自民党総裁選が幕を開けた。5人が出馬表明しているが、なかでも高市早苗前経済安全保障担当大臣(64)と、小泉進次郎農林水産大臣(44)の動向に注目が集まっている。
高市氏は9月19日の会見で、55分間にわたり話し続けた。参院選前には「食料品の消費税をゼロにすべきだ」と訴えていたが、出馬会見では“消費税”に一言も触れなかった。質疑で消費減税について、記者から質問され「レジの問題がある。1年くらいはかかってしまう」と、財務省と同じような説明に終始した。
陣営関係者は「高市氏は党員票では間違いなくトップだ。だが、議員票では小泉氏に勝てない。どうしても決選投票では麻生氏の支持が必要だ」と、麻生太郎元総理の重要性に触れた。
麻生氏は安倍政権下で長年、財務大臣を務めて、消費減税は認めない立場だ。党内に唯一残った派閥である麻生派(43人)の支持を得るために、陣営幹部によると「消費税は封印してもらった。みんなで説得した」という。
前回総裁選で明言していた「靖国神社の参拝」高市氏は質疑で総理になった際の参拝はどうするか質問され「私にとっては国のために命を捧げられた方というのは、大切な存在であり感謝の気持ちは決して変わらない」と答え、参拝の有無については明言を避けた。加えて「穏健保守か中道保守にあたる位置付けになっている」と語った。
「うちは横綱だ」と自信を持つ高市陣営が警戒するのは決選投票だ。地方票が都道府県47票になり議員票で2位3位が組まれたら前回と同じ轍を踏む。そこで持論の「保守」も「経済政策」も封印した。右の翼を目立たせず、左の翼にも配慮して風に乗ることを選んだ。ただ、あの安倍晋三氏が「保守の新しいスター」と持ち上げた姿は少なくともその会見では見られなかった。
小泉氏も前回の総裁選と趣を変えた。1年前は「『決着』新しい時代の扉をあける」と書かれたブルーのボードをバックに、身ぶり手ぶりを交えて熱弁。しかし今回9月20日の記者会見では、何も装飾されていないひな壇に立ち、演台に置かれた原稿に何度も目を落とした。
会見で小泉氏は「自民党に足りなかったこと、それは国民の声を聞く力、国民の思いを感じとる力ではなかったかと感じている」とコメントした。
持論だった「党議拘束をかけない選択的夫婦別姓」を封印。代わりに訴えたのは“自民党の結束”で、「国民の求める安心と安全を実現する政党に自民党を立て直す」と意気込んだ。
かつて父親の小泉純一郎元総理は「私の改革に反対する者はすべて抵抗勢力だ」と分裂をあおったが、権力闘争の末に、結果として党内は結束した。たった1年で「改革」の看板をあっさりと取り下げ総理総裁を目指す息子を父はどうみたのだろうか。
高市氏は“保守色”を封印し、進次郎氏は“改革志向”を封印した。決選投票が有力視される2人は、いったい何をかけて戦うのか。
ジャーナリストの青山和弘氏は、封印について「その通りだ」と評する。「前回は『勝てば総理になれる総裁選』だったため、『総理大臣になると、こうする』と、それぞれが強く言い合った。しかも9人も出たため、それぞれ埋没しないようエッジの立った政策を挙げていた」。
しかし今回は「勝っても、野党と連携していかないと、総理になれるかわからない。自民党内も議員が減っている。全員が前回(総裁選で)落ちた人で、それぞれ理由がある」という。
高市氏に関しては「党内的に『結束できるのか』という声が多かった。公明党からも『右にエッジが立ちすぎる』と評判が立ったため、石破茂総理に決選で負けた」。小泉氏も「解雇規制の見直しや夫婦別姓など、エッジの立った政策を打ち出したが、討論での失言もあって、一気に失速した」と分析。
そして「『ここを直していかないと今回は勝てない』との反省から、持論を封印して、多数を取る。内向きの総裁選に勝ち抜くことを考えた総裁選が始まってしまった。だから前回よりも丸まった政策しか出ていない。一方で『国民の方を向いてなかった』『野党みたいなものだ』と言っているのに、これだけ丸まった政策を掲げていたら、野党として注目されないのに、今回の総裁選レースは完全に矛盾した状況になっている」と語る。
今回“言いたいけれど、言わなかったこと”は何か。高市氏は「靖国神社へは総理になっても参拝する」との主張について、今回は明言しなかった。「『靖国神社は大事なところだ』と、行きたい意志は示したが、明言しないことで、公明党や外交面の不安を払拭したかった」。
また「食料品の消費税率ゼロ」についても、「『食料品の消費税を見直すことになると1年ぐらいかかる』と、石破氏と同じ言い訳をしている。消費税の見直しには、党内の財務省に近い人たち、加藤勝信財務大臣もいるが、何と言っても麻生氏が慎重だ。そういう人たちに支援してほしいとアピールした」とする。
