ネパールと中国の国境地帯で発生した大規模な土石流は、1200人以上が死亡し、5000人以上が行方不明となる甚大な被害をもたらした(9月4日時点)。ネパールの外相はこの災害について「地球規模の気候変動の結果だ」と指摘し、温室効果ガスの排出量が多い中国・アメリカ・インドを名指しして「歴史的責任がある」として補償を求めた。その後外相は「中国を含む特定の国から個別に補償を求める意図はない」と釈明したが、排出大国への問題提起として国際的な注目を集めた。
こうした動きの背景には、2025年7月に国際司法裁判所(ICJ)が出した勧告的意見がある。ICJは「国家は条約だけでなく慣習国際法上も気候変動に対する義務を負う。義務違反には国家責任が発生し、現状回復または損害賠償が課される可能性がある」と結論付けた。
日本でも気候変動対策の不十分さを問う訴訟が提起されており、世界全体では3000件を超える気候変動訴訟が起こされている。『ABEMA Prime』では、気候変動による災害の責任をいかに問えるのかについて考えた。
■賠償請求には「かなり高いハードル」

国際環境法を専門とする立命館大学の西村智朗教授は、ICJの勧告的意見の意義を認めつつも、実際に損害賠償を追求することの難しさを指摘する。「最も大きなハードルは、責任の配分だ。気候変動は過去200年以上にわたる温室効果ガスの累積によって生じている。中国・アメリカ・インドだけでなく、日本やヨーロッパ、ロシアもかなりの量を排出してきた。どの国にどれだけ責任を取らせるのかを整理しなければいけない」と述べた。
加えて、個別の災害について「ネパールの氷河崩落が中国やアメリカの排出した温室効果ガスによるものだということを、裁判官が納得できる形で立証しないといけない。これはかなりハードルが高い」と分析する。また、国家間の紛争解決には被害国と加害国の合意が必要であり、「現時点でネパールの主張を受理できる国際裁判所は見当たらない」とも指摘した。
リディラバ代表の安部敏樹氏も「因果関係の証明が非常に難しい」と同調しつつ、「“カーボンクレジット”や“排出権取引”など、排出削減を促す予防的な仕組みは少しずつ一般化してきているが、起きてしまったことへの法的措置という論点はかなり置いてきぼりになっている」と見解を述べた。
■日本で初めて「国」を訴えた気候変動訴訟

一方、日本国内では“気候正義訴訟”の弁護団を率いる島昭宏弁護士が、国の気候変動対策が不十分だとして、国に損害賠償を求める国家賠償請求訴訟を手がけている。国に対して気候変動対策の法的責任を問う訴訟は、日本で初めてだという。国内ではこれまで、個別の石炭火力発電所をめぐる訴訟などが提起されており、今回が国内6件目の気候変動訴訟として整理されている。
島弁護士は「国の気候変動対策が不十分なため、すでに国民の人権が侵害されている」と主張する。熱中症による救急搬送者や死者数の増加は生命・健康に関わる権利の侵害に、猛暑で第一次産業や屋外労働の仕事が予定通り進まないことは営業権の侵害にあたると説明。また、エアコンを24時間稼働させるための費用など、暑さによって生じる経済的負担は財産権の侵害、子どもたちが外で遊べない、プールにも入れない状況を成長発達権の侵害だと訴えた。
原告は二次提訴の時点で900人に達しているが、一人あたりの損害賠償請求額は1000円にとどまる。「お金が目的ではない。国がやっていることが違法だ、権利侵害だという裁判所の判断を引き出し、それによって国の背中を押すことがこの裁判の目的だ」と島弁護士は言う。
具体的には、政府の削減計画がIPCCやパリ協定の水準に達していないこと、CO2排出基準を定めた法律が存在しないことの2点を違法性の柱として争っている。「違法性が認められれば、行政計画が変わり、国会が法律を作るということにつながっていく」と島弁護士は説明した。
■「個人の節電より、国の政策を変えること」日本人の意識の低さも課題

この日MCを務めた『午前0時のプリンセス』のmomohahaが「国民が個人でできることはあるか」と問うと、島弁護士は「国民の生活から直接排出される温室効果ガスは全体の5%に満たない。石炭火力発電所をLNGに変えるだけで半分になり、再生可能エネルギーにすればゼロに近づく。そういった大きな変化は国が政策としてやらない限り変わらない。だから国に呼びかけていくことが重要だ」と述べた。
同じく『午前0時のプリンセス』のJESSICAが「なぜすぐにできないのか」と問うと、島弁護士は「企業は目の前の利益を追求する。国が基準を作らない限り、事業者は止められない」と答えた。安部氏は「日本が厳しいルールを設けても、中国など他国がそのルールを持たずに参入してくると、日本の産業が負けてしまうというロジックが民間側から出てくる」と課題を提示した。
ライターのヨッピー氏は「日本人の意識はすごく低い。ヒマラヤの氷河が溶けているのを見て、これはもう人類滅亡のフェーズに入っているんじゃないかと正直思った。こんなにも『今そこにある生命の危機』なのに、それを結びつけて報道するところも少ないし、日本人はのんきにしすぎている気がする」と所感を述べる。
これに対し島弁護士は「中国は日本よりはるかに先のことを考えている。再生可能エネルギーの導入量は日本の何十倍にも上る。日本はどうしても目の前のことばかり考え、気候変動が選挙の争点にならない。20年後・30年後にどういう社会を作るかを議論しなければいけない。それがこの裁判の目的でもある」と語った。
西村教授も「気候変動問題が国政選挙の争点になりにくいという事実がある。今後は国民の側から政府を動かしていくことが必要だ」と提言。島弁護士は最後に「気候正義訴訟は誰もが原告になれる。裁判官や国の背中を押すためにやっている。ぜひ原告になったり、傍聴に来たりしてほしい」と呼びかけた。
(『ABEMA Prime』より)