政治

2025年8月15日 11:00

【戦後80年】世界の分断に戦前の日本は…“経済が戦争を誘発した時代”からの警告

2025年8月15日 11:00

【戦後80年】世界の分断に戦前の日本は…“経済が戦争を誘発した時代”からの警告
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トランプ政権が関税によって保護主義的政策を強めている。先の戦争を招いた要因の一つも保護主義による世界の分断だったとされる。私たちは歴史から何を学ぶべきなのか。『BS朝日 日曜スクープ』は、戦後80年に合わせ、経済が戦争を誘発した時代からの警告に向き合う。2度と惨禍を繰り返さないためにできることは…。

1)トランプ政権の“保護主義”と戦前の“経済ナショナリズム”比較すると…

戦争へと歩んだ1930年代と現代では大きな違いがある一方、保護主義の色合いが強い2期目のトランプ政権が打ち出す経済政策やその背景は、戦前と類似している点もあると指摘される。トランプ氏の関税政策とよく比較されるのが、「スムート・ホーリー法」だ。
1929年、世界恐慌が始まり、フーバー大統領は翌年、2万以上の品目に対し平均40%以上の関税を課す「スム―ト・ホーリー法」に署名、制定した。保護主義政策で、農業など国際産業を守るのが狙いだった。

藤原帰一氏(順天堂大学特任教授/東京大学名誉教授)は、類似点もあるがトランプ政権の関税政策はスム―ト・ホーリー法に比べ極端に乱暴な政策だ、と断じる。

スムート・ホーリー法により、アメリカが高関税政策をとり、他国も競って関税を上げ貿易が縮小。第二次世界大戦に向かう国際関係の混乱を生み出した。こうした背景から、第二次世界大戦後は貿易に対する規制を弱め、ゆるやかに自由貿易を拡大することで、経済が発展し国際関係も安定させるという考え方がとられてきた。その中心となってきたアメリカが、極端な高関税政策に向かっている。政策としては明らかな逆転だ。 
しかも、スムート・ホーリー法はかなり慎重な議論を繰り返した中での政策で、議会の承認なしに行うことはできなかった。トランプ政権の場合は一方的な関税を訴えて、相手国の賛同というより、臣従を強制する。議会をすべてバイパスしていることを思うと、乱暴さの度合いは比較にならない。

2)関税の“武器化”で“米国の信頼”喪失 目指すのはプレデター(捕食者)か

番組が取材したアメリカの経済学者、カリフォルニア大学バークレー校のモーリス・オブストフェルド教授は、「関税を武器とするトランプ政権の行動は、少なくとも今後数年間は世界的に続く見込み。そのため他の国は“もはや貿易政策だけでなく、アメリカ全体が信頼できないパートナーだ”と考え始めている」と指摘し、アメリカは他国からの信頼を全面的に失いつつあると警鐘を鳴らす。

藤原帰一氏(順天堂大学特任教授/東京大学名誉教授)も、近著『世界の炎上 戦争・独裁・帝国』の中で、「アメリカはデモクラシーの帝国からプレデター(捕食者)の帝国へ変化しようとしている」と指摘しており、トランプ政権の政策を以下のように分析する。

少し時間をさかのぼって言えば、アメリカの大国としての特徴は植民地支配に頼らず、むしろそこから撤退したことにある。資本主義経済・自由貿易、デモクラシーという政治制度が各国に作られる中でアメリカは対外的な力を拡大した。それはアメリカにとって極めて有利な覇権主義的政策であり、同時に他国にとっても、強者による直接の統制ではない、国際的な制度・機構がある中での安全・繁栄を目指すことができるという前提となった。
今起きているのは、そうした覇権からのアメリカの自発的な撤退だ。アメリカはもうその役割を果たさない。“トランプ氏はアメリカに有利な交易条件を目指して無理な関税率を押し付けているだけだ、自由貿易を壊すつもりはない”という楽観的な観測もあるが、おそらくそうではない。政治権力によって他国にアメリカへ投資をさせ、貿易赤字を縮小するというやり方で国際秩序を破壊している。
国際社会にプレデター(捕食者)が登場することは一般的で、アメリカはこれまでプレデターの抑止に注力してきたが、ロシアも中国も抑止することはできなかった。であれば、大国による小国支配を認め、どの国よりも大国であるアメリカがプレデターになればよい、というのがトランプ氏の姿だ。

杉田弘毅氏(ジャーナリスト/元共同通信論説委員長)は、「関税については秋以降、インフレなど、米国経済への悪影響がどの程度出るか、注視する」とした上で、トランプ氏の姿勢を以下のように指摘した。

