皇后さまの和歌7首見つかる 疎開先や東京での生活[2019/04/27 15:59]

 皇后さまが終戦から間もない時期に疎開先や東京での生活を詠まれた貴重な資料、7首の和歌が見つかりました。

 短歌雑誌「心の花」は皇后さまの祖母が会員だったことから、皇后さまの歌も投稿されていました。1946年7月号から翌年の9月号にかけて、合わせて7首が掲載されています。疎開先だった群馬県館林市の自然豊かな風景や空襲の爪痕が残る東京での生活を詠まれていたとみられます。
 「心の花」主宰・佐佐木幸綱氏(80):「このころは大変だった。車両が燃えているから(電車の)数が少なくて、混んで混んでもうすごかったですよ。窓ガラスがない、電車のガラスが。あいたままで冬は寒くて仕方がない」
 皇后さまと約40年の親交がある女性が以前、この雑誌のコピーを皇后さまに見せた際の様子を明かしてくれました。
 皇后さまと親交がある蔵田道子さん(84):「まあ懐かしい!と笑顔でおっしゃっていたのを思い出します。本当にお喜びのようでしたから、そのまま(雑誌の)コピーを差し上げて。館林市に疎開なさって、おばあさまと一緒に生活していたことなどを思い出されたんじゃないでしょうか。とてもうれしそうでした」
 皇室の歴史に詳しい名古屋大学大学院の河西秀哉准教授は「皇后さまの子どものころの実際の資料が見つかるのは非常に珍しい」と話しています。

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