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2025年3月28日 08:00

台湾有事への対応…コメント避けるトランプ大統領 中国の“統一戦略”に影響は?

2025年3月28日 08:00

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トランプ大統領就任で米国の対応が不透明になっている台湾情勢。トランプ政権は世界の安全保障に対して米国は関与しない、または関与を弱める姿勢を見せている。「台湾有事」にはどう対応するのか。専門家はトランプ政権の誕生が“台湾統一”に向けた中国の動きを加速させる可能性もあると分析する。

1)トランプ大統領の対応は“予測困難” 台湾内では「鬼気迫る焦り」

トランプ大統領は、台湾有事への対応を聞かれた際に「この問題を巡り決してコメントしない」と発言した。今年2月に石破総理と首脳会談した時の共同声明では「台湾海峡の平和と安定を維持」「国際機関への台湾の意味ある参加への支持」と言及していた。

鈴木一人氏(東京大学公共政策大学院教授)は、現時点では台湾有事の際、トランプ大統領がどのような動きをするのか予測をするのは非常に難しいとしつつ、以下のように分析した。

これまでアメリカは「あいまい戦略」といって、台湾の独立は支持しないが、台湾有事の際に介入するかどうかにも直接言及しないことで、台湾の独立を抑止し、もしかしたらアメリカが介入してくるかもしれないということで、中国が武力行使することも抑止してきた。トランプ氏としてはそれを継続する立ち位置で、どちらにも解釈し得るような言い方を今のところはしている。
今年2月の日米共同声明の「平和と安定を維持する」とは現状維持がベストであると確認したということ。「台湾の国際機関への意味ある参加」も、これまでと同じスタンスを示したのみだ。台湾有事に関してトランプ氏は何も新しいことに言及しておらず、有事にどう対処するのか、今の段階では見えない。
トランプ政権が中国に対して厳しい姿勢を打ち出しているのは、関税や貿易赤字問題など経済面がメインで、安全保障上のテーマとして中国との関係をどのように設定するのか、特に台湾有事に関してどこまで関与するのかということはおそらく決定していない。アメリカは、バイデン政権の間に軍事顧問団を派遣しており、これが今の水準でずっと維持されれば、バイデン政権と同様に、どちらかと言えば台湾寄りの立場をとるのだと思うが、これが減るとなればまた違うメッセージが出てくる。

峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所)は、先月末に行った台湾での取材を踏まえ、台湾が抱く危機感を指摘した。

台湾当局の幹部らと意見交換をしてきたが、極めて悲観的に見ていた。ある人によると、いま政権の中はカオス状態、混乱状態にあると。彼ら自身もトランプ氏の再選を見越してかなり準備をしてきて、完璧なシナリオを作ってきた。が、その中でもいま最悪のシナリオになっていると。意見交換をしたのは、トランプ・ゼレンスキー両大統領の会談の直前だったが、「きょうのウクライナは明日の台湾」で、あのような形で大国同士のディールの中に捨てられてしまうのではないか、という危機感が伝わってきた。これまでに感じたことのないような鬼気迫る焦りのようなものを感じた。

2)トランプ氏と“ディール”の試みか…台湾「半導体」で米国に巨額投資へ

台湾は、トランプ大統領と「半導体」での“ディール”を試みるのか。3月3日、台湾の半導体メーカー「TSMC」の魏哲家CEOはトランプ大統領と会談し、米国への1000億ドル(約15兆円)の追加投資と、米国内に5つの半導体工場を建設する計画を発表した。こうした一連の「半導体」で関係強化を図る動きに中国が反発。中国の台湾担当部門の報道官は「民進党の当局は外国に頼って独立を目指す足掛かりを得るため、台湾の半導体産業や強大な企業を利用し、さらにはお土産として渡そうとしている」と批判している。

台湾

峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所)は「中長期的には、台湾以外で先端半導体の製造が進むことになり、台湾の抑止力低下につながる」と警鐘を鳴らす。

木内登英氏(野村総研エグゼクティブ・エコノミスト)も、「あまり有効なカードにはならない」として、以下のような見解を示した。

当初からトランプ氏は「台湾は半導体をアメリカから盗んだ」と発言しており、台湾の半導体の重要性をどの程度考えているのか疑問がある。台湾の半導体の生産、特にファウンドリと呼ばれる委託生産は世界一だが、これはアメリカから盗んだのではなく、実際は協業をしている。アメリカで設計して台湾のTSMCに発注をして、アメリカ側がそれを受け取ってまた色々なところに出荷する関係だが、トランプ氏はそのように考えていないと思う。さらに言えば、先端半導体はアメリカでも作ることができる。台湾から先端半導体を供給してもらうことと引き換えに台湾を守るという発想は、トランプ氏にはないだろう。

