今年、ノーベル平和賞を受賞したベネズエラの野党指導者、マリア・コリナ・マチャド氏(58)。授賞式には間に合わなかったものの、無事、ノルウェーに到着しました。
本国では、独裁政権にとっての仇敵であり、海外渡航禁止令が出されています。どうやってオスロにたどり着いたのでしょうか。
ウォール・ストリート・ジャーナルが、命がけの脱出の行程を、かなり詳細に報じています。
まず目指したのは、ベネズエラの北側、カリブ海に浮かぶオランダ領・キュラソー島。1年間潜伏していたカラカス郊外から、脱出を支援する2人とともに、10時間かけて海岸へ。マチャド氏は、かつらで変装し、10カ所の軍の検問を捕まることなく、通り抜けたそうです。
「彼女と2人の仲間は、強風と荒波で出発が遅れるなか、午前5時に木製の漁船に乗り込んだ」
そこから10時間に渡ったというキュラソー島への船旅。8時間経過したところで、アメリカ軍の戦闘機2機が、ベネズエラ湾に侵入し、ベネズエラ領空すぐ近くで旋回飛行を繰り返す、陽動のような動きを見せていました。
そこから1時間余りで、マチャド氏の船がキュラソー島に到着します。
ウォール・ストリート・ジャーナルによりますと、この脱出は、マドゥロ政権内部の協力者と、アメリカ政府が連携したうえで行われたとみられます。
「2カ月前から脱出の準備をしてきた仲間が、アメリカ軍に連絡し、過去3か月で、20隻以上の船が受けたような空爆を避けるよう要請した」
トランプ政権が、麻薬密輸船だとして続けてきたベネズエラ船舶への空爆。マチャド氏の船が標的にならないよう、特定の場所から出発する調整も行われたそうです。
キュラソーでは、トランプ政権が派遣した民間業者が、マチャド氏を出迎えたといいます。そこに、マイアミからプライベートジェットが駆け付け、アメリカ東部のメーン州へ。ただ、このとき、すでに授賞式に間に合わせるのは、絶望的な時間。そこで、電話インタビューが行われました。
「(Q.マリア・コリナさん?)そうです。(Q.あなたが無事でよかった)私もです。ここだけの話ですが、私がオスロ行きのために、たくさんの人が命懸けで頑張ってくれたおかげです」
電話を終えると、アメリカを出発します。
授賞式には、マチャド氏の代理として、娘のアナさんが出席しました。
そして、現地時間11日午前2時半ごろ、マチャド氏が、深夜に集まった大勢の支持者の前に姿を現しました。
今年1月以降、マドゥロ政権から身を隠してきました。公の場は、11カ月ぶりです。
夜が明けてから、改めて、会見を行いました。
「(Q.マドゥロ政権は、潜伏場所を把握していた思いますか)知られていないと思います。さもなければ、あらゆる手段で、渡航を阻止しようとしたでしょう。命を賭して、協力してくれたすべての人たちに感謝したい。いつか話せる日が来ると思いますが、いまは、危険にさらしたくありません。ベネズエラの様子をみれば、世界に伝わるでしょう。平和には、民主主義が必要だと。民主主義があってこそ、平和な社会が可能になります。自由無くして、民主主義はあり得ません。自由とは、個人による合理的な意思決定です。ベネズエラを希望の光に、民主主義の場に変えます」
マチャド氏は、20年以上に渡ってマドゥロ大統領ら、独裁政権と戦ってきました。強権的な体制下で、民主化運動を主導し、国民に自由な選挙と権利を取り戻す活動が“類まれな勇気”として称賛されたことが、平和賞の受賞理由です。
ただ、マチャド氏の受賞には、批判の声も少なくありません。
マチャド氏は、ベネズエラ船を何隻も攻撃し、80人以上の乗組員を殺害しているトランプ大統領を称賛しているからです。
「麻薬を資金源とする犯罪テロ組織に対する、トランプ大統領の戦略は絶対的に正しい。マドゥロが始めたこの戦争を、トランプ大統領は終わらせようとしている」
「マチャド氏への受賞は、ノーベル平和賞と、その目的について疑問を投げかけている。軍事介入を積極的に求める政治家が、ノーベル平和賞を受賞できるのなら、この賞は、何のためにあるのだろうか」
「ノーベル賞が、軍事介入の正当化に利用されている。今年のノーベル賞受賞者は、カリブ海で見られる介入や、攻撃から距離を置いていない。これは明らかにアルフレッド・ノーベルの遺志に反する」
さらに、このタイミングで、アメリカは、ベネズエラの石油タンカーをだ捕し、その映像を公開しています。トランプ政権の圧力の強まりとともに、両国の緊張が、いっそう増しているのが、最近のベネズエラ情勢です。
「(Q.きのうアメリカは、ベネズエラのタンカーをだ捕したが、ベネズエラへのアメリカの軍事介入を歓迎するか)ベネズエラは、すでに侵略されています。コロンビアのゲリラや、麻薬カルテルが、人口の60%を占め、麻薬取引だけでなく、人身売買や売春ネットワークにも関与しています。政権を支えたのは、非常に資金力ある強力な弾圧体制です。その資金はどこから来るのか?麻薬の密売、石油の闇市場、武器の密売、人身売買だ。その流れを断ち切る必要があります」
◆マチャド氏のオスロ入りは、ベネズエラの人にどのように受け止められているのでしょうか。
もともとベネズエラ国内に拠点があったものの、現在は、スペインに拠点を移した反政府系メディアは「マチャド氏のオスロ到着は、国内外の何百万人ものベネズエラ人の“抵抗のシンボル”だ」と称賛。一方、マドゥロ政権寄りのメディアは「マチャド氏は、トランプ大統領の軍拡を支持し、マドゥロ政権転覆のための武力行使すら支持すると公言している」と批判しています。
アメリカのメディアでは、マチャド氏は、船でベネズエラを出国して、キュラソー島に向かい、その後は空路でアメリカを経由して、ノルウェーのオスロに到着したと報じられています。マチャド氏の脱出にアメリカが政治的に関わっているとも報じられていますが、それが事実だとすると、トランプ政権の狙いは、どこにあるのでしょうか。
◆アメリカ外交に詳しい上智大学の前嶋和弘教授に聞きました。
前嶋さんは「トランプ大統領は、カリブ海沿岸の“反米政権”の筆頭であるマドゥロ政権に否定的で、近年でもっとも強い軍事的圧力をかけている。マドゥロ政権に対抗しているマチャド氏は、トランプ大統領にとって、互いの利益が一致する“良きパートナー”。 マドゥロ政権を倒し、その後釜にマチャド氏を据えて、親米政権を樹立させたいという思惑があるのでは」とみています。ただ「『ベネズエラの“麻薬密輸船を”爆撃した』とするトランプ大統領に対しては、アメリカ国内では、批判の声もある。トランプ大統領は、マチャド氏を手助けすることで、世論を味方につけ、自らの行動を正当化しようとしているのではないか」といいます。











