ナチスによるユダヤ人の大量虐殺。その“負の歴史”の爪痕が、今も各地に残るドイツ。戦後80年、歴史を語り継ぐはずの史跡で今、“異変”が起きています。(8月16日OA「サタデーステーション」)
■根付く“負の歴史”への反省 ドイツ“ダークツーリズム”取材
東京から飛行機を乗り継ぎ…16時間。サタデーステーションが訪れたのは、ドイツの首都・ベルリン。
報告・若林奈織ディレクター(ドイツ・ベルリン)
「ベルリンの観光名所、ブランデンブルク門です。日曜日ということもあって多くの方でにぎわっています」
“平和の象徴”とされるこの門は80年前、戦火の中にありました。
激しい市街戦の舞台となったベルリン。市内にはこんな場所も…
報告・若林奈織ディレクター(ドイツ・ベルリン)
「こちらはヒトラーが最期を迎えた地下壕の跡地です。今はその面影はまったくありませんが、目の前には掲示板があり、観光客が足を止めています」
“史上最悪の独裁者”ともいわれるアドルフ・ヒトラー。ナチス・ドイツを率いてポーランドを侵攻、これが第二次世界大戦の引き金となりました。さらに、組織的な大量虐殺=ホロコーストを主導し、アウシュビッツなどの強制収容所では、およそ600万人のユダヤ人が殺害されました。
「次世代をよりよくするためにも過去を振り返り、反省すべきです」
「記憶し2度と繰り返さないことが重要です」
ドイツ国民に根付くのは、“負の歴史”に対する反省。その姿勢は街にも刻まれています。中心部の広大な敷地にはー“棺”のようなモニュメント。ユダヤ人犠牲者を追悼する“ホロコースト記念碑”です。地下には、犠牲者の写真や手紙が展示されています。こうした“負の歴史”の爪痕を巡る“ダークツーリズム”。ドイツでは、記憶を伝える場として浸透しています。
さらに住宅街でみかけたのは…街灯につけられたパンのイラスト。その裏側にはドイツ語でこう書かれています。
(パンの看板:裏側)「ユダヤ人が食料品を購入していい時間は午後4時から午後5時の間のみ」
同じような看板がこの地区に80枚。いずれもユダヤ人を差別する当時の条例や法律です。“負の歴史”を日常的に思い出せるよう、あえて目につく場所に設置しているといいます。
「私たちドイツ人には特に厳しい過去、悲惨な過去があります。たとえ経験していなくても、責任があります」
■“負の歴史”の舞台巡る “ダークツーリズム”に異変
ところが今、“ダークツーリズム”への攻撃が相次いでいます。ドイツ中部・チューリンゲン州、年間30万人が訪れるブーヘンバルト強制収容所記念館では…
「250本のうち、これまでに50本以上の木が切り倒されました」
館長のワーグナーさんによると、犠牲者を弔うために植えられた木々が何者かによって切り倒されたといいます。
「あぜんとしました。この行為は犠牲者を2度殺すようなものです」
飢餓、過労、人体実験などによってユダヤ人を含む、およそ5万6000人が犠牲となったこの収容所。
「囚人たちは木製の四段ベッドの狭いスペースに収容されました。言葉にできないほどの劣悪な衛生状態、絶え間なく続く飢餓、そして執拗な虐待行為。常に死と隣り合わせでした。犠牲者たちは、殺害の痕跡を消すために焼却炉で焼かれました」
犠牲者を冒涜するような“攻撃”は他にも…
「何者かがここに“かぎ十字”を彫りました。ここには“かぎ十字”と“ヘイト”の文字も刻まれています」
案内板に刻まれたのは、ナチスの象徴として知られる“かぎ十字”。ドイツでは法律で使用が禁止されています。
「記念碑に対する攻撃は常にありましたが、特にここ数年で増えています」
■“負の歴史”向き合い方に変化?変わるドイツ社会の空気
なぜダークツーリズムへの“攻撃”が増えているのでしょうか。
