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2025年6月12日 16:00

【ウクライナ大規模攻撃】ロシアの戦略核抑止能力にも打撃 「クモの巣作戦」AIドローンで覆される軍事概念

2025年6月12日 16:00

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ウクライナは6月1日、ロシアの空軍基地5カ所に対する大規模なドローン攻撃「クモの巣作戦」を展開。70億ドル相当(1兆円)の損害を与えたとされる。この作戦では、AI(人工知能)を搭載したドローンが活用され、ロシア国内奥深くに配置された戦略爆撃機や早期警戒機などの重要な航空資産を爆撃した。専門家も「革新的な作戦だ」と驚きを隠さない。

1)「クモの巣作戦」米軍も衝撃 ゼレンスキー大統領が見据えた先には…

ウクライナ保安庁は、ロシアの空軍基地5か所に対するドローン攻撃「クモの巣作戦」で、戦略爆撃機など41機を標的とし、「少なくとも」13機を破壊したと主張している。その運用能力と“戦果”を米軍も注視し、参考にしているとの報道もある。

ジョセフ・クラフト氏(経済・政治アナリスト)は、「米軍は、参考にするどころか衝撃を受けたのでは」と指摘する。

米空軍参謀総長のオルヴィン大将は4日「今回の作戦の熱意とイノベーションは我々の想像を超える。非常に改めさせられるものだ」と発言している。従来の軍事概念・常識では考えられなかった行動で、アメリカも、もしロシアと同じ攻撃を受ければ同じ局面になっていたと。こういう攻撃に対応する準備はできていないと言っていたのは非常に印象的だ。
このタイミングでゼレンスキー大統領が作戦を行ったのは、二つの意味がある。一つには来週開催予定のG7とNATOの首脳会談。二つ目には、いまアメリカ世論に異変があり、少しずつウクライナ寄りに動いていること。世論の変化を受け、トランプ氏も議会も徐々に対応を修正している。おそらくゼレンスキー氏としては、今回の作戦の成功により、米上院議員が4月から議論している対ロシア制裁強化法案の成立を後押ししたいという考えがあったはずだ。その証拠にゼレンスキー氏は、攻撃後トランプ氏に、制裁法案を強く支持してほしいと言っている。結果的に功を奏したのか、6月2日にジョン・スーン共和党院内総務が「月内にロシア制裁法案をまとめる」と言及した。軍事的な面のみならず、アメリカの政治世論をも突き動かそうとの計算も働いていたことに驚きを禁じ得ない。
世論調査

2)周到な準備と高度な作戦遂行能力 「クモの巣作戦」の全容

ロシアの航空戦力に大きな損害を与えたドローン攻撃「クモの巣作戦」は、ウクライナの情報機関が1年8か月かけて準備したものだった。作戦には117機のドローンを使用。ドローンはウクライナ保安庁の工作員がロシアに密輸し、ロシア国内で移動式の小屋に隠されていたという。ウクライナ工作員に雇われたロシア人の運転手が中身を知らないままドローンを現場近くまで運搬し、駐車場やガソリンスタンドなどで停車するよう指示されていた。そして攻撃の時、現場に到着すると遠隔操作でコンテナが開き、ドローンが次々と飛び立った。トラックはドローン発射後に自爆装置で爆発したとされる。

トラック

ドローンのパイロットはトラックの近くにおらず、携帯電話の電波を利用してドローンを操作した可能性が指摘されている。関与したウクライナ関係者全員がドローン発射前にロシア領から脱出したとされる。

渡部悦和氏(元陸上自衛隊東部方面総監)は今回の攻撃は「革新的な作戦」「ロシアが持っている戦略核抑止能力を大幅にダウンさせた」と評価する。

成果から言えば、歴史的な快挙だった。ウクライナは、ドローン技術を非常に発達させてきた。また、技術だけではなくて運用する能力も高めてきた。さらに、同時多発の攻撃を隠密裏に行ったことで、極秘作戦遂行能力も非常に高いことがわかる。ゼレンスキー大統領は「ウクライナにはカードがある。決して負けていない」と常々言っていた。トランプ大統領は「ウクライナはカードがない、負けている」と言ったが、そうではないことを示した。

さらに、渡部悦和氏(元陸上自衛隊東部方面総監)は「AIを利用したドローンだけではあの作戦は成功できなかった。人間が誘導しているから正確に標的に当たっていった。現代戦においては、無人機と人のコラボレーションが非常に重要になる。その有人と無人のコラボレーションを見事にやり遂げた」と指摘した。

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3)ウクライナ AI活用でドローン進化 覆される軍事概念 

