アメリカの同時多発テロから11日で25年。これまで公にされてこなかった映像が公開されました。
崩壊後の地上 色を失った世界
記録は、1時間以上にわたって続いていました。
2機目がビルに突入。その後の人々の様子が、克明に刻まれています。
「Oh my God」その言葉と共に、撮影者が粉じんの渦にのみ込まれました。
一瞬で、色を失った世界。
エドワード・スフェラッザさん(54)は、あの日、空調設備の仕事で、世界貿易センタービルの近くにいました。
「カメラは、家族との思い出も残したくて買いました。試し撮りをするために、たまたま持っていたんです」
スフェラッザさんは、自分の車にたどり着くと、別の見知らぬ2人が先に逃げ込んでいました。
「気にしないで」
「乗せてもらって助かった、命拾いしたよ」
「よし、行くぞ」
ビルへの突入から約1時間半。ラジオが「テロの可能性」を指摘し始めるなかで、現場を離れました。
時刻は午前10時半ごろ。数メートル先の人影さえも、霞んでいます。
「視界も悪く、息苦しいうえ、粉じんまみれで、首にはガラス片が刺さっていました。妻のもとへ帰れたことだけが救いでした」
“嘘にAI”事実の否定に危機感
なぜ、映像は24年もの間、“封印”されていたのか。
その答えも、映像の中にありました。
「みんなここから離れて」
「『見ちゃだめだ』と叫びながら、必死で走りました。人が地面に叩きつけられる生々しい音がしたのです。あの光景は言葉に出来ない」
救助に向かう人々と逆方向に逃げた自分を責め続けました。PTSDと診断され、いまだに映像のすべてを見返せていません。それでも公開を決めたのは、事実を否定するようになってきた現代社会への強い危機感です。
「ネットで関連動画が次々と表示されるなかで、9.11そのものを疑う人が出てきた。嘘とかAIとか言われるのは許せない。匂いがしたし、味もした。痛みや熱さも覚えている。あんなひどい経験は誰にもしてほしくない。大切なのは、歴史を学び、繰り返さないこと。真実に目を向けることです」
“新たな戦争”に危機感
事件後、アメリカは「テロとの戦い」を掲げ、アフガニスタンやイラクに侵攻。20年に渡って泥沼の戦争を続けたにもかかわらず、今年、イランへの大規模攻撃に踏み切りました。
危機感は、事件の遺族にも広がっています。
エリザベス・ミラーさん(31)が6歳のとき、消防士だった父は、救助のために燃え盛るビルへと入り、亡くなりました。
「対テロ戦争に突入しても、何も役に立たなかった。アフガニスタンで起きたこと、撤退を見てください。そして、いま、イランで私たちが何をしているか?暴力の連鎖を繰り返し、何も生み出していません。平和は訪れないし、国の成長もありません。だから、まだ9.11から学ぶべきことはたくさんあるのです」
これ以上、自分のように、最愛の父を失う子どもを増やさないでほしいと、11歳のときに、当時のブッシュ大統領に手紙で訴えました。
「私たちの軍隊が無駄な戦いをしていることにうんざりしています。アメリカは良い国、平和な国であるべきなのに、そうではありません。父が生きていれば、きっと私に同意してくれるはずです」
事件から25年が過ぎ、アメリカの人口の約4割が、当時、生まれていなかったか、もしくは、幼過ぎて事件を記憶していない世代となりました。
国民の“実体験”だった9.11が、学校で教わる“歴史”へと変わりつつあります。
ミラーさんは、もうすぐ父の年齢に追いつきます。
「9.11は、私の人生に大きな影響を与えましたが、毎朝、思い出す必要はありません。ただ、事件のあった日には、何が起きたのか、失われた命や影響を受けた遺族のことを思い出してほしい」












