アメリカのベネズエラ攻撃をめぐり、国際政治学者の舛添要一氏は「トランプの新帝国主義はアメリカが作り上げた戦後の国際秩序を根底から揺るがす危険な動きである」との懸念を示す。
2026年、年明け早々、世界は驚いた。特殊部隊「デルタ・フォース」を含むアメリカ軍が、ベネズエラの首都カラカスを攻撃。2時間ほどの作戦で、マドゥロ大統領と、その妻を拘束した。この攻撃で民間人を含む100人が死亡、アメリカ側の死者はゼロだった。
マドゥロ氏はその日のうちに、アメリカ・ニューヨークに連行され、施設に収容された。トランプ大統領は「マドゥロ氏が麻薬密輸の首謀者だ。今後アメリカ国内で行われる裁判で犯罪を立証できる圧倒的な証拠がある」と語った。
マドゥロ氏は、大量の麻薬をベネズエラからアメリカに密輸したとして、司法省に起訴され、懸賞金もかけられていた。その額、日本円にして約79億円。一方のマドゥロ氏は「私は無罪で真っ当な人間だ」と主張する。
主権国家に武力で侵入し、100人あまりを殺害。その国のトップを拘束し、連行・起訴するという行為に、世界は反発した。中国もロシアも「国際法違反だ」と非難。高市早苗総理は同盟国アメリカに配慮する形で、具体的な言及を避けた。しかしトランプ大統領は「我々は安全かつ適切で慎重な移行が実現するまで、国を運営するつもりだ」としている。
世界一の埋蔵量を誇る石油が、その背景にあると指摘されているが、国際法違反の疑いも、他国の主権無視とも言える行動も、トランプ大統領にかかれば、彼の大義が優先されるのか。
一方で、コロンビアで行われた集会では、「自由だ自由だ!とてもうれしい!ついに家に帰れる!」と自由到来を喜ぶ、ベネズエラ人の姿も。このニュースは、反対にベネズエラ側からみたら、どんなふうに映るのか。
ベネズエラの研究をして30年以上、実際に首都カラカスにも住んでいた経験を持つ、ジェトロ・アジア経済研究所主任研究員の坂口安紀氏に話を聞いた。
「大半は喜んでいるが、国内では怖くて、その喜びを公に表せない。人権弾圧の責任者が政権にしっかり残っているため、それを町中でみんなで喜べない。拘束されるから。このような状況では、秩序を守るために、一定程度アメリカがモニタリングしてくれる、関与してくれないと大混乱に陥るということも理解している人たちもいると思う」
ここで、ベネズエラの基礎知識を紹介する。南米大陸の北部にあり、面積は日本の約2.4倍。人口は約2600万人だ。世界有数の石油産出国で、原油の確認埋蔵量はサウジアラビアを上回る世界1位。政治体制は大統領制の共和国だが、権威主義国家で、事実上「独裁」国家だ。
1999年、反米左派勢力で石油依存からの脱却などを目指す「21世紀の社会主義」建設を標榜したチャベス大統領が就任。チャベス氏の死後、2013年にその方針を継承する形で大統領に就任したのが、今回拘束されたマドゥロ氏だった。
坂口氏は「『なぜ彼なんだ?』初めはびっくりした。就任した時も初めはオドオドしていていた。例えば麦わら帽子みたいなものを被って、帽子に鳥を刺して、『今朝、私の頭の周りを1羽の小鳥がずっと回っているんだ。あれはチャベス大統領が私にメッセージをくれているに違いない』と言って、何かあれば『チャベスだ』『私はチャベスの息子だ』と言いながら政権を担い始めた。そういうスタートだった」と振り返る。
そして、「なぜそんなそれほど強くないリーダーのマドゥロ氏が後継に指名されたかというと、おそらくキューバの信頼があったからだ。さまざまな政権運営に関して、フィデル・カストロ氏のアドバイスを得ていた」と推測する。
マドゥロ大統領の不運は、就任の翌年から始まった。2014年、1バレル100ドルあった原油価格が、一気に20ドル台まで下落。ベネズエラの経済成長率は7年連続マイナス、GDP(国内総生産)は5分の1にまで縮小した。さらに、ハイパーインフレで物価が1300倍に。トイレットペーパー1つに札束を抱えて買うような異常事態となった。
その後、何度か選挙が行われるが、その度に不透明なプロセスのまま、マドゥロ氏は一方的に「勝利宣言」を行う。さらに不透明な選挙は続き、国際社会から求められた説明責任を果たさないまま、2025年1月、3期目の大統領就任式を強行した。
2014年以降、政治社会情勢やインフラの悪化により、ベネズエラ国民の国外流出が増加。これまでに約790万人が、コロンビアやペルーなどに流出したと言われる。
