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2025年7月29日 19:52

トランプ氏を追い詰める「エプスタイン疑惑」とは 「内輪もめ」から国民的関心事へ

2025年7月29日 19:52

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トランプ大統領は25日、イギリスのスコットランドに到着した。EUとの関税交渉が大詰めを迎えたなかでの訪問だったが、空港でのぶら下がり取材の質問は「エプスタイン疑惑」に集中した。トランプ大統領は、「無意味な話題を繰り返し取り上げている」と不満をあらわにした。

トランプ大統領が「史上最大の取引」と自画自賛した、日本との貿易交渉が妥結した22日も、実は米メディア、特にテレビは日本との関税交渉よりも「エプスタイン疑惑」の扱いのほうが圧倒的に多かった。

ニュース番組だけでなく、夜のコメディ・ショーもこの話題でトランプ大統領を嘲笑するジョークで持ちきりで、まさに話題を独占している。
(テレビ朝日報道局外報部 斉木文武)

MAGA派が待ち望んでいた「顧客リスト」の公開

騒動の発端は7月上旬、司法省が、『エプスタイン元被告が少女売春を斡旋した「顧客リスト」が存在しない』、と認めたことだった。

大富豪としてしられたエプスタイン元被告は未成年女性の人身売買などの罪で起訴され、裁判を控えた2019年に拘置所内で死亡した。自殺したとされている。

エプスタイン元被告は幅広い人脈で知られていた。このため、トランプ大統領の強固な支持層である「MAGA」(メイク・アメリカ・グレート・アゲインの頭文字)派はこう主張した。

『元被告が斡旋したとされる少女売春の顧客には政財界の大物が含まれていて、元被告はそうした著名人を恐喝していた』
『捜査で押収された資料の中に民主党の大統領経験者ら大物の名が記された「顧客リスト」が存在する』

司法省の発表の5カ月前の今年2月には、トランプ氏の忠実な支持者として知られ、司法長官に就任したばかりのボンディ氏も、FOXニュースでそうした文書が「私の机の上に置かれている」と発言し、「MAGA」派の期待感を煽っていた。

トランプ大統領自身も選挙戦で「リスト公開」を示唆

ニューヨーク タイムズスクエア 7月23日
ニューヨーク タイムズスクエア 7月23日

トランプ大統領も大統領選中にエプスタイン事件のリスト公開を示唆する発言を繰り返した。

さらに、第2次トランプ政権では、FBIのボンジーノ副長官などFBIや司法省の要職を公開に積極的な人物が占めたことから、MAGA派は

「顧客リストの公開が近い」
「ついにエスタブリッシュメント(既得権益層)たちとの悪事が暴かれる」

と、信じていたようだ。

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「顧客リストなし」に激怒したMAGA派

MAGA派のなかにはアメリカは「闇の政府」に支配されているという、根拠不明のいわゆる「陰謀論」を唱える人たちがいる。

その根源にあるのは

「トランプ大統領は民主党政治家ら政財界とマスコミのエリート層で構成されている、小児性愛者たちが支配する『闇の政府』と闘っている」

という主張だ。これは2016年の大統領選挙では、ネット上で陰謀論を唱える「Qアノン」の信奉者たちの主張としても注目を集めた。

トランプ大統領はこうした根拠不明の言説を明確に否定せず、むしろ拡散してきた。
「オバマ大統領はアメリカ生まれではない」といった類のデマも同様でだ。

そして「陰謀論」は3度の大統領選挙を経てトランプ氏自身の主張とも混然一体となって支持者に定着していった。たとえば議会襲撃事件の扇動など司法当局によるトランプ氏への捜査も、「闇の政府の仕業」といった具合だ。

2期目となったトランプ大統領自身も、既存の官僚機構が「闇の政府」として国家を不当に運営してきたとも批判してきた。「闇の政府」の打倒を掲げ、イーロン・マスク氏による官僚機構のリストラも「闇の政府」を解体することが目的だとされた。

「闇の政府」を裏付ける格好の材料になったエプスタイン疑惑

アンドリュー王子 2019年
アンドリュー王子 2019年

エプスタイン事件とそれにまつわる「陰謀論」もこうしたMAGA派の陰謀論者たちの言説の延長線上にある。

エプスタイン氏はクリントン元大統領や、イギリスのアンドリュー王子など政財界の大物らと親交があったことで知られている。

少女らへの性的虐待と著名人らへの人脈がともに登場する「エプスタイン疑惑」は、エプスタイン元被告が逮捕された2019年に脚光を浴びると、陰謀論が跋扈する「MAGA」派に、主張を裏付ける格好の材料を提供したのだ。

イギリスのBBCは、「顧客リストは(「闇の政府」論にある)『小児性愛エリート』ネットワークのいわば"物証"のように語られた。」と分析している。

トランプ氏も陰謀論を論破することは困難

MAGA派が唱える陰謀論では、エプスタイン元被告の死についても、

『自殺ではなく、裁判を前に「口封じ」のため「闇の政府」に殺された』

とされてきた。この他殺説も、7月上旬の司法省の発表で否定されている。

これに対し、MAGA派の一部からは「司法省は、次は『エプスタインは存在しなかった』と言い出すだろう」という批判も出ている。

 トランプ大統領も沈静化に乗り出しているが、もともとが「陰謀論」発の主張なだけに、トランプ大統領が反論しても「約束違反」に怒った支持者を納得させるのは容易ではない。

7月16日に、トランプ大統領はSNSにこう書きこんで支持者たちを突き放した。

「私の過去の支持者たちは、デタラメを鵜呑みにしている」「これはすべて民主党に仕組まれたデマだ」

ただ、怒り心頭のMAGA派には響かず、反トランプの陣営には悪いジョークにしか聞こえないようだ。

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「MAGA派の内輪もめ」から「国民的関心事」へ

トランプ氏と岩盤支持者の結束にほころびが見えたところに、有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルが17日、こう報じた。

「トランプ氏がかつてエプスタイン元被告に送った手紙が存在する」

実はトランプ氏とエプスタイン元被告は2000年代はじめまで友人関係にあることは、よく知られていた。親しげな2人の写真は何枚も残っている。

手紙は2人の親密さを示唆するものだったが、このスクープが、騒動を「MAGA派内の内輪もめ」から、トランプ大統領とエプスタイン元被告の「親密な関係」に焦点が変わる契機になった。

「陰謀論を全面的に否定する司法省の発表が出る前に、トランプ氏自身が捜査資料にトランプ氏の名前があったことを知っていた」

という報道も飛び出した。

スコットランド 7月28日
スコットランド 7月28日

トランプ氏とエプスタイン元被告は友人関係だったので、名前が資料にあることはそれほど不思議ではない。名前があったからと言って何らかの違法行為に加担したことにはならないし、実際、トランプ大統領は、この事件では何の罪にも問われていない。だが、トランプ氏は「フェイク・ニュース」と大げさに反論して、エプスタイン疑惑がまたニュースのヘッドラインを飾ることになった。

こうしてエプスタイン事件は、国民的な関心事になった。トランプ大統領から攻撃されてきた大手メディアも論争に全面的に参戦し、報道合戦を繰り広げている。

「陰謀論」を広め、便乗して支持を伸ばしたトランプ大統領が、いわば「陰謀論」を否定することで岩盤支持者と結束が崩れ、追い込まれていく…、なんとも皮肉な展開がトランプ支持者も、反トランプの人たちもひきつけアメリカの世論をいまも沸騰させている。

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