米国の戦略国際問題研究所(CSIS)は今回の作戦について「ウクライナは『遠隔操作』と『自律性』『AI支援機能』を組み合わせたハイブリッドなドローン戦を実行。AIが飛行の安定性や標的設定に役割を果たした可能性が高く、搭載されたAIが攻撃をサポートした」と分析した。 

ウクライナは、攻撃に使うAIを入念に準備していたとされる。2024年7月、軍事ブロガーが「ウクライナ情報機関がロシアの軍事博物館から入手した画像を用いて、ドローンが爆撃機を認識できるようAIシステムの訓練を行っている」と報じた。博物館には今回標的となった戦略爆撃機「Tu-95」、戦略爆撃機「Tu-160」が展示されており、博物館の展示品を利用して、AIに標的を覚えさせたとされる。さらに、小さなドローンで巨大な爆撃機を破壊するため、「ウクライナの工作員がロシアの博物館で戦略爆撃機の画像をあらゆる角度から数百枚撮影して、爆撃機の脆弱な部分を特定し、AIドローンが標的を自律的に認識・攻撃できるように使用」。つまり、一番脆弱な部分を狙うよう、AIに学習させたという。

ドローン

渡部悦和氏(元陸上自衛隊東部方面総監)も、AIの搭載により、攻撃の精度が非常に高まっていると指摘する。

いま国連でも非常に問題になっているのが完全自律型の殺傷ドローンだ。今回ウクライナが使用したものは、完全に自律型ではないが、かなりそれに近い自律型のドローン。攻撃ではターゲティングが非常に大切になる。写真等を読み込ませた状態で識別をし、一番弱いところに攻撃をするという見事なターゲティングだ。
ドローン

現在のドローンは、「ナビゲーション」「ターゲティング」「実行」を半自律機能として分離しており、人間が操作する部分と、AIが独自でいく部分が半分半分という状況だが、将来的には完全自律型へと進化させる可能性が高いという分析もある。ジョセフ・クラフト氏(経済・政治アナリスト)は、従来の軍事概念・常識を覆された局面と指摘する。

ペンタゴンが衝撃を受けているのは、AIにより攻撃時間が短縮し正確性が高まると、防衛もAIで対応をしていかないと非常に不均衡になってしまうリスクだ。また、直近の衝撃的なニュースとして、チャットGPTの生成AIの試験で、“AIが指示を拒否した例が出た”ことがある。これは自軍が飛ばしたAIがグルッと回って自分たちを攻撃する可能性も出てくるということ。今後軍事AIにどのような影響をもたらすのか大きな問題になっている。
米軍は今月、フライトラップというAIドローン攻撃に対応する軍事演習を予定しているが、内容を抜本的に見直す必要がある。ゴールデンドーム構想についても同様だ。ぺンタゴンは、今回の「クモの巣作戦」によって根本的に従来の軍事常識概念を全く覆され、見直しを迫られている。
プーチン大統領

番組アンカーの杉田弘毅氏(ジャーナリスト/元共同通信論説委員長)も改めて、ウクライナの高度な作戦能力を指摘した。

今回の攻撃はアメリカとの関係性はないとのことだが、現場レベルでは米軍はある程度ウクライナの作戦を把握しているはずなので、もしかしたら米軍の現場は攻撃の概要を知りつつも、上まで情報を上げていなかった可能性もあるのではないか。事前に作戦情報が漏れて失敗する危険性もあったので、正式の通告はしなかったのだろう。これまでもウクライナ側はドローンでモスクワ近郊の攻撃などを行っているので、その延長のような位置づけになっていた可能性がある。
次のポイントはロシアがどこまで反撃をするのかという点だが、ウクライナとしては、ロシアが相当な反撃に出ても核はまだ使わないという確固とした見通しがあった上での攻撃だと思う。全体を俯瞰して考えると、ウクライナの作戦能力は非常に繊細な部分も含めて高度になっている。ロシアの軍事ブロガーが「これはウクライナによる真珠湾攻撃だ」と語っていたが、そうだと思う。

<出演者プロフィール>

ジョセフ・クラフト(東京国際大学副学長。投資銀行などで要職を歴任。米政治経済の情勢に精通。米国籍で日本生まれ)

渡部悦和(元陸上自衛隊東部方面総監。安全保障政策や防衛戦略などの情勢に精通。著書

「宇宙安全保障 宇宙がもたらす恩恵と宇宙の軍事脅威増大の相克」(育鵬社)「プーチンの超限戦」(ワニプラス)など)

杉田弘毅(ジャーナリスト。21年度「日本記者クラブ賞」。明治大学特任教授。共同通信でワシントン支局長、論説委員長などを歴任。著書に「国際報道を問い直す-ウクライナ紛争とメディアの使命」(ちくま書房)など)

(BS朝日「日曜スクープ」2025年6月8日放送より)

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