5月3日、憲法記念日。例年この日は改憲派・護憲派が集会を開き、それぞれの立場からメッセージを出すのがお約束。護憲派の集会では、日本共産党の田村智子委員長が「憲法とは何か。国民が国家に二度と戦争をさせないという縛りではないのか。この縛りを破り捨てることを絶対に許すわけにはいかない」と語った。
一方、改憲派の集会にビデオメッセージを寄せた高市早苗総理は、例年になく熱がこもっていた。「議論のための議論であってはならない。政治家が国民の負託に応えるために行うべきなのは、決断のための議論だ」。
元々、改憲が持論の高市総理は、4月12日の自民党大会でも鼻息は荒かった。「日本人の手による自主的な憲法改正は、我が党の党是だ。時は来た。改正の発議にめどが立ったと言える状態で皆様と共に来年の党大会を迎えたい」。
高市総理が「時は来た」と言うのには理由がある。直近の衆議院選挙で、高市総裁率いる自民党が歴史的勝利を果たした。それにより、改憲の発議に必要な3分の2を超える議席を獲得し、憲法改正の第1関門を突破。歴代自民党政権で、改憲発議に最も近づいたからだ。
ジャーナリストの青山和弘氏は「2月の総選挙では、自民党を含む改憲に前向きな勢力が圧勝した。高市政権はさらに憲法改正シフトと言える人事も行い、機運はこれまでになく高まっている。しかし実現に向けては、まだいくつもの壁が残っている」とする。
憲法改正のために必要な手続き

そもそも、憲法を改正するにはどんな手続きが必要なのか。憲法改正のルールは「憲法96条」に書いてある。その変え方を、4つのステップで見ていく。
第1ステップは「原案の提出」だ。まず「憲法のここを変えたい」という提案(原案)を出すところから始まる。ただし、誰でも出せるわけではなく、衆議院で100名以上、参議院で50名以上の議員の賛成者、もしくは憲法審査会が提出して、初めて国会での議論のテーブルに載る。普通の法律の提案より人数のハードルが高く、「軽い気持ちで提案できないようにする」という意味がある。
第2ステップが「憲法審査会での審議」。提案が出ると、衆議院・参議院それぞれに設けられた憲法審査会という専門の会議で話し合いが行われる。専門家を呼んだり、各党の意見を聞いたり、じっくり話し合い、最終的に出席議員の過半数が賛成すれば可決される。
第3ステップは「衆参両院での本会議投票」。憲法審査会で可決されると、いよいよ国会の衆議院・参議院それぞれの本会議で投票が行われる。ここが最大のハードルで、両院それぞれで議員の3分の2以上が賛成しないと通過できない。衆議院は465人中310人以上、参議院は248人中166人以上の賛成が必要だ。ここで可決されることを「発議」といい、国会として国民に憲法改正を提案することを意味する。
最後の第4ステップが「国民投票」だ。最後の決定権を持つのは、私たち国民。国会で発議された通りに改正するのか、しないのか、国民投票に判断が委ねられる。投票できるのは18歳以上の国民全員だ。また一定のルール内で、政党が選挙の時のような活動ができる「国民投票運動」もある。
国民投票の投票用紙は、「賛成」か「反対」に丸をつける方式。投票した人の過半数が賛成すれば、正式に憲法が改正されることになる。しかし、日弁連(日本弁護士連合会)は「最低投票率が定められていない」と批判している。また、投票を促す政党の活動にも資金力の差などがあり、平等性を懸念する意見もある。
自民党の「党是」歴代総理の“意欲”と“挫折”

憲法改正は自民党の「党是」であり、結党以来70年変わらない「党としての根本方針」だ。1955年、結党と同時に示した党の綱領には「現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備を強力に実行し、もって、国民の負託に応えんとする」と書かれている。
それから70年。戦後のほとんどの時期、政権を担ってきたのは自民党だった。にもかかわらず、歴代総理の誰1人として憲法を変えることはできなかった。
鳩山一郎元総理(在任1954〜1956)は「憲法改正は必要だ」として、自分たちの手で憲法を作る、自主憲法制定論を高々と掲げた。しかし党内での対立があったり、衆参の選挙で3分の2には届かず、夢は頓挫した。
岸信介元総理(1957〜1960)は「自主憲法」を党是として明文化した改憲派の象徴だ。しかし1960年の安保闘争で、退陣に追い込まれた。
中曽根康弘元総理(1982〜1987)は「戦後政治の総決算」を掲げたが、大型の間接税の構想で支持率が下がり、改憲には結局手をつけられなかった。
小泉純一郎元総理(2001〜2006)は長期政権だったが、郵政民営化を最優先したため、改憲への意欲はあったが優先順位は高くはなかった。
改憲に近づいた安倍晋三元総理

