米ニューヨーク市長選で、民主社会主義を掲げる民主党急進左派のゾーラン・マムダニ氏(34)が当選した。7月の民主党の予備選で予想外の強さで勝利を収めた後も着実に支持を広げ、安定した戦いで市長の座を射止めた。「資本主義の権化」であるニューヨークで、なぜ社会主義者を自認する市長が誕生したのか。世界中が抱いた疑問への答えは意外なほど明快だ。ニューヨークは貧困にあえいでいるからである。(テレビ朝日デジタル解説委員 名村晃一)
「安くて住みやすい町」にこだわり有権者の心とらえる
マムダニ氏の選挙運動は、民主党のイメージカラーである青だけでなく、ライバルの共和党のシンボルカラーである赤も目立った。赤は左翼のイメージカラーでもある。政党の色など構うことなく赤をはためかせて、社会主義を強調した。支持者らが手に持ったプラカードには、「社会主義がファシズムを打ちのめす」とあった。ファシズムとはトランプ政権を指す。社会主義への嫌悪感が強い米国で、これほどまで社会主義という言葉が飛び交うのは極めて異例だ。
政策として一貫して訴えたのは「Affordability(値ごろ感)」だ。物価を下げ、安くて住みやすいニューヨークにしてゆくことを徹底的に訴えた。安価な食材を販売する市営スーパーの創設、公営バスの無料化、賃貸住宅の値上げ凍結、最低賃金の倍増に近いアップ、富裕層への増税などを掲げ、有権者の心をつかんだ。
デリやファストフードに「EBT使えます」のサイン
ニューヨークには「デリ」や「ボデガ」と呼ばれる昔ながらの雑貨店がいたるところにある。日本のコンビニエンスストアのような存在だが、摩天楼が林立するマンハッタンから離れ、ブルックリンやブロンクスなどのデリの店先には「EBT使えます」と記された紙が張られている。
EBTとは「Electric Benefit Transfer(エレクトリック・ベネフィット・トランスファー)」の略称だ。日本の生活保護制度に似た国の低所得者食料支給制度を利用する際の決済用のカードのことだ。
クレジットカードのようにデリやスーパーに設置された機械にかざすだけで、補助金で食品を買い求めることができる。かつては「フードスタンプ」と呼ばれる紙の券だったが、それが電子化された。
「世界が不況に陥ってもここだけはカネがある」と言われるマンハッタンの中心部ではあまり見かけないが、庶民の町では、市民がEBTを利用して食品を買うのは当たり前の光景だ。
ブルックリンなどでは、ハンバーガーチェーンのマクドナルドの店舗でもEBTが使用できることを知らせる張り紙が掲げられている。
こうした店の常連になると、1カ月に2、3回は、見知らぬ高齢者や子どもらから「おごってくれないか」と声をかけられる。それがニューヨークの日常だ。
4人に1人貧困 全国平均の2倍 仕事あっても食料配給利用
コロンビア大学と社会支援団体「Robin Hood」の調査によると、ニューヨークの貧困率は25%に達している。4人に1人が貧困ライン以下の生活をしていることになる。今年2月に発表された2023年の実態を示す数字だ。
この調査は市内の3000世帯以上を対象に約15年にわたり行われている。地域の生活費や税控除などの非現金支援を考慮に入れ、連邦政府とは異なる指標で貧困状況をはじき出しているが、25%という貧困率は全国平均のほぼ2倍にあたる。2年間で7ポイントも悪化したという。物価上昇に所得の増加が追いつかず、生活が追い詰められてゆく。
貧困層の手前で踏みとどまっている市民は、「転落」への恐怖を抱えている。コロンビア大学と「Robin Hood」の別の調査では、仕事を持つ市民のうちの11%が、教会やボランティア団体などによる無料の食料配給を利用した、と答えている。こちらも2023年のデータで、2019年の5%から大幅に上昇した。
定住先がない子どもたち 「瀬戸際」が政治に激震を与えた
次世代を担う子どもたちにも生活苦が大きくのしかかる。児童保護団体「Advocates for Children of New York(AFC)」の調査によると、ニューヨークの公立学校に通う児童・生徒の8人に1人が、定住する家がないという。
2023学校年度(2023年9月〜2024年6月)に公立学校に通った児童・生徒のうち定住地のない子どもは約14万6000人に上った。このうちの約54%にあたる約7万9000人は経済的な困窮などから親せきや親の友人の家に住み、約41%にあたる約6万400人がホームレス避難所に身を寄せていた。
「瀬戸際の生活」に耐えるニューヨーク市民にとって、資本主義の対極にある社会主義は現状を打破するための政治手法だ。安くて住みやすい町は、今すぐにほしい社会そのものである。開票データによると投票した18〜29歳の有権者の62%が、30〜44歳の53%がマムダニ氏に一票を投じた。貧困がはびこる現状への不満だけでなく、希望が持てない若い層の明日への不安がマムダニ氏当選の原動力となった。カネがうなるマンハッタンにいては見えてこないニューヨークの現実が、ニューヨークに激震をもたらした。





