ロシアのプーチン大統領が13日、北方領土の択捉島を初めて訪問し、水産加工施設や病院、学校などを視察したほか、現地島民と交流を行った。日本からすると領土問題に直結する行動であり、高市早苗総理は「北方領土は、歴史的にも国際法上も、わが国固有の領土。日本国民の感情を傷つけるものであり、断じて許容できない」と強く抗議した。ウクライナ侵攻の長期化で日ロ関係が冷え込む中、なぜプーチン大統領はこのタイミングで訪問を強行したのか。その政治的狙いとロシア側が北方領土を手放せない軍事的な理由、そして今後の領土問題の行方について、『ABEMA Prime』では専門家が解説した。
■高市政権への「失望」か 極東地域に向けたアピール

この時期にプーチン大統領が北方領土を訪問した背景について、慶應義塾大学教授で国際政治学者の廣瀬陽子氏は、日本の現政権に対するロシア側の見方の変化を指摘する。
「昨年の秋に高市政権が成立したが、プーチン政権は高市政権に若干の期待を持っていたと言われている。高市総理が誕生する時に『自分は安倍総理の後継者である』と広く言っていた。安倍総理は在任中27回もプーチン大統領に会い、一番接近した人物。ロシア側は『安倍外交の再来』があるのではないかと感じていた」。
しかし、「2022年にウクライナ侵攻が始まってから、日本はロシアに最大限の制裁をかけている。その制裁の存在が、ロシアにとって日本と外交を行う上で一番のネックになっている。そこが全く動かないということに、かなりの失望や焦燥感を持っている」と、日本が対ロ制裁を継続していることが今回の訪問の背景にあるとの見方を示した。
さらに、もう一つの理由としてロシア国内、特に極東地域に向けた政治的アピールがあると語る。「ロシアでは5月9日が対独戦勝記念日だが、9月3日が対日戦勝記念日。ちょうどこの頃に北方領土やサハリンなどにソ連兵が侵攻したという歴史がある。本土の人は北方領土に関心はないが、極東の人にとっては、戦勝記念日を前にプーチン大統領が来ることは非常に大きなイベントだ。彼らのムードを盛り上げるという意味合いもあったのではないか」と分析した。
■ロシアが手放せない理由、「国後水道」という軍事の要衝

日本側が返還を求め続ける一方で、ロシア側が実効支配を強める理由について、廣瀬氏は経済的メリット以上に、軍事・安全保障上の絶対的な価値があることを強調する。
「(北方領土近海は)世界最大級の漁場であり、経済的メリットもあるが、ロシアにとって直接的に一番重要なのは、大きな島である択捉島と国後島です。冷戦が終わった今となっても、ロシアにとってアメリカは一番重要な仮想敵国。アメリカと対峙するために太平洋に出るということが非常に重要だが、ロシアの戦艦や潜水艦が通れる場所があの辺りにはない。非常に水深が浅く、唯一通れるところが『国後水道』という択捉島と国後島の間のみだ」と、地理的条件の特殊性を説明した。
その上で、「潜水艦が通れるところを維持できないと、対米戦略がきちんと維持できない。軍事的な意味合いからも、ロシアは少なくとも択捉島と国後島は絶対に渡せない」と、ロシア側の譲れない安全保障上の事情を指摘した。
また、他の出演者からは日本国内における歴史認識の風化についても議論が及んだ。政治学者の岩田温氏は、「ソ連が一方的に攻めてきたというのは、日ソ中立条約を無視した明確な国際法違反。日本とロシアの関係に関して言うならば、一方的に日本が被害を受けた。ここを我々は忘れてはならない」と、歴史的経緯の重要性を訴えた。
一方、北海道出身のEXIT・兼近大樹は、「僕が子どもの頃、地図を書くときに『絶対に北方領土も入れろ』と教わった。しかし、世代が下がるにつれて関心も薄れ、当たり前のように『ロシアが占拠しているからあそこはそういうものだ』と思いながら生きている若い人もたくさんいる」と危惧し、「前提となる知識がお互いの国民同士で共有されていないため、事実を誰も知らないままになっている」と、世代間での認識のズレに言及した。
■現実的な落としどころは?国力変化を見極める柔軟な姿勢

元島民の平均年齢が89歳を超え、時間的猶予がなくなる中で、停滞する日ロ交渉に現実的な落としどころはあるのか。今後の日本の外交姿勢について、廣瀬氏は次のように提言する。
「これまでプーチン大統領の対日政策は、メドベージェフ氏に『汚れ役』をやらせるところがあったが、あえて今回自分が訪問したというのは大きな転機になり得る。他方で、今ロシアはウクライナ問題でかなり厳しい局面にあるのも事実」と現状を整理した。
その上で、過去に存在した「好機」を例に挙げた。「1994年に北海道東方沖地震があり、北方領土が震源で壊滅的な影響を受けた。当時のロシアには復興の資金がなく、エリツィン大統領は復興という名目で島民を全員本土に移し、一旦島を空っぽにした経緯がある。そういう歴史を考えると、やはり『弱いロシア』というのは狙い目かなという感じもする」と語った。
最後に廣瀬氏は、「ウクライナ侵略への反対など対ロ原則は貫きつつ、厳しい態度を維持しながらも、国情の変化に合わせて柔軟に動くということも大事」と結んだ。 (『ABEMA Prime』より)