国際

2025年12月1日 12:00

「高市総理の発言と中国社会での“物語”は…」元駐中国大使が読み解く≪後編≫

「高市総理の発言と中国社会での“物語”は…」元駐中国大使が読み解く≪後編≫
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高市総理の「台湾有事」発言に対する中国の反発が止まらない。『読む日曜スクープ』は2回に分け、元駐中国大使 宮本雄二氏の分析と提言を掲載。今回の≪後編≫で読み解くのは、日本・米国・中国の均衡を保つカギとなってきた歴代政権の“あいまい戦略”。国際政治と安全保障がせめぎ合う中で、打開の糸口はどこにあるのか。

1)「政治と安全保障の“矛盾”に…」日米両国の戦略

中国が激しく反発している11月7日の高市総理の国会答弁。高市総理は「(中国が台湾を)北京政府の支配下に置くためにどういう手段を使うか、色々なケースが考えられる。戦艦を使い武力行使も伴うものであれば存立危機事態になり得るケースであると私は考える」と述べた。

日中外交に長く携わってきた宮本雄二氏(元駐中国大使/宮本アジア研究所代表)は、中国国内での受け止め、中国社会で構築される“物語”を注視する。

台湾の安全保障については、日米政府ともに“あいまい戦略”を採用してきた。中国側は国交正常化にあたり「一つの中国」、すなわち「台湾は中国の一部である」と主張し、これを認めるか認めないか迫ってきた。対してアメリカは、「acknowledge」という言葉を使い、日本も「十分理解し尊重する」とした。中国は日米が中国の立場を基本的に認めたと解釈できるようにし、日米は台湾との関係を可能な限り維持し、アメリカは台湾の安全を守れると解釈できるようにした。日米と中国の解釈の違いはかなりあり、それで台湾問題はずっともめてきた。アメリカは、国策として台湾の安全に無関心でいられず、日本は日米安全保障条約を通じ、そこに結びつけられていた。台湾の安全と一緒に重なって出来上がっていったのが日米中の基本的枠組みであり、そこを支えてきたのが“あいまい戦略”だ。はっきりさせないことで日米中関係は続いてきた。今回の発言はそこを表に出し、日中の国交正常化時の約束に反したと中国は猛反発している。重大な事態だと理解している。
これまで問題が起こると日本外務省は中国外交部に対して色々説明をしてきたが、我々の説明が中国社会に広まることはない。外交部が正確に日本の説明を紹介することもないし、日本政府の中国社会に対する発信も大きく制限されている。中国社会では、新華社の報道やSNS上の記事を通して社会の“物語”ができあがる。例えば2012年、尖閣諸島について日本政府は、当時の石原慎太郎都知事の都による尖閣の購入は中国との関係を危うくすると判断した上で、政府が民間から購入し、それを「国有化」と呼んだ。中国では「国有化」とは「国のものにする」ことであり、どちらのものか係争中であるはずの尖閣を領土として日本に組み込んだと理解された。反中保守派の石原知事の陰謀に日本政府が同調したと思ったのだろう。日本は、国有化の意味を水面下で中国に対して繰り返し説明していたが、中国社会は自分たちがつくり出した“物語”で理解し、中国政府もそれで動いた。 
台湾の件も、安倍元総理が退任後「台湾有事は日本の有事。すなわち日米同盟の有事でもあります」と発言した際、中国では、日米安保条約に関する部分は伝わっていない。「台湾有事、すなわち日本有事」だけが広まって、「日本はアメリカに関係なく台湾に介入する」という“物語”が生まれ、ネットは炎上し、中国の有識者でさえ心配した。その“物語”の中に今回の発言もはまってくる。もちろん、日本がアメリカ抜きで動くことはあり得ないが、中国社会は、日本が直接介入すると認識しており、日中関係からすると極めて深刻な事態が発生している。

高市総理がAPEC首脳会議で台湾の代表との会談をSNSに投稿した際にも、中国は「台湾問題は中国の核心的利益の中の核心で、越えてはならないレッドラインだ」と反発していた。宮本雄二氏(元駐中国大使/宮本アジア研究所代表)は、「政治と安全保障の矛盾」に言及しつつ、日米の“あいまい戦略”をひも解く。

アメリカと中国の関係で最も象徴的なのが、アメリカの台湾に対する武器供与だ。中国は阻止しようとし、1982年当時レーガン大統領は、台湾海峡の平和が守られることを前提に、アメリカも中止を視野に入れながら徐々に減らすと約束した。ここでも解釈の違いが出てくる。日米中はあちこちで解釈の違いがあり、そこを曖昧にしておくことで国と国の関係を維持してきた。“あいまい戦略”を放棄して、「中国が来た場合にアメリカは武力をもって台湾を守る」と明言したら、中国は、「1つの中国」の約束違反だ、断交だ、と言わざるを得なくなる。“あいまい戦略”が大事なのは、政治と安全保障、この2つの間で初めから抱えている矛盾を表にさせないための仕掛けであるからだ。信条や原則の問題ではなく、テクニックの問題だと理解して、“技術でかわす外交”を是非やっていただきたい。