3)トランプ政権誕生で中国の“統一スケジュール”前倒しの可能性も

予測不可能なトランプ大統領の登場で、中国の対応に変化はあるのか?中国政府は、一貫して「世界に中国は一つしかなく、台湾は中国領土の不可分の一部である」と強調し、「平和的な統一を目指す」「台湾に対する姿勢に変更はない」としている。ただ、2024年の全人代では「平和的」の表現が消えている。峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所)は、以下のように分析した。

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全人代の政治活動報告だけではなく、他の外交文書を見ても「平和的統一」という言葉が消えているものが多いことを考えると、平和的ではない方法で統一をすることをかなり旗幟鮮明にしたと考えられる。ただ、これは、私の考えているシナリオで言うと、戦争をして上陸をしてミサイルでボコボコにするということではない。ある意味、グレーゾーン的な、私は「新型統一戦争」というモデルを指摘しているが、軍事力を使って、海上封鎖をする形を取りながら圧力をかけ、無理やり「平和的統一」、例えば対話をしなさいとか、内部から台湾政権をひっくり返すことを考えているのではないかとみている。

さらに峯村健司氏は、中国がトランプ氏の大統領再選を受け、台湾統一のスケジュールを前倒しする可能性も指摘した。

昨年8月に一瞬だけホームページに掲載されて、すぐに削除された中国の厦門(アモイ)大学海峡両岸城市規画研究所の文書の中には「トランプ氏が再選するタイミングは、台湾統一のタイムスケジュールが前倒しされる可能性がある」とはっきり書かれていた。中国にとって、トランプ氏の登場は、ある意味危機でもあり、併合のチャンスでもあると見ている裏返しだ。削除したことの意味も重く、どうでもいい文書であれば削除しない。すぐに削除したということは、おそらく習近平指導部が内部で検討していることと符号している可能性が高いと思う。
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4)元統合幕僚長が台湾の政務顧問に… 中国の“台湾統一”戦略と日本

台湾の内閣に相当する「行政院」の政務顧問に元統合幕僚長の岩崎茂氏が就任した。鈴木一人氏(東京大学公共政策大学院教授)は、この人事の狙いを以下のように分析した。

岩崎氏は航空自衛隊の出身だ。これまで台湾へのアメリカの軍事顧問団は海兵隊を中心に水陸の戦いにフォーカスをしてきたが、防空、空の守りも重要だと意識したのではないか。もともと日本と台湾は国交がないため、現役の自衛官が行くことはあり得ないが、岩崎氏が台湾にいることによって日本とより強いパイプを持つことができる。もっと言えば、対外的には、日本が関与していると中国に対してアピールすることもできるニュアンスがある。

木内登英氏(野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト)は、中国の台湾戦略を下のように分析する。

中国側は、台湾経済が中国への依存度をより高めるような方向に働きかける、あるいは、中国経済が非常に優れているということを台湾の人々にアピールし、経済面も含め、できるだけ世論を親中側に誘導するという戦略をとっている。さらに、芸術やSNSを通じて、中国の良さをアピールするなど様々な形で、いわゆるソフトパワーを使って台湾側を組み込もうとしている。決して軍事力だけで、力づくで、ということではなく、経済も含めた総力で台湾を組み込もうという戦略だ。グレーソーンの行動が今後、より過激になってくるのか、重要だ。

台湾有事はあり得るのか。峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所)は「台湾を孤立させず、皆が注目することが抑止力を保ち、結果として平和を保つ」と指摘した。

<出演者プロフィール>

鈴木一人(東京大学公共政策大学院教授。専門は国際政治経済学。AIをめぐる国際競争にも精通。近著「資源と経済の世界地図」(PHP研究所)など多数

峯村健司(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。近著に『あぶない中国共産党』(橋爪大三郎氏との共著 小学館新書)『台湾有事と日本の危機』(PHP新書) 。中国の安全保障政策に関する報道でボーン上田記念国際記者賞受賞)

木内登英(野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト。2012年、内閣の任命により日銀審議委員に。任期5年で金融政策を担う。専門はグローバル経済分析)

(「BS朝日 日曜スクープ」2025年3月23日放送分より)