自民党の高市早苗総裁(64)が内閣総理大臣に選出されました。憲政史上初の女性総理となりました。21日夜には高市内閣が発足し、就任会見で「経済対策を最優先する」と話しました。
「果敢に働く」経済対策最優先に
「高市早苗君を衆議院規則第18条第2項により、本院において内閣総理大臣に指名することに決まりました」
21日に第104代総理大臣に選出され、憲政史上初の女性総理となった、高市氏。午後10時、新内閣発足の意気込みを語りました。
「政治の安定なくして力強い経済政策も、力強い外交安全保障政策も実現していくことはできません。全力で変化を恐れず、果敢に働く。初日から全速力、トップスピードで閣僚の皆さんにはそれぞれの分野で任務を果たしていただきます。この内閣は“決断と前進の内閣”です」
まず真っ先に、取り組むと掲げたのが経済対策です。
来週に来日が迫っているトランプ大統領への対応については?
韓国の新聞記者からはこんな質問も飛びました。
高市新内閣…初入閣10人、女性閣僚2人
かつて、みんなを大いに驚かせると語っていた高市総理。その注目の人事は?この19人が高市新内閣の顔ぶれです。
ライバルとして総裁選を戦った林芳正氏(64)を総務大臣、茂木敏充氏(70)を外務大臣、そして決選投票で争った小泉進次郎氏(44)を防衛大臣に起用しました。
「防衛大臣を拝命いたしました。私の生まれ育った横須賀は防衛の町で、そして私も政治家になる前は陸上自衛隊の武山駐屯地での体験入隊等、自衛隊と大変つながりの深い環境で生まれ育ち、そしてまた政治家の活動を続けてまいりました。今までの様々なつながり、経験も生かしながら、この極めて厳しい安全保障環境にしっかりと私の与えられた職責を全うしたいと思います」
小泉氏が務めてきた農林水産大臣の後任には、農水副大臣などの経験がある、鈴木憲和氏(43)を起用。19人中10人が初入閣という人事に。
高市総理は先月22日、総裁選候補者所見発表演説会で次のように意気込んでいました。
北欧に劣らないほど女性がたくさんいる内閣。しかし、今回起用された女性閣僚は2人のみ。そのうちの1人が…。
旧大蔵省出身の片山さつき氏が財務大臣に
「この大事な時期に大変な大変な船出の内閣ですから、言われたことは何でもやりますので」
新内閣が発足し財務大臣に起用されたのは片山さつき氏。
東大在学時には、ファッション誌のモデルを務めた片山氏。当時からセミロングにパーマがかかった華やかな髪型が印象的でした。
その後、旧大蔵省に入省。出世コースといわれる「主計官」を女性として初めて務めると、国家予算の査定や作成に携わりました。
主計官時代の片山氏に密着した映像。
「(Q.あしたの予定は?)あしたは朝ね、与党合同会議で9時から議員会館で」
「(Q.もう数時間しかありませんね)そうですね。ほとんど寝る暇がないです」
当時、小泉内閣の「聖域なき構造改革」の後押しを受け、防衛費削減を推し進めるため、寝る間も惜しんで防衛庁と予算を巡り熾烈(しれつ)な攻防を繰り広げていました。
「米国との間の購入、FMS(有償軍事援助)も真剣にこちらも財務事情を訴えて、言い値でと許される状況じゃないですよ」
「財務官僚って体張って命がけの仕事ですよ。お金の流れを巡っては個人も団体も必死になるので、それを調整するというのは腕力がいる仕事ですから。腕力はあると思います」
その結果、防衛費は初めて減額され財務官僚として実績を残した片山氏。政治の表舞台に立ったのは、2005年の衆院選、いわゆる郵政選挙の時でした。
“小泉チルドレン”として出馬し、初当選しました。
「(Q.(郵政)改革のマドンナとして役割を果たせましたね)その分だけはホッとしましたけど、まだこれからですよね。改革は郵政を突破口としてこれからだから」