こうした政策提言によって、「『高市氏が主張すべきことを主張するのが良かった』という人にとっては物足りない」というが、「陣営に聞くと、ちょっと緩めても保守層は高市氏から逃げない。逃げ場もない。多少失望されても、マジョリティーを取って、ウイングを広げた方が良いという戦略になった」と解説する。
一方の小泉氏については、「解雇規制の見直しや選択的夫婦別姓の導入の考えは変わっていないが、『現時点で進めることは考えていない』。考えが変わったと言うと、『なぜ1年で変わったのか』となるが、今の状況では優先順位を上げることはないと封印した。これも『安定感が足りない』『経験不足』と言われる小泉氏が、党内融和を考えているというアピールだ。小泉氏は今回、守りの姿勢が目立つ」と話す。
会見で読んだ原稿は「木原誠二氏を中心とした小泉陣営が書いている」そうだ。「前回の小泉陣営はあまり整わず、若い議員が多かったが、今回は加藤氏が選対委員長になり、木原氏や齋藤健元経済産業大臣ら重厚な布陣を引いて、小泉氏本人に聞いても『前回と全く違う。支える体制ができている』。原稿も悪く言えば面白くないが、よく言えば非常に練られてバランスのいいものになっていて、失言を避けるために原稿に目を落とすという形になっている」。
加藤氏は前回総裁選に出馬したが、今回は小泉支持に回った。「小泉氏側からすれば、官房長官や厚生労働大臣、財務大臣を歴任したベテランの加藤氏は、経験不足を補う重鎮だ。加藤氏にとっては、今回出ても絶対に勝てないが、選対本部長になれば、小泉政権で幹事長の芽も出てくる。そこでステップアップして、その先にもう1回出る。実際に加藤氏は、周辺に『今回は出られないが、次は出たい』と言っているようだ。そういう思惑があって利害が一致した」。
仮に決選投票になったら、どのような戦いになるのか。「高市氏は持論を封印しても、保守論客であることは変わりない。それをにじませながら、安定感や野党との連携を示す。今回は野党各党の政策を飲んでいる。立憲民主党の“給付付き税額控除”、維新の“大阪副首都構想”、(国民民主党の)“所得税の壁引き上げ”などで野党と連携し、『安心して私に入れて』という戦略」。
対抗馬となる小泉氏は「議員票でリードしているとみられる。それを高市氏に奪われないような守りの姿勢を取りながら、経験不足を指摘されないようにやっていくのだと思う」と指摘。
そこで焦点となるのは、「今回は党員票をあえて入れる選挙にした」ことだ。「党員票で高市氏が小泉氏を大きく上回るか。前回は高市氏がトップ(109票)で、61票の小泉氏と差が開いた。しかし議員票では、小泉氏が前回も上(小泉氏75票、高市氏72票)で、今回も上積みの可能性がある。『国民の声を聞かなかったから参院選に負けた』と総括したのに、『党員の声を聞かないで逆転していいのか』と自民党議員にプレッシャーになる可能性がある。党員票で引き離すことが、高市氏にとって重要な狙い目だ」。
注目ポイントとしては「(前回の)石破氏の票がどこに行くかが非常に重要だ。小泉氏は石破政権の農水大臣で、リベラル政策でも近い。これ(石破氏の党員票)が小泉氏の方に多く乗ると、高市氏を上回る可能性もないとは言えない。党員票の出方が決選投票の行方を左右する可能性がある」とみている。
“重鎮”の動向は「まだハッキリ言っていない」としつつ、「岸田文雄前総理は前回の決選投票で石破氏に入れた。どちらかというとリベラル政策のため、もし小泉・高市の決選になれば、小泉氏に入れるだろう。菅義偉副総裁は小泉氏の後見人的な存在なので間違いない」と予想する。
焦点になるのは麻生氏の意向だという。「議員票で苦しい高市氏は、麻生氏の支持が必須条件だ。ただ麻生氏は、小泉氏に対しても『最近がんばっている』と容認する姿勢を示している。麻生派の河野太郎前デジタル大臣も小泉支持を明確にして、子分を引き連れる。小泉氏にも(議員票を)振り分けるため、麻生氏が『どっちだ』と言うか、言わないか。高市氏は消費税を封印するなど、麻生氏にメッセージを送っている。これが功を奏するかが一つの焦点だ」。
とはいっても、水面下の動きについては「本格化するのは投票の3〜5日前」になる。「それくらいになると、色分けもできてくる。党員票の出方もわかってくるため、『何人切り崩せばいい』という話になる。そこでかつてのように、お金が飛びかうのは難しい時代だが、ポストの手形を切ることはある。『あなたを幹事長にする』『大臣にする』と。足すと大臣が30〜40人と、あり得ない数になることもあるが、そうした引き抜き合戦が行われる。後はアメとムチで電話をかけ、『優遇する』『逆らっても大丈夫か』というプレッシャーのかけ方をする。オセロは最後にひっくり返せればいい。早くやりすぎて、後からひっくり返されても困るのでギリギリになったら本格化する」と解説した。
(『ABEMA的ニュースショー』より)