番組アンカーの杉田弘毅氏(ジャーナリスト/元共同通信論説委員長)は、議論のあり方について以下のように指摘する、

「存続危機事態」あるいは「武力攻撃事態」が抽象的な表現で語られていて、国民不在の議論が組み立てられてしまっている。こうした問題は、もっと国民が入る形で、国民的議論の中で考えていくべきではないか。今回は不幸な展開になっている。この問題は、米軍が入った時に、日米間の集団的自衛権の行使として日本が入ってくるかもしれないということだ。このこと自体、高市総理が「米軍の来援」と1回言っているが、日本国内でも必ずしも正確に理解されていない。
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2)安倍政権の対中政策から浮かび上がる“今後の対応”

発言の撤回を求める中国に対し、日本側は撤回の必要はないとの姿勢だ。その一方で、木原官房長官が「誤解を招くようなことがあれば、今後は極めて慎重に対応しなくてはならない」とも発言している。

久江雅彦氏(共同通信特別編集委員)は、歴代総理の中国への対応と比較しつつ状況を分析する。

この問題は端的に言えばひとつだけ。「高市総理は何の目的があって今回のような行動、発言を行ったのか」ということだ。通常、外交あるいは安全保障においては、戦略的・戦術的な目標があった上で言動を繰り出す。例えば安倍元総理は、特定秘密保護法、あるいは集団的自衛権の一部について行使を容認する、いわゆる平和安全法制を作ったが、一方で、二階幹事長(当時)が大勢、企業団を連れて、経団連を背景に中国に行くことでバランスをとった。また、岸田元総理も43兆円まで(5年度分の)防衛費を膨らませたが、もともとハト派だったこともあり、そこまで大きな反発は起きなかった。外交・安全保障は、長年の蓄積、積み上げがある。
日本政府としては、正面から発言の撤回はできない状況だ。“あいまい戦略”はもちろん100点ではないが80点ぐらいの対応で、「これだったら激烈な摩擦は起きない」という知恵だからこそ、長く続いてきた。否定することもできないのであれば、これまでのライン、応答要領を繰り返していく。そうして時間が経つのを待ち機会を探る。それ以外に着地点はないと思う。

宮本雄二氏(元駐中国大使/宮本アジア研究所代表)も安倍元総理の対中政策に言及しつつ、今後の対応を指摘する。

注意しておかなくてはいけないのは、中国側は「高市政権が台湾政策の基本を変えた」とみなしている可能性が高いことだ。日本政府は、日本の対中基本政策および台湾政策は変わらないと繰り返し丁寧に説明し、中国側を納得させる必要がある。安倍元総理は、中国に対して時には厳しい発言も行ったが、中国の一帯一路を支持した。「『自由で開かれたインド太平洋』と一帯一路を結び付けませんか」とまで発言した。中国を支持すべきという時には大胆に支持するという姿勢もとっていた。さらに、二階元幹事長のように、非政府のチャンネルもあった。今、そういったチャンネルを担える人物が日本側にも中国側にもおらず、ここを再構築していくのが喫緊の課題だ。 
何もしなければ、今回の摩擦は相当長引く可能性もある。だからこそ、政治の非公式なチャンネルを速やかに作り、そこでの意思疎通を強めると同時に、外務省の局長同士もより頻繁に会うなど地道な外交努力を重ねていくことが必要だ。日本にとって、中国の存在がますます大きくなっている。10数年前とは状況が変わっている。そういう客観情勢の中で、日本政府は日本の平和と安全、そして国民の幸せを守っていかなくてはいけない。それが日本の大政策であり、その中に対中政策も位置付け、国民の利益を守るために何をしたらいいのか考え、全面的に進めていただきたい。

(「BS朝日 日曜スクープ」2025年11月23日放送より)

<出演者プロフィール>

宮本雄二(元駐中国特命全権大使。宮本アジア研究所代表。公益財団法人日中友好会館会長。著書に「2035年の中国」(新潮新書)など。外務省中国課長、駐ミャンマー大使など要職を歴任)

久江雅彦(共同通信社特別編集委員、杏林大学客員教授。永田町の情報源を駆使した取材・分析に定評。新著に『証言 小選挙区制は日本をどう変えたか』(岩波新書))

杉田弘毅(ジャーナリスト。21年度「日本記者クラブ賞」。明治大学特任教授。共同通信でワシントン支局長、論説委員長などを歴任。著書に「ポスト・グローバル時代の地政学」(新潮選書)など)

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