これまでに、衆議院で1回、参議院で3回の当選を重ね、2018年の安倍内閣で初入閣。地方創生担当大臣を務めました。
「(自民党が)存亡の危機にあるわけですから、高市総裁のもとで党を再生させ、勝てる、自由民主党で勝てる党にするということしかないと思っています」
今回の総裁選では、高市氏を推薦人として支え、女性初の財務大臣に起用されました。
そして、もう一人の女性閣僚となったのが…。
小野田紀美氏 政治家きっかけは「卑弥呼」
「ちょっと時間がなくて、すぐに明日の準備をしなくてはいけないので、明日また頑張ります」
経済安保担当大臣と外国人政策担当大臣の兼務となった小野田紀美氏です。
1982年、アメリカのイリノイ州シカゴで日本人の母と、アメリカ人の父の元に生まれた小野田氏。1歳の時に母の故郷である岡山県に帰ると、小学生になるころには政治家を志していたといいます。
「小学校1年生の時に『まんが日本の歴史』で卑弥呼をみて、卑弥呼になった瞬間に平和になったみたいなのをみて政治家になるんだ」
小学生の時に図書館で読んだ卑弥呼の物語。卑弥呼が女王になったことで国が強く、豊かに、平和になる姿をみて政治家に重ねました。
政治家への強い思いを持っていた小野田氏。議員になる前には、こんな活動も。
真っ白なドレスで舞台上を歩く当時21歳の小野田氏。2005年に開催されたミス・インターナショナルではファイナリストに選出されました。大学で政治を学ぶも、議員になるには知名度が必要と考えモデルも経験しました。
そして、TOKYO自民党政経塾に入塾。
2011年には、東京・北区の区議会議員に当選。その5年後に地元岡山から参院選に出馬し、初当選。法務大臣政務官や防衛大臣政務官を歴任しました。そんな小野田氏を有名にしたのが…。
「例えば外国人参政権に反対だとか、基本的に日本を心の底から愛しているのは、ここ(自民党)しかないだろうと」
山本一太氏
「保守じゃん。いいね〜」
ネットメディアを駆使した発信力。党のネットメディア局次長を歴任し、Xのフォロワー数は71万人とSNSでの発信にも力を入れています。
「この国を前に進めていけることができるように、これからもチーム・サナエで、早苗を支えていきましょう、よろしくお願いいたします」
総裁選では、高市陣営の「チーム・サナエ」でキャプテンを務め、高市氏の総裁就任に尽力。当選2期目での抜擢となりました。
注目は“維新との連立” 政権運営は?
また、高市新内閣の注目ポイントとなったのが“維新との連立”です。
今回、維新からは遠藤敬国対委員長(57)が総理補佐官に選ばれたものの、閣僚は選出されませんでした。政権運営はどのように考えているのでしょうか。
「今回は日本維新の会と物価高対策、首都機能のバックアップまた社会保障改革、憲法改正など非常に広い分野で意見の一致を見ることができました。閣内に閣僚を送って下さるかどうかにかかわらず、連立政権合意書、ここに基づいて共に手と手を携えて、国家国民の皆様のために全力を尽くして政策実現に取り組みます」
一方、26年に渡る連立が解消された公明党とは…。
「建設的な議論をしっかりさせていただきます」
「各党合意中のものとか協議中のものは引き続きよろしくお願い申し上げます」
総理指名を巡って争った野党からは、このような声が聞かれました。
「私はむしろ中道、しっかりとこれを立ち位置として軸足を置いてやっていきたいと思いますので。その違いというものが、この国会の論戦を通じて、しっかりと国民の前にお示しできるように厳しく対決をしていきたいというふうに思います」
「改めて新しい枠組みでスタートしたので、やはり『対決より解決』『政策本位』で判断していくことが、より大事なのかなと思っています」
(「羽鳥慎一 モーニングショー」2025年10月22日放送分より)