そんな中で、最も改憲に踏み込んだのが、安倍晋三元総理だった。第1次政権(2007年)で憲法改正に必要な「国民投票法」を成立させ、明確に期限を切って改憲に舵を切った。
自民党憲法改正推進本部は、優先的な検討事項として「改憲4項目」を発表した。(1)「自衛隊は違憲だ」と言われないために「9条に『自衛隊を明記』」する。(2)大災害や戦争・感染症のときに、政府に権限を集中させ、すばやく動けるルールを憲法に書き込もう、という「緊急事態条項」の創設。(3)いわゆる「一票の格差解消」のために、人口が少ない県は隣の県と合体させた2県から議員を選んでいるのを、それぞれの県から選べるようにしようという「合区解消」。そして(4)「教育の充実」だ。
第2次安倍政権は、長期安定政権となり、連立パートナーの公明党に加えて、維新など改憲勢力が衆参両院で3分の2を超えた。安倍政権は悲願の達成に一番近づいていた。
実は、平成から令和への改元が、年度がわりの4月1日ではなく、中途半端な「5月1日」になったのにも、理由があったといわれる。「安倍氏はひそかに、大きな節目となる元号が変わる直前に憲法改正を発議するチャンスを狙っていた」(青山氏)。しかし、森友・加計問題などで国会は紛糾。憲法改正に向けて野党の協力、そして国民の理解を得る環境は整わなかった。
青山氏によると、安倍氏は当時、こう考えていたという。「安倍氏は『憲法改正を発議して、国民投票で否決されることは許されない。政権も倒れかねない』と考えて、踏み切ることはできなかった」。
高市総理の“悲願”に“9条棚上げ”の壁

安倍氏の後継者を自認する高市総理だが、悲願の改憲発議のネックは、参議院での「3分の2」だ。
参議院の総議席248のうち必要なのは166議席だが、現状ではわずかに足りない。カギを握るのが、立憲民主党と公明党、衆議院では「中道改革連合」となったグループの動きだ。
さらにここへ来て、現実的な提案が、国民民主の玉木雄一郎代表から飛び出した。「来春までに発議の目処を立てるというのであれば、9条改正に安易に手をつけない方がいい」。野党の中で反対論が根強い「9条改正・自衛隊明記」を棚上げし、“機が熟すまで”先送りしようというという考えだ。
戦後80年、歴代総理の誰もがつかめなかった“悲願”に、高市総理は「9条棚上げ」という現実路線で挑むのか。青山氏は「9条という本丸を避けるとすれば、期待外れとの批判は免れない。しかし、もし国民投票でNOと言われたら、当面改憲はできなくなる。慎重にならざるを得ない」と考える。
自民党内の「思想的温度差」と参議院を説得する秘策

