距離にしてわずか140キロ。東京と静岡ほどしか離れていないアメリカとキューバの間で、緊張が高まっています。社会主義体制の転換を視野に、元国家元首ラウル・カストロ氏を起訴したトランプ政権。空母『ニミッツ』をカリブ海に展開し、キューバへの圧力を強めています。なぜ政権の崩壊を狙うのか。歴史をひも解くと、そこには深い溝がありました。
トランプ氏「決着つけるのは私」
トランプ大統領の別荘もあるフロリダ州。
「旗が掲げられ、音楽や歌声も響き渡っています。リトルハバナでは、亡命キューバ人が歓喜しています」
祝っているのは、キューバの最高指導者だったラウル・カストロ元議長の起訴に関してです。
「トランプ大統領には今すぐ軍事介入をお願いしたい」
キューバ侵攻はあるのか。トランプ政権が狙うのはレジームチェンジ、体制転換に他なりません。
「歴代の大統領は、この問題に50年、60年も取り組んできたが、決着をつけるのは私のようだ。喜んで決着させる」
先日、CIA長官がハバナを訪れた際、伝えたのは…。
「キューバには根本的な変化が必要だ。トランプ大統領の姿勢を真剣に受け止めるべきだ」
キューバ移民の息子、ルビオ国務長官は平和解決に懐疑的です。
「平和的な合意の可能性は高くない。考えを改めるなら歓迎するが、それまでは必要な対応を取る。安全保障上の脅威については、我々に関わる問題ゆえ対処する」
空母のニミッツ打撃群のカリブ海派遣。海上封鎖によるキューバへの石油輸送阻止。そしてラウル・カストロ元議長の起訴。なぜそこまでキューバにこだわるのでしょうか。
従順な「裏庭」から敵対国に
フロリダ半島からわずか140キロの所に位置し“アメリカの裏庭”とも表現されるキューバ。かつてはアメリカの保護国だった時代もあり、強い影響下にありました。多くのアメリカ企業が進出し、カジノやナイトクラブもある人気の観光地でもありました。特にバティスタ将軍による親米独裁国家の時は…。
「粉雪のように柔らかい白浜は、洗練された国際都市文化が交わる場所。熱帯の地で、熱いラテンのリズムが人々の心と体を躍らせます」
その一方で貧富の差は広がり、起きたのが民衆蜂起。キューバ革命です。今でも世界中で反逆や自由のシンボルでるチェ・ゲバラに、革命を主導したフィデル・カストロ。
「この勝利した民衆を前に今後、革命の敵となり得るのは誰か」
今回起訴されたラウル・カストロ元議長は一緒に革命を戦った弟になります。革命後のキューバはアメリカ企業や資本家の財産を接収し、社会主義国へとなりました。
「国境が封鎖されるかもしれない。そんな中、脱出を図ります。ハリケーンが迫ろうとも、自由を求める小舟は止まりません」
アメリカにあるキューバ人コミュニティーは、この時に亡命した旧政権の関係者や富裕層を中心に作られました。現体制を憎むのはここが始まりです。
一方のアメリカ。ソ連崩壊後も反米のベネズエラと組んだり、ロシア中国と接近するキューバが面白くありません。根底にある“自分たちの所有物”という意識が関係していると言われています。
「何らかの形でキューバを掌握することになる。解放でも収奪でも好きにできる」
「まるで100年前」苦しい市民生活
トランプ政権による石油禁輸措置。1日のうち20時間以上が停電となり、市民生活はより悲惨の度合いが増しています。
「キューバの深刻なエネルギー不足がさらに悪化しそうです。停電が長引くにつれ、料理や通学や通勤といった日常生活が制限され、難しくなっています」
キューバで14年間取材を続けてきたCNNの特派員が今、思うことは。
(Q.現地のエネルギー危機の様子は)
「インフラが頼りなく、100年前の生活のようです。人々の願いは“普通の生活”ですが、今のキューバはそうとは言えず、多くが“当たり前の日常”を知らずに暮らしているのです。国民が平和に暮らせて、社会の仕組みが機能して、政府が水・電力・治安といった不可欠なインフラを提供できる日常です」
これまでもアメリカは意に沿わない指導者を国内法で起訴し、それを理由に軍事行動をしてきました。
