叫ぶように泣く心愛さん 虐待死 父親初公判の全て[2020/02/22 02:28]

 去年1月、千葉県野田市で当時小学4年だった栗原心愛さんが虐待され、死亡した事件から1年。被告となった父親(42)の初公判が21日に開かれた。父親は心愛さんに対する傷害致死や強要など合わせて6つの罪に問われている。心愛さんの母親の裁判は昨年5月に行われた。裁判では、父親からのDVを受け、次第に心愛さんへの虐待を容認してしまった経緯が明らかになり、母親には執行猶予付きの有罪判決が下された。今回の裁判では、父親が行ったとされる様々な虐待行為がどのように明かされるのか。本人は虐待行為を認めるのか。県や野田市の職員など434人が傍聴券を求めて地裁に並ぶなか、裁判は始まった。

―“鬼のような父”その姿
 「あんなことをした父親はどんな人物なんだ」。皆が注目するなか、午前11時に父親が入廷した。黒のスーツに青のネクタイ。髪の毛は短く、坊主が少し伸びたくらい。唇を真一文字に結んでいる。逮捕時にニュースに出ていた写真よりは少し老けたように見えた。家庭というブラックボックスの中で心愛さんを絶望させるような暴力や支配を行った。そんな父親には見えなかった。

―涙の謝罪
 この裁判では「起訴内容を一つひとつ起こった日時の順に説明し、その都度、事実に間違いはないか被告に確認する」と裁判長から説明があった。検察側が1つ目の起訴内容「心愛さんへの暴行」を説明した後だった。
 父親:「最初に一言申し上げてよろしいでしょうか」「私の気持ちです」
 用意した文書を手元に置いた。
 父親:「私は事件が起きてから今日まで、娘にしてしまったことはしつけの範囲を越えてしまったものだと深く後悔しています」「未来のみーちゃん(心愛さん)の姿を、私も家族も見るのが楽しみだったので、みーちゃんには深く謝ることしかできません」「みーちゃん本当にごめんなさい」
 涙声で心愛さんへの謝罪を口にした。

―虐待行為の否定
 検察官から読み上げられた起訴内容、1月24日、自宅の浴室で冷水のシャワーを浴びせ、十分な食事や睡眠を取らせず、衰弱させ死亡したことについてー
 父親は「罪については争いません」としたものの、「娘をリビングや浴室に立たせ続け、肌着のみの状態で暖房のない浴室に放置して十分な睡眠を取らせなかったこと、浴室に連れ込んで冷水のシャワーを浴びせ続けたことはしていません」。心愛さんが死亡するに至った行為については否定した。また、心愛さんが小学校のいじめアンケートに書いた言葉「お父さんに暴力を受けています。先生どうにかできませんか」。アンケートの直前に父親が心愛さんに対し、頭部を殴るなどの暴行を加えたことについて、この事実についても父親は否認した。冒頭の心愛さんに対する謝罪は何だったのか、昼のニュースを前に現場は混乱した。直後に中継で話す記者たちは、心の整理がつかないまま、地裁の階段を駆け下りていった。

―虐待のきっかけ
 検察側の冒頭陳述が始まる。父親は妻とは一度離婚し再婚している。心愛さんは1回目の結婚時に生まれたことを検察官が話す。そのうえで、虐待が始まった動機として「被告が再婚してまもなく次女が生まれたことで、心愛さんを次第に疎ましく感じるようになった」「気に入らないことがあるとストレスのはけ口として繰り返し虐待した」と指摘。心愛さんが死亡する約1年半前から父親による虐待が始まったと明らかにした。

―弁護側「事実と異なる」
 弁護側は反論した。
 「アンケートに書かれた暴行は行っていない」「シャワーをかけたのは心愛さんが暴れたので、落ち着かせようとしたため」「日常的に虐待はしていない」と検察側の主張とは違う部分があるとした。改めて、父親側は反省の言葉を涙ながらに口にした一方、心愛さんに行ったとされる暴行行為は事実と異なると主張している。記者はモヤモヤとした気持ちを抱えたまま。裁判は昼の休廷に入った。