坂口氏は「国内から食料品が消えたという中、国民の4分の1が、国の外に逃げざるを得なくなった。普通考えたら、そのような状況で政権が続いている、この間の選挙で勝ったと信じる方がおかしいが、そこでも体制を維持してきた理由は、国民に対する、また反政府派市民に対する、非常に強い弾圧を続けてきたからだ」と解説する。
しかも要職についている各トップが、石油利権や麻薬などなんらかの汚職に手を染めていると言われる状態だ。そんなベネズエラに対しアメリカは、2025年8月から軍事展開を進めていたと、坂口氏は指摘する。
「8月末から、ベネズエラの近海に海軍を集結し始めた。その間、裏で交渉しながら、例えば亡命を認めるなど、さまざまな交渉をしながら、マドゥロ氏に対して政権を降りるように求めてきた。しかし膠着(こうちゃく)して動かないため、プランBに切り替えたのだと思う」
ではなぜマドゥロ大統領は、交渉に応じなかったのか。そこにマドゥロ大統領側からみた、今回の真相が浮き彫りになる。
「まず中国とロシアは、例えば国連などの席で、口頭ではいくらでも支援をしてくれるが、実質的なサポートを、もう見限っていたと思う。彼らの支持が得られないことは、マドゥロ氏もおそらく分かっていた。人権侵害、反戦派の政治家や一般市民もたくさん殺してきた。拷問してきた人たち、麻薬に手を染めてきてきた人たち、彼らは自分たちが法の裁きを受けることは必須だ。だから、彼らは自分の身を守るためには、政権交代は絶対に困る」
さらに、マドゥロ政権の後ろ盾となっていたキューバの存在を指摘する。実際、今回の軍事作戦で30人以上のキューバ軍人や内務省職員が命を落としたとされている。「1月3日の攻撃は、マドゥロ氏が寝ている居場所と、ベネズエラ軍の基地と軍の空港。日中ならともかく、夜中の午前1時に、30人を超えるキューバ人の軍人たちがいたということ。通常であれば、国家安全保障上最も重要な地域で、どう考えても外国の勢力がそこにいてはおかしい地域だ」。
今回の事態をマドゥロ氏はどう捉えているのかと尋ねたところ、「これはマドゥロ氏に気持ちを聞いてみないと分からないが、(大統領職を)辞めたいと思っていたのではないか。それを、彼に辞められたら困る人たちに囲まれていた、ということではないか」と、意外な見解を示した。
トランプ大統領の動きについて、舛添氏は「国際法違反であり国連憲章違反で、こういうことをしてはいけない。ただ今までもアメリカはやってきている。パナマ運河のあるパナマでは、ノリエガ将軍が独裁をしていたが、1989年の年末に米軍が入り、1月にノリエガ氏を拘束した」と回想する。
また、「私自身の経験では、イラクに『自衛隊を派遣する準備をしろ』と派遣された。まだサダム・フセイン氏が生きている危険な状況の中で、2003年3月に命がけで行った。そしてその年の年末に、隠れていたフセイン氏が拘束された。死刑になったが、理由はイギリスやアメリカが言うには『大量破壊兵器をフセイン氏がいっぱい持っているため、危ないから入った』。しかしふたを開けたら、それはウソだった。アメリカは今回、明確にそれと同じことをやった」と指摘する。
マドゥロ氏の背後には、キューバの存在があるとされる。「キューバは親米的だったが、カストロ氏が1959年に革命を起こした。キューバはベネズエラ以上に、アメリカの“裏庭”にある。そこにカストロ氏が社会主義政権を作ってしまった。どうしても親米派は汚職腐敗にまみれていて、『けしからん』と国民が(反米派を)支持する」。
その後に起きたのがキューバ危機だ。「カストロ氏が当時のソ連から、ミサイルの材料をもらい、ミサイル基地を作ろうとした。そこでアメリカのケネディ大統領が1962年10月に海上封鎖して、ソ連のフルシチョフ首相に圧力をかけた。ソ連が降りて、ミサイル基地を撤去したため、キューバ危機はなくなったが、核戦争になる可能性があった。40年後にまったく同じことがベネズエラで起こっている」。
マドゥロ氏は、今後どうなるのだろうか。「国家元首は海外で訴追されず、してはいけない。訴追免除だ。アメリカは『マドゥロ氏は国家元首ではない。不当に選ばれた』と言っているが、建前上、国際法では国家元首を訴追できない。マドゥロ氏の弁護団は『国家元首は免責だ』と戦うと思うが、まだどうなるか分からない」。
(『ABEMA的ニュースショー』より)