社会

2020年3月17日 18:50

死刑判決で終わらない 障害者が生きやすい社会へ

2020年3月17日 18:50

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 「死刑」という言葉を植松聖被告(30)は静かに聞いていた。目はまっすぐ裁判長に向けられていた。閉廷が告げられると、植松被告は突然、右手を挙げ、「最後に一つだけ」と発言の機会を求めた。しかし、裁判長はこれを認めず、裁判は終了した。何を言おうとしていたのかは分からない。13日に横浜拘置支所で接見した際は「判決の後に、大麻は必要だと訴えたい」と話していたが…。


 2016年、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害されて26人がけがをした事件の裁判員裁判。横浜地裁の青沼潔裁判長は16日午後、施設元職員の植松被告に死刑判決を言い渡した。

 今年1月に始まり、16日間の審理を重ねた。最大の争点は、植松被告の刑事責任能力の有無と程度だった。検察側は、精神鑑定の結果をもとに「完全責任能力があった」として「死刑」を求刑していた。これに対し、弁護側は事件当時、植松被告には大麻の乱用で精神疾患があり、「別人格だった」などとして「無罪」を主張した。

 上下スーツ姿の植松被告は、落ち着いた表情で入廷した。豊かな髪は束ねられ、背中に掛かっている。冒頭、裁判長が「判決主文は最後に言い渡します」と話すと傍聴席は「やはり死刑か」という空気に包まれた。死刑が言い渡される時には、主文が後回しにされることが多いからだ。しかし、植松被告は動揺するようなそぶりは見せず、「はい」とはっきりした声を返した。

 判決理由の読み上げが始まった。植松被告が刃物などを事前に準備していたこと。話すことができない入所者を選んで迷いなく次々に刺していったこと。犯行は計画的かつ強烈な殺意によって実行された。また、逮捕されることを理解したうえで警察署に出頭したこと。これは違法性を認識していた根拠とされた。そのうえで、「大麻などによる精神障害が影響を与えたとは考えられない」と指摘し、「完全責任能力があった」と認定した。量刑の理由として、「19人もの人命が奪われた結果は他の事例と比較できないほど甚だしく重大」「犯行に至った動機も酌量の余地は全くなく、厳しい非難は免れない」などと指摘し、死刑判決を言い渡した。

 ただ、この裁判の真のテーマといっても良い植松被告の差別的思想への評価は淡白だった。植松被告は法廷でも「意思疎通が取れない重度障害者は安楽死すべき」という考えを何度も披露してきた。これに対し、判決が言及したのは、この一言だけだった。「そのような考えは、到底是認できない内容だ」。

 この判決を事件の被害者家族はどう受け止めたのか。19歳の娘・美帆さんを殺された母親はこうコメントした。「当然の結果だと思う。悲しみは変わらない。けれど一つの区切りだと思う。大きな区切りではあるけれど、終わりではない。19の命を無駄にしないようこれから自分のできることをしながら生きていこうと思います」。

 長男が重傷を負った尾野剛志さんは、初公判から欠かさず法廷で植松被告を見つめた。判決については「遺族や被害者家族が望んだ結果になって少しほっとした」と述べた一方で、「日本は差別社会だ。弱い人たちへの差別や虐待が横行している」「この裁判は通過点。少しでも障害を持った人たちの境遇が良くなるような世の中になるよう活動していきたい」と訴えた。

 裁いた側からは植松被告はどう見えていたのか。裁判員を務めた60代の男性はこう話した。「植松被告が最初から最後まで、反省や障害者に対する否定的な考えが変わらなかったことが非常に残念」「まだまだこの世の中が障害者にとって生きやすいものになっていないと思った」。

 植松被告の裁判は終了し、事件は3年8カ月で一つの区切りを迎えた。しかし、事件に巻き込まれた人たち、裁判に関わった人たちは、社会には障害者に対する差別的な風潮が少なからず残っていると話す。

 殺害された43歳の男性入所者の姉は、「こんなことが二度と起こらないように、障害を持った人たちがどんなふうに生きているのか、今を生きている障害者たちの現実の姿を、もっと世間の人に知ってもらいたい。その人たちがこれからもっと生きやすい社会になるようにしてほしい」と語った。

 この裁判は、差別的で身勝手な考えに突き動かされた男が死刑判決を受けたという結末だけで終わってはいけない。障害者に対する差別的な考えは植松被告だけに限らず日本社会に今も根強く残っている。この裁判のもう一つの意味は、障害者などの弱い立場の人たちが生きやすい社会を作るためにどうするべきなのか、社会全体で見つめ直すことでもある。これまで目を背けてきた問題に正面から取り組むためにも、この事件を風化させてはならない。

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