青山氏が歴史をひもときながら、背景を解説する。「自民党の党是ではあるが、全員賛成しているかというと、そうではない。自由民主党は『自由党』と『民主党』がくっついてできた。そして“自由党系”と“民主党系”の大きな2つの派閥の流れが、今の政治にも残っている」。
流れとしては、「自由党系は吉田茂元総理、民主党系は鳩山氏や岸氏で、憲法改正に熱心なのは民主党系だ。岸氏は安倍氏の祖父。中曽根氏もどちらかと言えば民主党系で、自主独立を目指す意向から、憲法を改正したい」と説明する。
一方で、「吉田氏といえば『吉田ドクトリン』という言葉があるが、日本は自分で防衛をするというのは横に置いておいて、経済を重視しようと。だから最初は自衛隊を作るのにも慎重だった。大平派・宮沢派の宏池会、田中派・竹下派・小渕派の流れは、こちらだ。そうした派閥から総理が出ている時は、『憲法改正より経済だ』となり、あまり進んでこなかった。今でも自由党系と民主党系では、温度差が残っている」のだという。
元自民党衆議院議員の宮崎謙介氏は、「今までいろいろな人がトライしてきて、安倍氏でもできなかった。高市総理の今の状況は、もう一歩の所まで、今までで一番進んできた状況になっている。党内の議論を聞いても、護憲派は結構声が大きかったが、前のめりの議員がだいぶ増えてきた。『発議まで行くのでは』という見方をする議員が増えており、今年はひょっとしたらひょっとするかもという空気感ではある」と指摘。
この見立てに、青山氏も「十分あり得る」と反応する。「連立相手が維新になり、連立与党の中は前向きになっている。公明党というブレーキ役がいなくなった。衆議院では自民単独で3分の2を超え、国民世論も選挙でわかったので機運は高まっている」。
しかし「問題は参議院。参議院の議席は変わっていない。3分の2になるには、自民・維新に国民民主党を足してもダメ。まだ中道に合流していない公明党まで足せば、ちょうど166議席だが、公明党の理解を得るのは相当ハードルが高い」といった現状もある。
とはいえ、「緊急事態条項と合区解消の2つだけでやったらどうか」という案もある。「合区解消は参議院の悲願だ。今、参議院選挙では“一票の格差”問題で徳島・高知などが2県で1人になっている。参議院としては1つの県には最低1人の議員がいてほしいという理由で、参議院をなだめながら、緊急事態条項と併せてやろうと言っている」。
そして、青山氏は「ただ、憲法9条を今回棚上げするのはどうなのか」と問いかける。これに宮崎氏は「9条なしの改憲は気持ち悪い。いずれにせよ、憲法9条に触れないことはないだろう」とコメントした。
青山氏は「トランプ大統領のアメリカにもなかなか頼れないのではという状況で、『自衛隊の存在をしっかり書き込むべきだ』との要請は強まっている。そんな中で、最初の憲法改正が緊急事態条項と合区だけでいいのかには、まだ議論もある。ただし現実的に、高市総理が言うように来年発議の環境を整えたいのなら、そちらの方が楽なのは間違いない」と語る。
宮崎氏が党内事情を明かす。「自民党内の参議院が壁になっているという話がある。緊急事態条項で『災害などの際に、衆議院が解散しなくていい』となると、今の憲法上で有事には参議院が代わりをやる。自分たちの存在意義がなくなる。党内でも参議院側がブレーキをかけているという議論がある中で、どうまとめていくのか」。
このような事情から、青山氏は「だから合区とセットにすることで、参議院にも理解してもらおうとしている。そこがうまく行くか。まだいろいろなハードルがある。“憲法改正”と一言で言っても、何をどう変えるかで賛否は変わる。各党がどうなるかも含めて、まだまだ難しい調整が必要だ」と話す。
与野党のスタンスはどうなのか。「この前の選挙で、維新は微妙だったが、参政や国民、日本保守党など含めて、改憲勢力が圧勝した。中道やれいわ、共産、社民はかなり厳しかった。高市総理が『時は来た』と言うのは、そうした世論の雰囲気もある。ただ、参議院のことを考えれば、中道、特に公明党の協力も得なければいけない」。
加えて、「国民投票になったときに、野党が大反対している中で、本当に国会で押し切っていいのかという問題が出てくる。そこをどう判断していくか。ただ、全員が賛成しての発議はあり得ないため、高市総理がどこで踏み切るかが焦点になる」とする。
実現へのスケジュールは?2028年「国民投票」はあり得るか

改憲に向けては「(改憲勢力の)賛成をガッチリ固められるかどうか。9条の話でも、維新は自衛隊を書き足すだけの自民案には、あまり賛成していない。『戦力を持たない』と定める2項の改訂か、削除を求めている。戦力はもたないと(憲法で)いっているのに、自衛隊を書き込んでも『自衛隊は戦力だ』という矛盾が残るためだ。そうした調整も含め、9条改正には確かにいろいろ問題がある」。
緊急事態条項についても「参政党はコロナ禍の緊急事態における対応に、文句や注文がある。そうした点から改憲勢力をガッチリ固められるかと、野党の一部から協力をちゃんと取れるかどうか。特に中道、この前まで与党だった公明の意向をどう確認できるかがポイントとなる」と指摘した。
今後はどうなるのか。「これはまだ妄想だが、今年中に憲法審査会で調整して、だいたい何をやるかを決めていく。そして実際の条文を考える“起草委員会”を始動しないといけない。高市総理が言う『来年の春までに発議の環境を整えたい』は、各党の調整を終わらせて、ここまでが終わるかだ」。
その後は「実際に国会で審議して、3分の2以上の賛成を取る所に入る。来年の通常国会ならば最短だが、臨時国会や、再来年になるのかが問題だ。そして、国民投票だけで行うのが難しい、国政選挙とくっつけるとすれば、最短の国政選挙は2028年7月の参議院選挙。そこがおそらく国民投票の最短で、高市総理がなんとなく念頭に置いているのが、こうしたスケジュールだ。ただし過程で時間がかかると、さらにその後になる可能性も十分ある」と解説した。
(『ABEMA的ニュースショー』より)