(Q.トランプ政権はベネズエラやイランに武力で体制転換を迫りましたが、キューバに対しても同じようにする可能性は)
「軍を擁するキューバが、ラウル氏の身柄拘束を許すかは疑問です。『ラウル氏のためなら命を捨てる』という声が根強く、キューバ政府は侵攻に備え、国民に準備を呼び掛けています」
安寧の日々は戻ってくるのでしょうか。
「トランプ政権は交渉というよりも、一方的に要求を突きつけ、応じなければ国の経済をさらに悪化させると脅しています。『キューバに圧力をかけて動かせば、アメリカの安全を守れる』と信じているのです」
元大使に聞く キューバ情勢
2015年から3年間、キューバ大使を務めた渡邉優さんに、キューバの実情と今後の行方について聞きます。
(Q.そもそもキューバはどんな国ですか)
「まず第1の特色ですが、徹底した社会主義国と言えると思います。1959年に革命がありました。その後、いわゆる中国、ベトナムでやっているような社会主義市場経済ではなくて、徹底した計画経済。1次産業、あるいは観光が主要産業ですが、そういうところは全て国有・国営です。その経済体制のせいもあり、そしてアメリカの制裁もあって、経済の状況は昔からかなり厳しいです。今では、特にトランプ政権になってからの制裁強化もあって、足元の状況は一層悪化していると思います。非常に異例なことですが、抗議活動も最近見られています。と申し上げた上で、実は一般のキューバの人はアメリカのこと大好きです。メジャーリーグの野球の試合を見るのが楽しみ。随分の方が移民しますが、その移民の行き先は圧倒的にアメリカです。そういう2面性を持った国です」
アメリカとの対立の歴史が長いキューバは様々な変遷を辿ってきました。キューバ危機以来、断絶していた国交を、2015年、オバマ政権で回復されました。そして経済制裁も緩和されます。しかし、2017年、トランプ政権がオバマ政権の政策を否定し、厳しい経済制裁を発動するなど、再び関係が悪化します。
さらに、トランプ政権2期目となると経済圧力が強化され、トランプ大統領は「“ならず者”国家は容認しない」と発言。そして、ラウル・カストロ元議長らの起訴を発表しました。これに加えて、空母打撃群をキューバの近くに派遣しました。
(Q.アメリカから見たキューバは、どういう存在ですか)
「アメリカにとってキューバは、非常に親密な保護国と言ってもいいような国でしたが、革命以来、特に冷戦の中でソ連の傀儡(かいらい)とも言える社会主義政権になってしまった。そういうわけで、非常に反米、中南米諸国の筆頭だったような国ですね。ベネズエラ、ニカラグアと共に、よく“反米3兄弟”と呼ばれていました。また、キューバは、メキシコ湾の出口にある非常に戦略的な要衝の地にあります。そのキューバに、例えば中国が通信傍受基地を4つも持っているといったような情報もあります。これはアメリカにとって放置しておけないような国だと言うことができると思います」
(Q.トランプ政権は2期目に入ってから、さらにキューバへの向き合い方を厳しくしていますね)
「アメリカはトランプ政権発足以降、中南米に対して非常に積極的な、悪く言えばちょっと乱暴な政策を打ち出してきました。それが一番よく書いてあるのが、去年の12月に打ち出された国家安全保障戦略。ここでは西半球を重視する、最重要であると。そんな中で、いわゆる“ドンロー主義”を打ち出した。西半球においては、アメリカが主導的な役割を果たすのだと。域外の国、実際には中国、ロシアを念頭に置いて、そういった国の影響力を排除するんだと。もう1つの理由は、中間選挙、あるいは大統領選挙を考えてのことです。アメリカにはキューバ系の移民が非常に多くいます。ルビオ国務長官もそうです。彼らにとっては、革命で親、おじいさんたちが国を追い出された。今のキューバの体制は彼らにとって、いわば親の敵だと。打倒社会主義という思いを非常に強く思っている。そういう有権者の存在というのは、アメリカの政府としても無視できない存在だと言うことができると思います」
