中道改革連合が、結党わずか7カ月で事実上の解体となった。
2026年1月、自民党と連立解消したの公明党・斉藤鉄夫代表と、立憲民主党・野田佳彦代表(いずれも当時)が7日間で新党結成。しかし総選挙で歴史的大敗を喫した。
「構想はずっと練っていた」急場しのぎを否定
中道の共同代表となった野田氏は、1月18日のABEMA的ニュースショーで、「『暴走する昭和のおじさんたち』と言われるが、急遽あわててやっている話ではない。去年の秋に公明党が連立解消した後から、構想はずっと練っていた。まさに乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負だ」とコメントしていた。
また、同じく共同代表となった斉藤氏は「今回は分断と対立が激化する世界にあって、中道勢力の塊を作っていこうという、ある意味では歴史的な一歩だ」と意気込んでいた。
2025年10月、公明党が「政治とカネの問題」を理由に連立離脱。すると2026年1月9日、読売新聞が“高市早苗総理の衆院解散検討”を報じた。そこから12日に党首会談、15日に話がまとまり、16日に党名が決まる。そして22日に160人あまりの議員が結党集会に参加し、23日の衆院解散に至った。
「失敗許されない」覚悟を示すも…
ジャーナリストの青山和弘氏は当時、「『顔もわからない』『年齢が上に見える』という声は、間違いなくある。あえて“顔”を変えて、新党の“顔”を別の人にと考えなかったのか」と質問。これに野田氏は「多くの仲間が立憲民主党を離党して入っていくという政治決断、失敗も許されない。覚悟を持った人がリスクを背負いながら、責任を持って道筋を作っていく」と返した。
中道の比例代表名簿の上位には公明党出身者が据えられた。野田氏は「立憲民主党の左派の中道への入党は審査するか」との問いに、「排除の論理は取らない。(我々の理念を)理解して入ってくれるならウエルカム」と説明していた。
中道は公示前167議席だった。しかし2月8日の投票日、比例で1043万票を得票したが、比例区当選は公明出身の28人。立憲出身者で、近畿より西で比例復活した議員は1人もいなかった。
立憲出身者は「7人に1人」のみ当選
202の小選挙区に候補者をたてるも、ことごとく落選。埼玉では10人全員が落選した。小選挙区で当選したのは、わずか7人。167議席から49議席と、3分の1以下に減らした一方、公明出身者は公示前の24人から28人に増えた。
立憲出身者は合流前の148人から21人と、当選したのは7人に1人のみ。小沢一郎氏、岡田克也氏、枝野幸男氏、安住淳氏といった大物議員が落選した。一方で、勝った自民党は戦後最多の316議席を獲得して、戦後初めて単独で3分の2を超えた。
この結果を受けて2月9日、野田・斉藤共同代表が辞意表明。党は5月12日に「立憲民主党と公明党の支持基盤と得票実績を勘案すれば、一定の議席を確保できるとの前提が最大の誤算だった」と総括した。
青山氏は「従来の支持者に合流への拒否感が強いことを読み誤った。また、選挙目当ての理念なき合流に見えて、無党派層がそっぽを向いた。これでは勝負にはならない」と分析している。
“元サヤ”の可能性には「有権者を愚弄」
青山氏は1月の段階で「選挙が終わったら『選挙が終わったんで、元のサヤに戻ります』となると、なぜ投票したのか分からなくなる。『まさかそんなことを考えてないですよね?』ということだけハッキリしてほしい」と求めていた。
これに野田氏は「それは考えていない。『便宜的に今回だけ新党を作った』、こんな有権者を愚弄(ぐろう)する話はない。覚悟を決めて新党を作って、きちっと参議院でのグループを作り、合流する。地方議会の人が入らなかったら、国民政党ではない」と断言していた。
中道・公明・立憲の幹事長は4月、来年の統一地方選の協力で合意。7月には8月末をめどに協力のあり方について結論を得るとした。ところが8月27日、立憲の田名部匡代幹事長が「立憲として8月末までに合流すると判断することは難しい」とコメントした。
そして28日、3党の党首が顔を合わせ、立憲・水岡俊一代表は「中道への組織的合流はしない」と決めた。立憲は代わりに統一会派の結成を持ちかけたが、公明・西田実仁幹事長は「根本の政策が一致していない」と返答。31日に3党は合流を断念した。
地方議員からは「立憲存続」求める声が
中道結党時には、参議院と地方議会の議員が、後から合流する算段があった。しかし7月末に立憲の東京都連が行ったアンケート(143人)では、回答の8割が「立憲の存続を明確に求める」というものだった。
これについても青山氏は、結党時に「もっと地元レベルでつながっている。地方議会も、例えばPTAや自治会でも、自民党の支持者と一緒にやってきた人が多い中、非常に複雑な感情を持っている人が多い」と指摘していた。
青山氏の取材によると、元立憲幹部は「一緒の党になるのは、最初から無理があった。自民党と公明党も連立は組んでいたが、1つの党にはならなかった」と話していたという。
政権交代の受け皿消滅は「民主主義の危機」
議席は大きく減らした一方、比例で中道は1043万8802票を獲得。自民が約2103万票、国民民主が約557万票、維新が約494万票だったことを考えれば、投じられた票は重い。
「中道リベラルの結集を目指した中道改革連合の解体は、左右のイデオロギー対立を軸とした“戦後レジーム”の終わりを意味する。また、自民党に代わる政権交代の受け皿も消滅し、民主主義の危機でもある」(青山氏)
合流は断念したが、3党の党首は、これまで通り協力していくと確認した。残された議員もまた、衆議院でもう一度同じ会派を組む相談をしている。
(『ABEMA的ニュースショー』より)