広がる学術会議“見直し”論…防衛研究の充実狙う?[2020/10/13 20:16]

■物言えぬ時代の始まりか

「暗黒の時代だな。物言えぬ時代だ。」

自民党の幹事長も務めたある重鎮は、心配そうに遠くを見つめながらこうこぼした。
“人事で圧力をかけて言論を萎縮させるのはいかにも菅総理らしい”という見立てだった。

日本学術会議が推薦した新規会員6人の任命を、菅総理が拒否した問題。与党側の重鎮らは即座に反応し、こうあきれ返った人もいる。

「権力をどう掌握するかは学んだけれど、権力行使の仕方を知らないんだな。10億円の税金を使っているのに言うことを聞かない組織は要らない、と思う気持ちは分からなくもない。でもそうは言えないから“総合的・俯瞰的判断”と説明している。それで理解されるのかね。竹林の7賢、という言葉があるね、意見の違う人と議論する度量がない、余裕がないんだな。」

ある報道機関の世論調査で、菅政権の支持率が70%を超えるという圧倒的な期待を受ける中で起きたこの問題。
菅総理は、6人の任命拒否については「総合的・俯瞰的判断」とだけ説明し、具体的な理由は明らかにしていない。

ただ懸念の声は重鎮からしか聞こえてこず、自民党内は、日本学術会議への批判であふれた。

下村政調会長は真っ先に、組織の見直しに言及した。
「活動が見えず課題があるのではないかと我々は思っている。」


■自民党内にくすぶる日本学術会議への不満

日本学術会議は、過去、科学者が戦争に協力したことへの反省から、発足した当初から「戦争を目的とする科学の研究は絶対に行わない」旨の声明を出し、その姿勢を貫いてきた。
日本学術会議法でも、独立性がうたわれ、憲法23条に基づく「学問の自律性」を重んじている。

その根幹の意義が問われたのが2015年のこと。
安倍政権は、厳しい安全保障環境に対応できる技術力を高めるとして、新たな制度を設けた。
防衛装備庁が、将来的に武器などの防衛装備品に転用できる基礎研究を公募し、大学などへ助成金を出す「安全保障技術研究推進制度」だ。
予算をつけることで、防衛技術の研究を促した格好だ。

採用されれば、1件あたり最長3年で合計9000万円の研究費が支給されることから、国立大学の法人化以降、文科省による研究予算の減少に苦しんできた科学者からは「研究の幅を広げられる」との声が聞こえた。


■研究成果を“軍事転用”されることへの懸念

それでも、日本学術会議は2017年、改めて声明を出した。

「政府による研究への介入が著しく、問題が多い。研究成果は、時に科学者の意図を離れて軍事目的に転用され、攻撃的な目的のためにも使用されうるため、慎重な判断が求められる。大学等の各研究機関は、軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究について、技術的・倫理的に審査する制度を設けるべきである。」

こうした日本学術会議の姿勢を念頭に、ある防衛大臣経験者はこう不満をぶちまけた。

「レーダーだってミサイルだって、日本を守る上で重要な技術だ。それを研究したくても、許してくれない。結局それで、日本は技術開発で世界から遅れをとっているんだ。アメリカから高い製品を買わなければならないのは、そのせいだ。そのくせに、中国とは技術交流をしていて、中国側に機密情報が漏洩したらどうするんだ。あんな組織はそもそもいらない。自分たちだけ特権階級になってしまっている、民営化して自分たちで運営してもらえればいい」

日本学術会議側は、中国との軍事研究協力は一切していない、と断言するものの、自民党内では、なぜ防衛省主導の研究に協力しないのか、という不満と相まって、こうした声はしばしば聞かれた。


■学術会議の“在り方”が議論に…

近年、AIや通信技術などの先端技術では、民生と軍事の両方に使えるデュアルユース(軍民両用)が多く、民生と軍事の線引きは難しいといわれている。
防衛技術の向上を重視する政府側と、過去の戦争の反省から学問の自律性を重んじる日本学術会議側。6人の任命拒否問題の根底には、この課題とどう向き合うか、という根本的な問いがあるのだ。

ある自民党議員はこう余裕をのぞかせた。
「政府がこれを機に、学術会議のあり方を検討しますと言ったら、改革路線として、菅さんが点数稼ぐことになるよ。」

自民党では、日本学術会議の在り方を見直す議論が14日から始まる見通しだ。
より良い組織とはどういうものなのか…。
見直しは、防衛技術の充実をはかろうとする思惑を実現させることになるのか、憲法23条が保障する「学問の自律性」を奪う結果にならないのか…、大いに議論すべき課題となっている。

政治部 河田実央

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