―事件の直後、通報の音声
 午後からは証拠の審理に入った。
 「通報の音声を今から再生します」
 検察官が、心愛さんが浴室で死亡した際の父親が110番通報した7分間のやり取りを流すと言った。隣に座っていた記者と顔を見合わせた。事件直後の様子が明らかになる、と。
 「えっと、自分の子どもが動かなくなっちゃいまして」「子どもが家の中でけんかになって、暴れて風呂場に逃げ込んで、水とか出したりして」「頭を冷やすようにシャワーを出したんですけど、頭を打って動かなくなっちゃって怖いんですけど…」「呼吸はしていないです」
 父親は終始、淡々とした声で状況を説明していた。自分の子どもが呼吸をしていないのにまるで他人事のように話していた。その後、現場に駆け付けた救急隊員の供述調書が読み上げられた。
 「男性の態度はそっけない、イライラした感じに思えました」「女児は呼び掛けに反応はなく、気道・下あごに硬直が見られ、女の子の両目を開けて調べたところ、瞳孔が5ミリ大に拡大し、死斑も確認できました」
 心愛さんは手の施しようがなく、病院に搬送はされることはなかった。
 「その後、心電図を取る際に左右の鎖骨部分にあざが確認されました。虐待の可能性があると考え、他の隊員に現場保存を命じました」
 隊員は一目でこの状況はおかしいと感じていたことが明らかとなった。この間、父親はまっすぐ前を見据え、表情を変えることはなかった。

―「家族外秘」心愛さんに伝えた想定問答
 検察側証拠として、心愛さんが「お父さんに暴力を受けています」と書いたアンケートのほか、「家族外秘」と書かれた文書も示した。
 「早く家族4人で暮らしたい」
 児童相談所が訪問した際に、父親が考えた心愛さんが答えるべき内容が書かれていた。心愛さんが発してきたSOS。父親によって、一つひとつ潰されていったのか。自宅からは心愛さんが書いた反省の手紙も見つかった。
 「今日はもうしわけありませんでした」「これからはお手伝いをします」「本当に申し訳ありませんでした」
 心愛さんはどうにか父親に許してもらいたくてこの手紙を書いたのだろうか。聞いていて胸が詰まった。

―法廷に響いた心愛さんの叫び
 父親のパソコンや携帯電話に保存されていた画像や動画が検察側から示された。検察側から、「少し衝撃が強いかもしれないが、当時の心愛さんが置かれていた状況を理解するために52秒の動画のうち、5秒間だけ流す」と説明があった。

 静まり返る法廷のなかに心愛さんの泣き叫ぶ声が響き渡った。心愛さんは叫ぶように泣いていた。心愛さんの心の叫びのようだった。傍聴席には大泣きする声だけが流れたが、裁判員には動画が見えていた。その直後、裁判長が「ちょっと休廷します」と慌てた様子で話した。何があったのかとメモを取っていた顔を上げると、裁判員の1人の女性が泣いていた。ばたばたとした様子で裁判は休廷となった。父親も何が起きたのか分からないようだった。15分後、裁判が再開されると女性の姿はなかった。裁判員が1人補充され、裁判は再開した。

―祖父の葛藤と後悔
 被告の父であり、心愛さんの祖父の供述調書が読み上げられた。心愛さんは死亡する2年前と、死亡する半年前から1カ月前の間、父親の暴力から逃れるため、祖父の家で暮らしていた。その間、心愛さんは本当の家族のように楽しく暮らしていた。祖父は心愛さんの体にあざがあることを、妻(被告の母)と娘(被告の妹)から聞いたという。
 「私は虐待を認めたくない気持ちが半分と、息子を通報するのに抵抗する気持ちが半分だった」「通報すれば、父親が仕事を失い、家族は生活することもできなくなる」
 祖父は家族を守る必要があると考え、通報をしなかった。
 「私たち大人が心愛を助けてあげればよかった。甘い認識のせいで心愛を助けてあげられなかったことは申し訳ない」
 検察側が示した数々の証拠書類では、色々な大人が虐待に気付いていながらも心愛さんを助けることができなかった、その悲しい現実が改めて示されたのだった。

―おわりに
 初公判は終わった。この日まで、父親はどんな姿で法廷に現れ、どんな言葉を発するのか、様々な想像をして当日を迎えた。心愛さんに対する謝罪の言葉は聞くことができたが、一つひとつの暴行の行為については否認した。この事件後、多くの大人が悩み、苦しみ、「心愛さんの死を無駄にしてはならない」と再発防止のために奮闘してきた。当の本人が今後の裁判で何を思い、何を話すのか。次に父親が口を開くのは来月4日に予定されている被告人質問だ。

(社会部DV・児童虐待問題取材班 笠井理沙、鈴木大二朗)

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