当事者「法律作れば救われるわけではない」 政府の動き鈍く…「LGBT法」施行1カ月[2023/07/29 10:30]

LGBTへの理解を深めることを目的とした「LGBT理解増進法」は、推進する超党派議連が当初提案したものから、自民党内の保守派に配慮した修正が行われ、その後、日本維新の会、国民民主党との修正協議を経て、先月16日に成立、23日に施行された。
政府に対し、多様性への理解を深めるためのガイドラインや基本計画を策定することなどを求める法律だ。

だが、当事者からは既に「法律を作っても、それだけで救われるわけではない」との声も上がっている。
保守系議員を中心に、マジョリティーの権利を主張して、かえってLGBTとの分断を生じさせるような動きも見られる。一方で政府の取り組みは進んでいるとは言い難い。
法律の施行から1カ月、見えてきた課題とは。

▼超党派議連がヒアリング 政府・基本計画「具体的に示せる段階でない」

「これから政府が作っていく基本計画。あるいは指針について、様々な意見や動きがあります。大事なことは、この多様性を包摂しうるダイバーシファイド(多様化)された、インクルーシブ(包摂的)な、そういう社会を日本に作っていくということです。
関係省庁の皆さんには、そのことをしっかりと念頭に置いて、これからの取り組みを進めていって頂きたい。私どもしっかり後押しをさせて頂きたい」

25日、およそ5カ月ぶりに開催された超党派のLGBT議連による総会は、自民党・岩屋毅会長のこんなあいさつで始まった。
LGBT法が施行されて以降、初めてとなる超党派議連の総会には、岩屋会長や稲田朋美会長代理ら自民党議員のほか、公明党・谷合正明議員、立憲民主党・西村智奈美議員ら16人が参加し、内閣府、経産省、外務省など8つの府省庁から、基本計画の策定などに向けた政府の取り組み状況についてのヒアリングを行った。

しかし…
「スケジュール感について(出席議員から)質問がありましたけども、政府の方から、まだ基本計画や指針について具体的にスケジュールを示せる段階にはないというお話でございました」(公明・谷合議連事務局長)

政府の取り組みは、まだ具体的に進んでいないという実情が明らかになったのだ。
この点について、稲田会長代理は…

「進捗がないと見るのか、一生懸命やっていると見るのか、両方あると思うんですよね。
新しい法律だし、新しい部署だし、今まで先行していろんなことを各省がやってきたことも事実だと思います。各省の取り組みをしっかりと踏まえた上で、基本計画を作っていくということになると思うので、何か遅いというふうには思っていません」

政府側からは「当事者の声を聞きながら、丁寧に進めていきたい」との説明があったという。
出席した議員は、「政府の基本計画が形になるまで、1年くらい時間がかかるのではないか」との見方を示した。

超党派議連は、今後もLGBT当事者らからのヒアリングを行うなど、政府の取り組みを後押しする考えだが、基本計画の策定は、一筋縄ではいかない長い道のりであることが見えてきた。

▼自民党・保守派が懸念する「トイレ・お風呂」問題

「多様性に富んだ包摂的な社会」の実現に向けては、ほかにも課題が残っている。

法律が施行される2日前の先月21日。
自民党では、保守系議員らを中心に「全ての女性の安心・安全を守る」ことを掲げた議連が発足した。

冒頭、発起人のひとりである橋本聖子元男女共同参画担当大臣が、こんな懸念を口にした。
「トイレとか浴場そういったところに対してしっかりと配慮をしていかなければいけないと思っています。ひとつひとつ丁寧に、それぞれの人生、それぞれの性に対して向き合うと同時に、全ての方がしっかりと理解をしていかなければ、前に進めることはなかなか困難ではないか」

自民党の保守系議員らを中心に、以前から警戒感が広がっているのが、LGBT法の施行を受け、外見が男性であっても「内面は女性である」と主張すれば、女性用トイレや女性用の浴場を利用できるのではないかという、いわゆる「トイレ・お風呂問題」である。

しかし、この懸念については、法案の修正協議に携わった自民党の新藤義孝議員が国会答弁において、「法律の趣旨とは異なる懸念だ」との説明を行っている。

「お風呂とか女性用のトイレに、外見が男の方が『自分は女性だ』と称して入る、これは許されません。マジョリティーの女性の権利や女性用スペースの侵害は認められない。ただそれはこの法案で規定することではなくて、そもそも憲法に基づいて、そういったことは認められないと思っています」(先月9日の内閣委員会)

そのうえで新藤議員は法律の趣旨についてこう強調した。
「性的マイノリティーの皆さんが生きづらさを感じてはいけない。ですからそれぞれの方がきちんとお互いを理解し、認め合って穏やかに暮らしていく社会、共生社会を作るための指針を政府に示してもらう、それを促す法案だとご理解をいただきたい」

新藤議員の説明にもかかわらず、今月19日に行われた「女性を守る」議連の会合で議論されたのは、やはり、性同一性障害の経済産業省職員に対する女性用トイレの使用制限を違法とした最高裁判所の判決だった。

同議連はこの日、「あくまでも当該職員の特定のトイレ使用についての判決で、不特定多数の女性用トイレについてのものではない」と強調したうえで、女性の権利を訴える声明を発表している。

自民党の保守系議員らが、これほどまでに強い警戒感を示すのは、これまで自民党を支えてきた保守層の票離れを危惧するためだ。

ある閣僚経験者は「東京の区議会選挙などを見ても、自民党の票が減ってきていることは明らか。おそらく保守系の無所属や維新などの野党にその票が流れているのだろう」と危機感を露にした。

また、ベテラン議員も「最近は、駅前でチラシを配っていても、LGBTのことばかり言われる。『自民党はもう応援しない!』と。(LGBT法は)憲法改正よりもよっぽどセンシティブだ」と眉をひそめる。

▼「多様性に富んだ社会」を目指す 岸田総理のリーダーシップを

法律が施行された数週間後、法案の作成段階から成立に向けて奮闘していた、ある与党議員のもとにLGBT当事者からのメッセージが届いた。

「なんでも法律を作れば、すべての当事者が救われるわけではない」「多様性を求めるあまり、分断が生じる。LGBTは世間と分断状態にあると感じる」「遊び半分でLGBT当事者をしているわけではない。命がけなのです」

与党議員は「厳しい意見が届くこともあるが、法律が成立したことは一歩前進だったと信じたい」とこぼした。

この1カ月、2つの議連を含む当事者・関係者を取材して感じたのは、社会に分断を生むことなく多様性に富んだ社会へと進むためには、政府が責任を持って、基本計画の策定に取り組むべきではないかということだ。

議員立法として提出され、成立したLGBT法。
国会で修正協議が行われる過程で、政府は「議員立法だから」と一定の距離感を保ち、静観する姿勢を崩すことはなかった。
今後の議論は、ぜひとも「多様性を尊重し包摂的な社会」を目指す岸田総理にこそ、力強くけん引してもらいたい。

テレビ朝日政治部・与党担当 平井雄也

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