25年前の“別姓法案”議論の記録 推進派の意見2[2021/06/27 18:30]

23日、最高裁の大法廷は選択的夫婦別姓を認めないのは「合憲」と判断し、「国会で議論され判断されるべき」としました。

今から25年前の1996年、法制審議会が選択的夫婦別姓の導入などの民法改正案を答申し、法案が通るとも見られていましたが、結局、自民党の反対で、法案の国会提出は見送られました。
賛成派、慎重派、反対派、それぞれが様々な場面で意見を闘わせた当時、
何が問題となり、どんな議論があったのか、振り返ります。

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選択的夫婦別姓法案の推進を訴える団体などは、多くの報告会や記者会見を開いていました。この動画は1996年4月12日に衆議院議員会館で行われた別姓を求める当事者らのアピールです。

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【評論家 吉武輝子氏】
旧姓なんです。ですから通称別姓で通してきた。
でなぜ私が、通称別姓で通してきたかとうと、まだ18、19の頃、母が吉武の墓に、参りに行った時に私に「輝子がどの墓に入るだろうね、お墓の先が分かんないね」と言われた時に、つまりお墓の先がわからないということは、結婚して名前が変わるという女の人生が、左右されていくということと、つながっていくんだなってことを漠然と思って、その時から、私はもう、吉武輝子でやっていきたいと思って。

学生結婚したわけです。相手の男の名前が、宮子勝治といいまして、輝子宮子でも、宮子輝子でも、どっちでもいいっていうね。やっぱり夫とどっちの名前を使うかっていうことで綱引きがあって、夫は、名前は記号なんだから、どっちでもいいじゃないかと私に言ったのだが、私から言わせれば名字というのは記号ではなくて、やっぱりその人の人格なり、人生なりを、象徴しているものであるというのが実感としてあったから。
ですから、記号でいくなら、美意識でいこうと。宮子輝子より吉武輝子の方がいいし、宮子勝治よりは吉武勝治の方が美意識的にもいいではないかと、だから吉武勝治でいこうではないかと言った時に、夫はもう美意識ではなくて、記号ではなくて、人格、人生の有り様を象徴してるものだって分かっていたから、どうしてもそれに「うん」と言わないで、綱引きをずっとやっていて、32歳になったときに、これは娘ですけど、あずさを産みましてね。それで吉武輝子で入院して、そして夫が娘の生まれたいわゆる出産届を出してくるから、判をくれと言って、私の判を持って役所に出かけていきまして、帰ってきましたら、婚姻届も出ておりまして、吉武輝子で入院し、宮子輝子で退院するという。だから私は、これは公文書偽造だといまだに思っている。

通称別姓ですから、吉武輝子でずっと生きているのだが、例えば外国に行った時とか、公のことに何か身を置いた時には、宮子輝子と呼ばれてしまうと、何か自分であるという実感が持てない。
つい最近、私は肺炎と狭心症で入院したのだが、その時はやっぱり宮子さん、宮子さんと看護婦さんが呼ぶ。私は吉武輝子ですべて責任とって生きてたものだから、本当に命の責任を取る時になって、なじみのない宮子さんで死ねないという思いが非常に強くて、本当に自分の責任をとって生きてきた愛着のある名字を自分で選択しながら生きることが、女が自分の人生を選択して生きていくことにつながっていくことだということで、何としても、これは通したいという思いがあってきょうは来た。

娘は宮子あずさといいまして、ものを書いて看護婦をしているわけですけれど、彼女も結婚して、旧姓を通称別姓として使っている。つまり私の家は、親子2代にわたっての、怨念込めての通称別姓派なので、娘は娘なりの思いをこれから言うと思いますが、どうかこれが実現できるように、お力を貸して頂けたらありがたいと思う。


【東京家政大学教授 樋口恵子氏】
…意識があるのに、間違えて入ってアライさんじゃなくて別の名前で呼んだら表情がムッとしたって。そしてアライさんって呼んだら頷いたって。
だからそれはとても大事な事で、その時まで呼ばれる呼ばれ方も大事だと思う。


【弁護士 福島瑞穂氏】
吉武さんが吉武輝子で、万が一亡くなる時は、夫婦別姓選択制がちゃんと実現しているように、と思う。


【随筆家・看護師 宮子あずさ氏】
母が入院したのは私が勤めている病院なので、母が吉武の名前で最後、霊安室にいけるように私も…
ここで頑張るのも母の長生きにつながると思えば頑張りがいもあるというものだ。

私は子どもの立場という事でちょっとお話をさせていただきたいと思う。お手元のチラシにも子どもにも言わせてほしいという部分があり、大事なことだと思う。
私は、いつも小さい頃から思っていたが、私にとって夫婦というのは、父と母の姿が原型。たまたま私が生まれ育った吉武輝子と宮子勝治の家は、夫婦別姓だったので、私にとって当たり前の夫婦というのは別姓の夫婦。
だからそれを、人と違ってかわいそうとか言うのは、世間のあくまで見方であって、むしろそれは、かわいそうなんだということを、すり込むことでしかないんじゃないかと思う。だから別姓の子どもをかわいそうにするのは、別姓の夫婦じゃなくて、別姓を許さない世間の方だと私は思っている。

私は当たり前のこととして、自分の名前をずっと持っていこうと思ったので、結婚にあたってもあの自分の姓を変える気は全くなかった。
夫との間で、この辺りは本当に変わってるようで変わらない、日本の世の中ということなんだと思うが、やはり夫と私の間でも綱引きがあり、最終的になぜ私が戸籍名を夫の姓にしたかというと、会社に夫は勤めていて、そこは通称の使用を今のところ認めていない。だから、夫が宮子ケイイチロウになった場合、夫の旧姓、今の戸籍名ですけれど、を使い続けることはできない。
ところが私のほうは看護婦だから本当だったら、ちょっと考えれば、免許証のある仕事の方が通称が使いづらいんじゃないかって思われると思う。ところが、そのあたり病院の方が、女性が多い職場だけに、逆に配慮が行き届いているところがあり、宮子のままで働いてもいいということで、現在は私の看護婦免許は、フジエあずさという名前の免許証のコピーと、宮子あずさという名前の免許証のコピーが2枚ホチキスでとめてあって同一人物であるということを証明しているという、形になっている。

そういう訳で、融通の利くところが幸いしてというか災いしてというか、私の方が通称使用という形になった。ただやはり、免許証の仕事ゆえ、いろいろな不便は感じている。公的な書類の問題とか、例えば通帳を作るとか。それは看護婦、看護婦じゃないに関係ないが、私もいろいろな病気、大きな病気はしていないが、小さな病気をした時に出てくる薬が、自分の病院に出してもらうが、フジエあずさで上がってくる。誰の薬だろうって、飲んでも効かないんじゃないかと思うぐらいのもので。本当に何とかして親子2代の怨念を、通していただきたいと思う。
子どもがかわいそうというのは絶対うそだ。かわいそうにしてるのは、そのかわいそうって言ってる人たちだと思う。

続く

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