8月末を期限として進められていた中道改革連合、立憲民主党、公明党の3党による合流協議が断念された。野党結集を目指した試みがなぜ破綻に至ったのか、テレビ朝日政治部の杉本慎司記者がその背景と展望を解説した。
衆院選不振の影響
合流構想の起点は、2月の衆議院議員選挙前に遡る。当時、連立政権を離脱して野党となっていた公明党と、勢力低下に悩む立憲民主党が、それぞれの打開策として合流計画を立ち上げた。しかし、選挙直前という時間的制約から、まずは衆議院議員のみが先行して合流する形で「中道改革連合」を結成した。参議院や地方組織は立憲と公明のまま残し、衆院選で成果を出した上で参院・地方も含めた完全合流を目指す計画であった。
ところが、結成して臨んだ衆院選で中道改革連合は振るわず、大量の落選者を出した立憲出身者側から不満の声が上がった。その結果、完全合流に向けた議論は停滞し、衆議院は中道、参議院と地方は立憲・公明に分かれた不完全な体制が継続することとなった。
国会での政策連携を模索しつつも「衆院のみ中道」という構造に限界が見え始める中、当初の約束である完全合流を求める公明党の働きかけもあり、今年7月から本格的な3党合流協議がスタートしていた。
地方組織の拒絶とトップダウン主導の反発
7月から2カ月間にわたり進められた協議では、高市政権に対峙する野党勢力を築くという共通目標は掲げられていた。しかし、合流に前向きな公明党および中道側と、慎重姿勢を崩さない立憲側という対立構図は最後まで解消されなかった。
立憲側が慎重姿勢を崩さなかった最大の理由は、地方組織からの強い反対である。来年春の統一地方選挙に向け、立憲は合流せず単独で戦う方針を事前に決定していた。そのため、地方議員や現場から「直前まで立憲として活動し、なくなる予定の政党として支援を求めるのは不合理だ」と強い反発が上がった。中道結成時に国会議員主導のトップダウンで急遽党が作られたことへの不信感も根強く、党本部や執行部はボトムアップを重視する地方の意見を受け入れざるを得ない状況に追い込まれた。
一方、早期の完全合流を求めていた公明党に対し、立憲側の難色が示されたことで「公明と中道による先行合流」案も浮上した。しかしこれに対しても、中道の元立憲系議員らから「公明党色が強まりすぎる」との警戒感が示され頓挫した。合流も先行案も進まない事態を受け、公明党側も中道からの撤退方針を固めるに至った。
「協議離婚」後の不透明感
今回の協議断念により、所属議員49人(公明系28人、立憲系21人)を抱える中道改革連合は公明系が離脱し、事実上の解体へと向かう。
中道の小川代表は党首会談において、3党を1つに束ねる合流構想を終了させ、今後は別々の政党として統一会派を組むなど「新しい形態」で連携を目指す意向を示した。中道側は今回の決定を「協議離婚するだけで今後の関係性や目指している理念・目標は変わらない」としているが、一度破綻した合流構想の再構築は極めて困難との見方が強い。
また、立憲系議員の間でも意識の乖離が目立っている。現実路線を選択して中道に残りたいと考える議員と、立憲民主党の理念への回帰を望む議員に分かれており、中道に残される形となった立憲系21人の今後の動きも不透明だ。一部では「護憲リベラル共生(略称・ゴリラ)」といった新しい政治団体を立ち上げる動きも見られ、野党勢力の細分化が進む可能性がある。
「自民一強」が加速?
野党第1党グループにおける一連の混迷は、与党である自民党・高市政権に対して有利に働いている。与党内からは「野党の混乱が追い風になっている」といった見解が出されており、野党としてのチェック機能が低下しているのが現状だ。
政権交代の選択肢となり得る「2大政党制」の確立を目指した3党合流協議であったが、思惑のズレと地方組織の不信感を払拭できぬまま破綻を迎えた。一強体制を維持する与党に対し、細分化が進む野党側が今後どのように再編や対峙を図っていくのか、今後の動向が注視される。
(ニュース企画/ABEMA)