パラオ・ペリリュー島とは 戦後も34人の“洞窟戦”[2015/04/08 16:18]

 太平洋戦争で、パラオでは多くの日本軍兵士が犠牲となりました。日本から南に3000km離れたパラオは当時、委任統治領として日本のもとに置かれていました。ペリリュー島には、日本軍の巨大な基地が造られ、「東洋一の飛行場」といわれました。太平洋戦争末期の1944年9月15日、アメリカ軍が上陸作戦を開始し、約2カ月半に及ぶペリリュー島の激戦が始まります。迎え撃つ約1万人の日本軍は徹底抗戦しましたが、アメリカ軍の圧倒的物量に対し、ほぼ全滅。一方、34人の日本兵は洞窟に潜みながら、終戦後も2年間、戦いを続けました。ペリリュー島の激戦で、日本軍約1万200人、アメリカ軍は約1700人の戦死者を出しました。

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