2001年9月11日に起きたアメリカの同時多発テロ事件から25年。旅客機が激突したニューヨークのビルの跡地では、追悼セレモニーが行われました。「真実から目をそらしてはいけない」強い思いに駆られた1人の男性がこれまで公にしてこなかった当時の映像を公開しました。
崩壊時刻 歴代大統領ら黙とう
日本人24人を含む、死者2977人。ニューヨークでは、航空機の突入やビル崩壊の時刻に合わせて黙とうをささげ、遺族が犠牲者の名前を読み上げました。
追悼式には、当時の大統領、ブッシュ氏やバイデン前大統領。オバマ氏やクリントン氏など、歴代大統領4人が参列。トランプ大統領はヘグセス国防長官と共に、ペンタゴンで開かれた式典に出席し、演説しました。
発生時の一部始終
あれから25年。テレビ朝日は、当時現場で一部始終を撮影していた男性を直撃。25年越しの思いを聞きました。
同時多発テロが起きた時、カメラを使って撮影していたのは、空調技師としてすぐ近くで仕事をしていたエドワード・スフェラッザさん(54)です。
実は撮影した映像は、一度も見ることなく、去年まで封印していました。
「家族との思い出を残すためだったんですけどね。あの日は試し撮りをするために、たまたまカメラを持っていたんです」
撮影時間は約1時間。カメラは現場の真下で一部始終を収めていました。
2001年9月11日午前8時46分。テロ組織にハイジャックされた1機目の旅客機が、ニューヨークのワールドトレードセンターに激突。この直後から、スフェラッザさんはカメラを回し始めました。
その時撮影した映像から、ビルのすぐ下にいたことが分かります。この時点ではまだ緊急車両のサイレンの音は聞こえません。
「外に出ると、紙くずが舞い散って、見上げたビルの側面には大きな穴が開いていました」
煙の隙間から、徐々に赤い炎が見えてきます。
「まだ大勢が中にいるのに…」
「みんなここから離れて、さあ早く」
ようやく現場に到着したのか、緊急車両のサイレンが聞こえます。スフェラッザさんはカメラを録画したまま、現場から移動を始めます。
何が起きたかわからず、その場にとどまっていた人たちも動き出しました。
2機目が激突
そして2機目が激突。それは、ニュースの生放送中に起きました。
「穴の深さは6〜7階分ほどあると思います。ちょっと待ってください、ちょっと待って」
キャスター
「今また中で爆発が起きています」
現場
「たった今爆発がありました。ちょっと待ってください、人々が走っています。ちょっと待ってください」
「ブロードウェーの交差点の所で2機目が激突しました」
「テーマパークにある炎の演出のような、猛烈な熱気を感じましたし、爆音というより、戦闘機やミサイルのような音も聞こえました」
止めておいた車に戻ったスフェラッザさんは、ラジオのニュースで、何が起きているのかを知りました。
車を降りて、再び撮影を続けるスフェラッザさん。通りかかった男性に声をかけられます。
「報道ではなんと?」
スフェラッザさん
「飛行機が2機突っ込んだって。2機目を見たよ」
男性
「まじか?狙ってやったのか…」
スフェラッザさん
「ハイジャックされたらしい」
男性
「その時71階にいたんだよ」
スフェラッザさん
「え?あのビルの?」
男性
「ああ、やばかった。71階で降りたとたんビルが揺れてさぁ」
スフェラッザさん
「よかったなぁ。どのビル?」
男性
「衝突したタワーだ。最初に爆発したビルにいたんだ。2機ともハイジャックされたのか?」
スフェラッザさん
「ボストン便だって」
男性
「ビルには戻れそうにないな」
ビル崩壊 一面真っ白に
撮影を続けていた、その時でした。ビルが崩れ落ち、辺りが灰に飲み込まれます。
カメラに映るのは灰で一面真っ白な街。視界が奪われる中、聞こえるのは、誰かの咳と叫び声です。
「ビルを見つめていると、突然角がゆがんでゆっくりと崩れ落ちてきました。すぐ下にいた私は大柄で足も遅いので、急いで逃げました。ビルが崩れ始め、地響きのような轟音(ごうおん)が響きました」
ゆっくりと、足元を確認しながら必死に車に向かう、スフェラッザさん。すると車の中には、粉じんから避難してきた見知らぬ男女がいました。
「大丈夫か?」
女性
「とどまるべきだったかも。職場は2ブロック先でみんな呼吸できてるみたい」
咳が止まらない2人。助手席の男性を見ると、体中に灰を浴びています。
「水があるから飲んだ方がいい。ドアをロックしなくてよかった」
男性
「車内を汚してすまない」
スフェラッザさん
「気にするな」
男性
「乗せてもらって命拾いしたよ」
灰だらけの世界を、車が進みだします。
「交通規制などどうでもよくなって、私は歩道を走りました。もうどうでもよかったんです」
「我が身かわいさに『家に帰らなきゃ』と、車を走らせました」
“封印映像”撮影者の思い
スフェラッザさんは、逃げ遅れた人を助けに現場に戻らなかった自分を許すことができず、自責の念を持ち続けてきました。
なぜ長い間封印していたこの映像を、スフェラッザさんは公開したのでしょうか。
事件から25年経ち、アメリカ同時多発テロは教科書で学ぶ歴史の1ページとなりました。
すでに、アメリカ国民の4割、およそ1億人が、9.11を直接経験していないか、まったく記憶にない世代です。
スフェラッザさんは今、世界にこう訴えます。
(2026年9月12日放送分より)