(Q.一方で、関係が比較的良い時期もありました。渡邉さんはオバマ政権から第1次トランプ政権への移行の時に、まさに現地にいましたが、その変化はどうでしたか)
「大変な変化でしたね。オバマ政権以前は、アメリカの歴代政権は基本的にキューバに対して非常に強い、厳しい政策でした。ところがキューバは変わらない。これはいかんということで、オバマ政権はいわば北風政策から太陽政策に転換をした。それで、国交回復などをやったわけです。それが2016年の選挙で勝って、2017年にトランプ政権が誕生して、また北風に戻ってしまったわけです。そこで元の黙阿弥です。キューバの人たちにとってみれば、アメリカとの関係が良くなったことで経済が開放されるのではないか、外資がどんどん入ってきて豊かになるのではないかと思いきや、残念ながらそういうチャンスは逃げていってしまったという状況だと」
キューバ情勢の今後を考える上で一つ欠かせないのが、キューバに近い反米政権が続いてきたベネズエラをめぐる動きです。
2017年、アメリカによる経済制裁が始まりました。そして去年の11月、カリブ海に空母打撃群を派遣。そして今年1月3日未明、電撃的な軍事作戦でマドゥロ大統領を拘束。そしてその後、キューバのベネズエラ産の石油の供給を遮断しました。
(Q.トランプ政権からすれば、ベネズエラの再来を狙っているようにも見えますが、その思惑通りにいきますか)
「まずベネズエラのようなことをする前に、今アメリカはいわば兵糧攻めをしているわけです。石油もストップさせている。兵糧攻めの結果、自然に体制が崩壊するか。それは多分ないと思います。やはり確固たる政権、60年以上も続けてきた政権ですし、民衆の方も非常に弾圧が続いていたおかげで、組織がない、金がない、武器もない。それではベネズエラで行ったような作戦をキューバでもするのか。これもかなり技術的にも作戦上もハードルが高いと思います。ベネズエラのように副大統領をしてきた人が後継者と協力者となったわけですが、今のキューバのような確固たる体制の下で、そういう適切な協力者を見つけるのは大変難しいと思います。では、もっと大規模な軍事侵攻、陸上侵攻があるのかというと、これはまさにトランプ大統領が『それは避けたい』と今まで言ってきたことで、それも難しいのかなと。結論を申し上げますと、ベネズエラのような作戦は相当ハードルが高い、難しいのではないかというのが私の見立てです」
(Q.しかし、なかなか読み切れないのがトランプ大統領です。トランプ次第というとこでしょうか)
「アメリカもキューバも今、軍事的な衝突に至らずに、トランプ大統領の言うディールを目指しています。1月にベネズエラでああいうことが起こって以降、キューバの政権も大変なショックを感じているはずです。そこでディールに至る道があるのかなと、私は一時思いましたが、最近は非常に気になる動きがあります。空母打撃群の派遣、そしてラウル・カストロ元議長の起訴です。ラウル・カストロ元議長は今、現役を退いてはいますが、やはりキューバの政権の幹部たちにとっては革命の英雄です。その人が起訴された。これはキューバの指導部にとっては名誉に関わる問題です。こんな中で、アメリカの要求には譲歩しにくくなったというのが客観的な分析だと思います。そんな中でどうするかというと、色んな要素はあると思いますが、1つはイランです。イランが泥沼になるようなことがあったら、いかにトランプ大統領とはいえ、他には手を出しにくいでしょう。もう1つ、アメリカの国内の状況をトランプ大統領がどう読むか。株価であり、物価であり、あるいは支持率。そして最後に、ラウル・カストロ元議長が起訴された中で、軍事的圧力が高まる中で、キューバがどこまで冷静に判断をして決断をすることができるのか。これは大きなクエスチョンマークです」
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