国際

2025年12月1日 12:00

「中国で日本理解が最も進んでいるのは今」 元駐中国大使が読み解く日中関係の今後≪前編≫

「中国で日本理解が最も進んでいるのは今」 元駐中国大使が読み解く日中関係の今後≪前編≫
広告
3

高市総理の「台湾有事」発言に対し、中国の反発は激しい状況が続くが、『読む日曜スクープ』は2回に分け、元駐中国大使 宮本雄二氏の分析と提言を掲載する。≪前編≫の今回、読み解くのは、中国による日本批判と国内世論の動向。宮本氏によれば、中国国内で日本への理解が最も進んできたのが“今”だという。どういうことなのか。

1)外交を舞台に反日世論戦 それでも“対話”が途絶えてはならない理由

中国による対日批判が強まる中、11月18日には日中局長級協議が行われた。中国のSNSでは、日本の外務省の金井正彰アジア大洋州局長が中国の劉勁松アジア局長に頭を下げているかのように見える動画の切り抜きが拡散されている。番組では劉勁松局長の服装に注目。中国メディアによると、この服は「五四青年装」とされる。1919年5月4日中国・北京で起きた学生らによる反日デモをきっかけに広がった反帝国主義運動「五四運動」の際に、青年たちが着ていた服だという。

中国側がこのような服装で局長級協議に臨んだことについて、宮本雄二氏(元駐中国大使/宮本アジア研究所代表)は、「少なくとも自分が現役の時代にはなかった」と語る。

五四運動は“中国の全国的な愛国主義運動の始まり”という象徴的な意味を持っている。この服を着て現れることによって、「自分たちは愛国主義を体現して、日本側と対峙している」という姿勢を示したということだろう。私も大使になってすぐ、小泉首相の最後の靖国参拝(2006年)で中国外交部から呼びつけられ抗議をされたことがある。その際、同僚の広報文化部の責任者が「瞬間でも頭を下げれば、その画像で“日本が頭を下げた”ことになる。絶対に頭を下げないでください」と進言してくれた。しかし、着席するときに頭を下げてしまうので、何回も、頭を下げずに着席する練習をして臨んだ。金井氏も頭を下げているわけではないし、今回、中国は国内世論向けの立ち居振る舞いをしている。日本が同じレベルで対応すれば、日本もこの程度か、ということになる。大人の対応をし、放っておけばいい。

この局長級協議は定例のもので、日本側は「薛剣駐大阪総領事のSNS投稿に抗議」「在留日本人の安全確保申し入れ」を行い、中国側は「高市総理の台湾をめぐる発言に抗議した」とされる。宮本雄二氏(元駐中国大使/宮本アジア研究所代表)は、局長レベルの対話が途絶えなかった点を評価する。

狙い
定期的なものではあっても局長レベルが対話をするチャネルがあって良かった。(2012年の)尖閣国有化の後は、お互いに拳を振り上げている時に、局長レベルのコミュニケーションもなかった。日本国内では局長が中国に行くとは何ごとだという声が強まり、局長は訪中できなかった。本当は、そういう時ほどコミュニケーションすべきで、外交官をこき使えというのが私の持論だ。危ない時こそ汗をかくのが外交というものだ。局長レベルであろうと次官レベルであろうと、とにかく官僚レベルの対話は、いかなる状況下でも途絶えてはならない。最後は非公式のものも含めて政治の出番となるが、接触は多すぎることはない。中国も太っ腹に対話に応じてほしい。対話の場では激しい議論になるが、それで相手の考えも分かってくる。そうすれば、解決の良いアイディアも浮かんでくるものだ。

久江雅彦氏(共同通信特別編集委員)も、局長級協議の実施は評価する声が強いと指摘する。

私が知る自民党関係者、外交・安全保障の大臣経験者など複数の人の話を総合するに、中国の外務省の局長の服装あるいは態度などを踏まえて、「これはけしからん」「許せない」などと言っている人は皆無だ。いない。中国側は、当然こういうことはやってくるだろうと。私が個人的に取材した際、彼らが口にしたのはむしろ「こういう画像や報道に触発されて、“中国はけしからん”と日本の世論が沸騰し、どんどん炎上することが非常に怖い」と。政治で大事なのは“けしからん”の応酬ではない。
広告

2)中国から一斉反発 日本の対応“優先事項”と政治の役割

中国政府の様々な機関が一斉に日本に対する批判を展開している。

中国の批判

しかし、その中には、誇張された、事実に基づかないものもある。中国外務省は「近年、日本社会で中国国民を対象とした犯罪事件が増加し、右翼勢力やネット上での極端な脅迫的言動も目立っている」と主張したが、日本政府は反論。日本国内で起きた中国国籍者に対する凶悪事件の認知件数の推移を公表した。殺人、強盗、放火のいずれも今年1月から10月の認知件数は一昨年、昨年に比べ減少している。