トランプ氏が望んでいるのは、アメリカ、ロシア、中国の大国同士が手を握り世界を仕切っていくことではないか。アメリカがプレデターだとすると、ロシアとの合意でウクライナが捕食の対象になりかねない。
関税に関して米国で話題になっているのはユダヤ系の経済学者ハーシュマン氏の『国家と貿易の権力構造』という有名な著書だ。ハーシュマン氏はこの中で、第2次大戦前のドイツが軍事侵攻の前にいかに貿易を使って、周辺諸国を隷属させていったかを検証している。ハーシュマン氏いわく、「貿易とは、他国を隷属させるための、血を使わない侵略」だ。トランプ氏には同様の発想があるように感じる。プレデターとして中小国、弱小国を飲み込んで、大国間競争における影響圏を広げていこうとしている。貿易とは“自由な世界をつくる”ではなく、あくまでも“隷属国を従えて国権を拡げるための道具の一つ”であると。そういう発想がトランプ政権内に広がっている。
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3)「資源をめぐる緊張と軍国主義への傾斜」戦前の歴史から学ぶべきことは…

アメリカの経済史学者、サンタクララ大学のクリス・ジェームス・ミッチェナー教授は番組の取材に対し、「1930年代の例から私たちが学ぶべきことは、貿易、特に資源を巡る緊張が軍国主義の高まりと結びついたという事実を忘れてはならないという点だ」と指摘。

この流れは日本も例外ではなかった。1929年の世界恐慌、1930年のスムート・ホーリー法で各国が保護主義に移行する中、関東軍は、地下資源や食料が豊かな満州の奪取を目指し、1931年「満州事変」を起こした。翌年3月には「満州国」を建国。この年の12月、日本の新聞社や通信社132社は連名で、満州国の建国を支持する『共同宣言』を発表した。

藤原帰一氏(順天堂大学特任教授/東京大学名誉教授)は、現在のメディアと世論の関係も危惧しつつ、歴史を学ぶ重要性を指摘する。

現代はソーシャルメディア・SNSの役割が極めて大きくなっている。ソーシャルメディアから見れば、「マスメディアはナショナリズムを抑制している。私たちのことを全く考えずに、きれいごとを言っている。自国の利益が損なわれている」と。トランプ政権を支持した世論がまさにそれだ。さらに自覚的にそうした世論を戦争と結び付けて展開をしたのが、現在のところ、ロシアとイスラエルだ。その次が出てくる可能性もある。その中でメディアは戦争を抑制する働きを果たしていない。ナショナリズムと結びついた陰謀論は言論空間を決定的に変えてしまう。 
戦争は例外的な事象であって、決してよく起こることではない。ただ、一旦起こってしまうと膨大な犠牲が生まれる。これまで戦争がどのように避けられてきたのか。あるいはなぜ、戦争が起こってしまったのかを私たちは知る必要がある。広島・長崎の被爆を知ることと並んで、なぜ日中戦争が破滅的な展開をしたのかを知ることで、現在の戦争における平和構築について考えることができる。

杉田弘毅氏(ジャーナリスト/元共同通信論説委員長)も、戦前のメディアが反戦世論を盛り立てる方向に機能しなかったことを指摘しつつ、戦後、戦争の記憶を伝えてきたことを踏まえ、今後の議論のあり方を力説した。

日本の場合、過去の戦争の記憶が今も共有されていて、伝承されて、学んできている。いわゆる“オールドメディア”は、ナショナリズムは危ないとも主張し、ファクトベースで展開するのを使命としている。ただ、SNSはそういった部分があいまいになっているのではないかという懸念がある。
私たちは「沢山の人が亡くなり、弱者が犠牲になり、家庭が破壊される。それが戦争だ」という現実を忘れがちだ。ウクライナやガザで続く世界の戦争報道に接したり、広島や長崎の被爆者らの声を聴くことで、いつも想いを新たにしていかないといけない。今の社会は閉鎖的で出口が見えない雰囲気があるが、経済格差の問題や外国人政策をどう作って行くかなど、もっと皆が参加して深い議論をしていかないといけない。「難しい問題だ」と、あきらめたり思考停止するのではなく、富の分配などもっと突っ込んで具体的な策を練りあげていくことが大切だ。

<出演者プロフィール>

藤原帰一(順天堂大学特任教授。東京大学名誉教授 同大学未来ビジョン研究センター客員教授。専門は国際政治・比較政治。著書「英和のリアリズム」(岩波書店)で第26回石橋湛山賞。2025年刊行の近著に「世界の炎上――戦争・独裁・帝国 」(朝日新書))

杉田弘毅(ジャーナリスト。21年度「日本記者クラブ賞」。明治大学特任教授。共同通信でワシントン支局長、論説委員長などを歴任。著書に「国際報道を問い直す-ウクライナ紛争とメディアの使命(ちくま書房)」など)

「BS朝日 日曜スクープ」2025年8月10日放送分より

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