保障を提供しないなどという約束など結べるはずもない。それに歴史的に見て、安全保障の枠組みがない停戦合意は必ず破られる。相手はしばし休憩を取った後、また攻めてくることになるだろう。もし、プーチン氏がウクライナの安全を保証する措置は何もかもダメだと主張するなら、停戦合意は絶対に成立しないだろう。
地図

停戦の条件という名目で、ウクライナの非武装化に言及するロシアの動きについて駒木明義(朝日新聞論説委員)は、以下のように指摘した。

ロシアは明らかにウクライナの非武装化を狙っている。停戦が「問題の根本原因を除去する」ものではなくてはならないとロシアは言っている。「問題の根本原因」とは、ウクライナがロシアに逆らい、ヨーロッパに向かう、NATOに入ること。あるいはEUに入ることもそうかもしれない。プーチン大統領は、そもそもウクライナはロシアと一緒にいるからこそ主権を行使することができるのだ、と明言しており、その姿を追い求めているということだ。

2)「大戦争」を懸念…欧州が検討する「抑止力の提供」 停戦で必要なのは?

ロシアが外国部隊の関与を拒むだけでなく、ウクライナの非武装化まで要求をしていることに対し、欧州各国も強い警戒感を示している。ドイツのショルツ首相は「ウクライナの非武装化はロシアの戦争目的の1つであり、これは成功してはならない」とし、フランスのルコルニュ国防相も「ウクライナ軍のいかなる非武装化も拒否する」としている。

非武装化

秋元千明氏(英国王立防衛安全保障研究所・日本特別代表)は、「ウクライナはヨーロッパにとって東正面の守りのラインである」と指摘し、ウクライナの非武装化がヨーロッパに与える影響を以下のように分析した。

もし仮に、ウクライナがロシアに征服されてしまうと、今度はポーランドやバルト三国がロシアの脅威に直面することになる。これらの国はNATO加盟国なので、NATOは積極的な対応をせざるを得なくなる。それはやがてヨーロッパを巻き込んだ「大戦争」になる可能性すらある。
いまヨーロッパが具体的に検討しているのは、ウクライナへ軍隊を派遣して抑止力を提供することだ。抑止力提供には色々なやり方があるが、国連のブルーヘルメットのような実力を伴わない平和監視部隊では機能しない。軍事介入をするための軍隊ではないが、仮に攻撃を受けた場合には撃退できる実力を備える必要がある。例えば、朝鮮半島に駐留しているアメリカを中心とした国連軍のような多国籍の部隊をウクライナに置き、ウクライナの安全を保証することが必要であり、それがヨーロッパとしては絶対に譲れない線だ。ウクライナの安全保障はヨーロッパの安全保障でもあるからだ。

「西側諸国の軍隊派遣をロシアは認めないのではないか」との質問に、秋元氏は「受け入れないでしょう。ですから交渉している」と指摘した。

停戦の罠

駒木明義氏(朝日新聞論説委員)は、停戦には監視部隊の投入が急務と指摘する。

再侵攻のきっかけとして最も考えられるのは、「ウクライナが停戦合意を破ったからこれに応戦している」という口実だ。そこはやはり停戦監視をしないといけない。停戦を守る実力部隊が必要な以前に、まず停戦監視部隊が必要で、それがない状況になるのは非常に危険だ。

3)米国のロシア担当“特使”は… トランプ人事で元陸軍中将は解任 

米国とロシアの交渉でポイントとなっているのが、米国の交渉担当者ウィトコフ特使だ。不動産会社を経営する富豪で、ロシアとの交渉で重要な役割を担っている。米国には、ロシア・ウクライナ担当として、元陸軍中将のケロッグ特使がいたが、トランプ大統領は、ケロッグ氏をロシア担当から外しウクライナ担当に専念させると発表。ケロッグ特使については、ロシア側が「ウクライナ寄りすぎる」と批判していたとされる。

アメリカ

中林美恵子氏(早稲田大学教授)は、トランプ大統領が今後、ウィトコフ特使をロシアとの交渉の中心に据えた、今回の人事を以下のように指摘した。

トランプ氏がプーチン氏側の言葉に相当引き込まれている可能性があるのではないかと思える人事だ。安全保障に関してかなりの知見があるケロッグ氏をロシア担当から外す。そして、安全保障には関係のない不動産会社の経営者を特使に起用するのは、当然ながらロシア側の希望を踏まえた可能性が非常に高い。
アメリカでは安全保障に特化した様々なシンクタンクがあるが、プーチン氏の発言について、戦争をロシア側から止めようとか、30日停戦をすぐに受け入れることは、完全拒否したと分析している。おそらくウィトコフ氏はロシア的なものの考え方に深い理解を示すところがあるのではないか。

中林氏は、「日本も米国との同盟関係の中で安全保障が成り立っており、米国の役割がぐらつくのではないかというウクライナ問題の懸念は、私たちにも関係する」と指摘した。

プーチン氏を直接取材した杉田弘毅氏(ジャーナリスト/元共同通信論説委員長)も、プーチン氏の“罠”について以下のように指摘した。

トランプ氏は、早期の停戦実現を選挙運動中から語ってきただけに相当焦っている印象だ。プーチン氏はそこを狙い定めている。私は2014年からプーチン氏にロシアで5回会って質問してきたが、プーチン氏は相手が喜ぶようなことを必ず言ってくる。いわゆる「人たらし」で、相手にちょっと夢を抱かせるというか楽観的にさせる。当時、日ロ交渉を担っていた政府の方も、プーチン氏に会うと「これは前に進む」「いける」と思ってしまう。ところが、ラブロフ外相ら実務を担う人に会うと否定的な反応に直面し「渋い」「駄目だな」となる。そして、もう1回プーチン氏に会うと、いや、また前向きな姿勢を示され、これはトップがやる気だから絶対大丈夫だ、どんどん押していこうという気にさせると。しかし、最終的にはプーチン氏は返還後の北方領土に米軍基地を置くのではないかという安全保障上の問題をあげて、彼は全く動かなかった。ウクライナ戦争もそうだが、ロシアにとって安全保障の問題は最も重要だ。トランプ氏にはプーチン氏の“罠”にはまらないよう注意してもらいたい。

<出演者プロフィール>

秋元千明(英国王立防衛安全保障研究所・日本特別代表。国際安全保障と紛争分析に関する情報を発信。元NHK記者。湾岸戦争、ユーゴ紛争などを取材。著書に「最新 戦略の地政学 専制主義VS民主主義」(ウェッジ)など)

駒木明義(朝日新聞論説委員。モスクワ支局長などを歴任。クリミア併合を取材。著書「ロシアから見える世界 なぜプーチンを止められないのか」(朝日新書)24年9月発売)

中林美恵子(早稲田大学教授。米上院予算委補佐官として10年勤務。米政界に豊富な人脈 「アメリカの今を知れば、日本と世界が見える」(東京書籍)25年3月発売)

杉田弘毅(ジャーナリスト。21年度「日本記者クラブ賞」。明治大学特任教授。共同通信でワシントン支局長、論説委員長などを歴任。著書に「国際報道を問い直す-ウクライナ紛争とメディアの使命」(ちくま書房)など)

(「BS朝日 日曜スクープ」3月16日放送分より)