米トランプ大統領に近い保守活動家の射殺事件へのコメントが問題視され、無期限の放送休止となった米ABCテレビの深夜のトーク番組「ジミー・キンメル・ライブ」は9月23日に放送を再開した。その後も政権を笑いのネタにする「トランプいじり」を弱めていない。
9月30日にはライバル局の深夜トーク番組の司会者がABCの番組に集まるという、異例の展開になった。3人が並んでステージ上で撮影された記念写真は早速、インスタグラムに投稿され、司会者のジミー・キンメル氏が「ハイ、ドナルド」と書き込み、トランプ大統領を挑発した。
(テレビ朝日報道局デジタル解説委員 名村晃一)
ほぼ同じ時間に“相互出演”

集まったのはCBSの「ザ・レイトショー」のスティーブン・コルベア氏とNBCの「レイト・ナイト」のセス・マイヤーズ氏。いずれも時の政権に鋭い言葉を投げかけ続けてきたコメディアンだ。放送休止という憂き目にあった「ジミー・キンメル・ライブ」に出演して「言論の自由」のために結束するといった狙いがあった。
「ジミー・キンメル・ライブ」は通常、ロサンゼルスで収録されているが、29日からの1週間は、年に1度のニューヨークでの収録週だった。このため、今回の「結束」が実現した。
この日、キンメル氏はABCの自分の番組のほかに、同日放送のCBSの「ザ・レイトショー」にもゲスト出演した。テレビ史上でも珍しい、ほぼ同じ時間の相互出演となった。
開口一番「あのくそ野郎」

「ザ・レイトショー」で司会のコルベア氏からキンメル氏は「米国の大統領が君の失業を祝うなんて想像できたか?」と問われ、開口一番「あのくそ野郎」と答えた。表情はにこやかながらも、テレビで使う言葉としては、かなり厳しいものだった。
さらにキンメル氏は「まさかこんな大統領が誕生するなんて想像もしていなかったし、二度とこんな大統領が誕生してほしくない。この国の大統領が何百人もの米国人の失業を祝うような状況なんて想像もしていなかった。そんなことを喜ぶような人物は、この国のリーダーのあるべき姿とは全く正反対だ」と続けた。
ライバル番組の場を借りて、自らの番組の休止のうさを晴らすように、真正面からトランプ大統領を批判した。スタジオは大きな拍手に包まれていた。
“放送休止”トランプ大統領は歓迎
15日の放送でキンメル氏は、保守活動家チャーリー・カーク氏射殺事件の容疑者をめぐりトランプ大統領の支持者が「自分たちの仲間でないことを必死に証明し、政治的なポイントを稼ごうとしている」とコメントした。
これにトランプ大統領支持者が怒った。放送業界を監督する米連邦通信委員会(FCC)のブレンダン・カー委員長は政府による介入をにおわせた。
事態を重く見たABCは17日に「ジミー・キンメル・ライブ」の無期限放送休止を決めた。トランプ大統領はABCの決定を歓迎するコメントを、自身のソーシャルメディアに投稿した。
ABCの判断にリベラル派は「政府の圧力に屈した」と反発した。ABCの親会社であるウォルト・ディズニーの作品視聴をボイコットする動きも広がった。
批判的な意見はリベラル派だけではなかった。保守派ポッドキャスターで、トランプ大統領の2回目の当選に大きく貢献したとされるジョー・ローガン氏も自らの番組の中で「コメディアンが何を言っていいのか、いけないのかを政府が決めつけることは絶対にあってはならない」と話した。番組の休止を喜ぶ保守派に対しても「そんなことを支持するなんて正気ではない」と酷評した。
再開日は通常の4倍の視聴者
ABCは休止決定から、1週間もしないうちに放送再開に踏み切った。放送再開日である23日の総視聴者数は630万人に達し、同番組の平均値の約4倍を記録した。ユーチューブでの配信も、10月1日時点で再生回数が2205万回を超え、「言論の自由」に直結するとされる今回の騒動への米国民の関心の高さを示した。
世論調査で定評のある米キニピアック大学(コネチカット州ハムデン)が有権者を対象に実施した調査(放送休止中の9月18〜21日に実施)では、米国の「言論の自由」に「悲観的」だとの回答が53%にのぼった。「楽観的」は43%だった。6カ月前の調査では「楽観的」が54%、「悲観的」が43%で、半年で世論が逆転したことになる。「ジミー・キンメル・ライブ」の放送休止問題が、世論に大きな影響を与えたとみられている。
若者離れで苦戦…打ち切りも
しかし、その深夜のトーク番組も一時のような勢いはなくなっている。ストリーミングサービスやソーシャルメディアの普及で若者を中心に視聴離れが進んだからだ。3大ネットワークとしても予算的に番組を支えることが簡単ではなくなっている。
CBSは7月17日、今回、キンメル氏が出演した「ザ・レイトショー」を2026年5月で打ち切ることを発表している。CBSは財政的な問題による決定だとしているが、CBSの親会社であるパラマウント・グローバルが進めていた映画製作大手スカイダンス・メディアとの合併を完了させるために、トランプ政権に配慮した結果だとする見方が出ている。
番組打ち切りが公表された際、米国のメディアは「深夜トーク番組の終えん」というトーンで報じた。多くの米国民は1つの時代が幕を閉じようとしていると感じている。
「深夜トーク番組VSトランプ政権」の戦いは予断を許さない展開となっているが、番組側にとっては「捨て身」の戦いという色合いが強くなっている。