犯罪件数

宮本雄二氏(元駐中国大使/宮本アジア研究所代表)は、「極めて正しい対応」と日本側を評価した。

中国指導部が、日本は台湾問題で一線を越える発言をしたとして、厳しい姿勢をとる方針を決めたのだろう。各部門がその方針に従って何をするかを考え、発言し始めていると理解したほうがいい。 
感情に感情をもって対応すれば、止まりようがなくなり、状況はますます悪化して誰の利益にもならない。事実に関しては事実をもって、感情的にならずに冷静沈着に対応をすることが極めて大切だ。中国は中国側の理由でさらに反発を強める可能性もあるが、そこは覚悟して、日本政府は冷静な態度を堅持してほしい。

久江雅彦氏(共同通信特別編集委員)も、同様に政治の冷静な対応を重要視する。

全体を俯瞰して見ると、感情に感情で反応してはいけないということだ。日本政府のこれまでの見解では「全体を総合して判断するので、一概にどこでどうということは言えない」というのが応答要領、ラインだった。そのガードレールを少しでも踏み外すと、現在のような事態が起きる。だからこそ冷静に、あおりに対してあおりの国民感情を背にしてではなく、政治は冷徹にしたたかにやっていく。そういった原点が重要だ。
広告

3)「中国での日本の理解 最も進んでいるのが“今”」 なぜ?

気になるのは、中国国民の反応だ。中国外務省の毛寧報道局長は、「日本の指導者が台湾などの重大な原則問題について誤った発言を行ったため中国国民の怒りを引き起こした」と発言。宮本雄二氏(元駐中国大使/宮本アジア研究所代表)は、日中の民間交流に影響が及んでいることを危惧する。

訪日中国人
中国国民は14億人で日本の26倍の国土。外国人が「中国国民はこうだ」と言うことは非常に難しいが、その前提であえて言うと、中国国内のかなりの割合、おそらく7割ぐらいの人は外国に行ったことがなく、外国人と話したこともないと思う。こういう人たちが目にするのは、政府が流す外国に関する報道で反日部分はかなりある。それをもとにSNSでの仲間とのチャットなり、基本は反日だ。中国社会は、基本的に反日が底流であると我々は自覚しなくてはならない。私たちが接しているような、外国を知っている3割の人たちは例外的だ。中国世論は、基本的に民族主義的で、しかも国粋主義的で、かなりの割合で反日になる。中国政府が日本を強く批判したときに、社会全体から不満が出る構造ではない。
中国の対日措置で一番深刻なのは、民間交流の停止だ。中国はここまで踏み込んできた。日中関係は尖閣のいわゆる国有化も含め色々あったが、その後、日本への中国人観光客はむしろ増え続け、私の想像を超える大きなインパクトを中国社会に与えた。中国社会は今、私の知る中で、最も対日理解が進んでいる。日本人と接触したり、接触した人の話を聞いたりした3割の人たちが日本社会をかなり理解してくれている。それまではそういう人は少なかった。対日理解を押し上げたのは、インバウンド、そして、それを支える民間交流。そこがストップしてしまうと、日中の相互理解に大きな打撃を与える。中長期的に見て日中関係に極めて大きなマイナスの影響を及ぼす。民間交流については、続けるべきであり、強化すべきだと声を大にして言いたい。

番組アンカーの杉田弘毅氏(ジャーナリスト/元共同通信論説委員長)は、国際世論の場で中国の対日措置がどう見られるかにも注視する。

中国による厳しい対応、特にトップに対する批判は、日本だけでなく、他の国々も過去に晒された経験があり、国際世論から見れば“日本シンパ”が増えるのではないか。国際社会は、やっぱり中国は厳しい国で、扱いにくい、つき合いにくい国だねという意識を再確認していると思う。高市総理の発言をどう判断するかとは別に、全体の流れとして、中国がトップの号令で一斉に各部門が動き、出てきたメッセージが非常に強烈なことは、中長期的にも短期的にも中国にとってマイナスに働く。勝ち負けを争う白黒ゲームをしているわけではないが、日本への理解、同情が増していく可能性がある。

(「BS朝日 日曜スクープ」2025年11月23日放送より)

<出演者プロフィール>

宮本雄二(元駐中国特命全権大使。宮本アジア研究所代表。公益財団法人日中友好会館会長。著書に「2035年の中国」(新潮新書)など。外務省中国課長、駐ミャンマー大使など要職を歴任)

久江雅彦(共同通信社特別編集委員、杏林大学客員教授。永田町の情報源を駆使した取材・分析に定評。新著に『証言 小選挙区制は日本をどう変えたか』(岩波新書))

杉田弘毅(ジャーナリスト。21年度「日本記者クラブ賞」。明治大学特任教授。共同通信でワシントン支局長、論説委員長などを歴任。著書に「ポスト・グローバル時代の地政学」(新潮選書)など)

広告