「ナチスの犯した罪と向き合うことに対するドイツ人の意識は明らかに低下しているのです」
背景にあるのは、“負の歴史”への向き合い方の変化です。
「いつまでも過去にとらわれていても、状況は良くなりません」
「ドイツ国民として、共に未来に目を向ける必要があります」
取材でみえてきたのは、「“ナチスの過去”に縛られたくない」という本音。最新の調査でも、「“ナチスの過去”に終止符を打つべきだ」という考えに4割近くが賛成し、反対を初めて上回る結果となったのです。
同様の発言は、政治家からもー
「首都の中心に“恥の記念碑”が立っている」
ホロコースト記念碑を“恥”と評したのは極右政党AfD(ドイツのための選択肢)の政治家・ヘッケ氏。“ナチスの過去”を反省し続けるべきでないと主張しています。しかし、こうした一面を持つAfDが2月の総選挙で第2党に躍進。最新(8月)の世論調査では、与党第1党を抜いて首位となりました。支持を集めるワケは、移民・難民問題や現政権に対する不満から。さらに“自国ファースト”を掲げた訴えも共感を呼んでいます。私たちは、AfDの議員に話を聞くことができました。
「我々はAfDとして、愛国者としてドイツを愛しています。歴史の中でナチス時代の12年間に焦点が当てられ、それ以前の素晴らしい1000年の文化はすべて否定されるー何かが間違っています」
■戦後80年 “歴史の書き換え”に懸念…記憶どうつなぐ?
ワーグナーさんは、“ナチスの過去”に対するAfDの姿勢が“攻撃”に少なからず影響しているといいます。
「ナチスの思想を受け継ぐ集団がAfDの政治的メッセージに扇動され、攻撃するようになったのです」
さらに、“ナチスの過去”を軽んじる風潮が“歴史の書き換え”に繋がっていくのではと懸念しています。
「ナチス時代を経験した人はほぼ残っていません。そのため間違った知識や情報をうのみにした主張がネット上に溢れ、作り話やフェイクが瞬く間に広まるのです」
こうした状況に対応するため、記念館では若い世代への歴史教育に力を入れています。フェイクニュースについてただ否定するのではなく、信憑性を議論するプログラムを用意しています。
「例えば、TikTokなどでは、ユダヤ人を嫌う言葉、人を差別する言葉、歴史を否定するようなデマが出てきます。『その情報はどこからか?』『発信している人は誰なのか?』情報源を確認することが重要だと認識させます」
だからこそ、自分の目で“戦争の記憶”を確かめ、考えることが重要だといいます。
「私たちは皆、歴史と向き合うべきです。歴史の中でどのような過ちを犯したのか学ぶべきです。平和的、人道的、民主的な世の中を求めるのであれば」
【取材後記】
街の中心部に広がる追悼のモニュメント。街灯に掲げられた当時のユダヤ人差別の法律や条例。そして道には、かつてそこに暮らしていたユダヤ人の名前が刻まれ、小学校の校庭にも、子どもたちの手でつくられた記念碑が建っています。ナチスによる“負の歴史”を抱えるドイツでは、人々の心だけでなく、街の風景そのものからも「戦争を忘れてはならない」という強い決意が伝わってきました。これは “記憶の文化”と呼ばれ、長く社会に根付いてきたものです。しかし取材を通して見えてきたのは、「もう過去に縛られたくない」という人々の声。時代の流れの中で、こうした考えが生まれるのは自然なことかもしれません。戦後80年が経ち、当時を知る人々が少なくなる今、私たちにできるのは、残された記録や証言を守り、自ら触れ、考え続けることだと思います。国際情勢が揺れ動く今こそ、節目の年に限らず、“負の歴史”に向き合い、現在、そして未来を見つめていくことが求められていると深く感じました。(サタデーステーション 若林奈織)