心愛さんの死 父への判決 何を学ぶべきなのか[2020/03/20 03:01]

 「主文、被告人を懲役16年に処する」
 去年1月、千葉県野田市で当時小学4年だった栗原心愛さんが虐待されて自宅で死亡した事件。先月から行われた裁判の判決が19日に言い渡された。被告は実の父親。心愛さんに食事を与えず、真冬に風呂場で立たせ続け、冷水のシャワーを顔に浴びせ続けたうえで死亡させたとする傷害致死の罪について「争わない」としていた。その一方で、殴る蹴るといった暴行、シャワーを顔に浴びせ続ける行為については「していません」と否定し、「日常的な虐待は行っていなかった」「心愛が嘘をついている」と妻や他の証言と大きく食い違っていた。実質的には否認事件だった。全部で6つの罪に問われた被告に対し、千葉地裁はそのすべてを認め、検察側の求刑18年に対し、懲役16年という傷害致死罪としては非常に重い判決を言い渡した。

ー“作り上げたストーリー”一切認められず
 裁判では、検察側は被告の妻である心愛さんの母親の証言が最重要証拠として示してきた。2日間にわたり、法廷で証言した心愛さんの母親の口からは、被告の虐待行為によって衰弱していき、死亡した心愛さんの様子や被告から自身に向けての暴力や精神的な支配も証言された。こうした証言や心愛さんが周囲の大人に伝えた虐待の訴えを父親は自分なりのストーリーで話し、「心愛の話は嘘」「自分は事実だけを述べている」と主張してきたが、判決で、被告のそうした証言は「自己の責任を心愛さんや妻に転嫁し、2人の人格を貶め不合理な弁解に終始しており、およそ自らの罪に向き合っているとは言えず、反省というものは見られない」と一蹴された。

ー被告への強い非難
 「周囲が天真爛漫と評し、なお無邪気なまま人の善意を信じて育つことが許される年頃の女子児童が生命を失うほどのストレスにさらされたというのは、尋常では考えられないほどに凄惨で陰湿な虐待であったことを雄弁に物語っている」
「しかもー」裁判長は続けた。
 裁判長:「被告は起訴されているだけでも1年2カ月の長期間にわたり、断続的に虐待を繰り返した挙句に心愛さんを死に至らしめている」「屈伸を無理強いしたり、トイレに行くことも許さないほど、ひたすら苦痛を与え、生理的欲求に対してもこれを制限してコントロールするなかで、それに屈する心愛さんの屈辱的な姿をこれみよがしに撮影するなどして徹底的にいじめ、支配しようとした」「(心愛さんが死亡する1カ月前から)顔面に変色や腫れが生じるほど過度な暴行を加え、理不尽な不満のはけ口として虐待を常習化させ、エスカレートさせるとともに嗜虐の度も高めてきたことが見て取れる」「すでに自我を持つ年齢となっていた心愛さんの人格と尊厳をも全否定するものであった」
 裁判長は被告を断罪した。量刑の理由が読み上げられている際も、父親はいつもの調子で背筋を伸ばし表情を変えることなく、正面を、虚空を見つめていた。どこか他人事のように思っているのでは、そう感じられた。

ー周囲の大人が心愛さんを救えなかったのは「遺憾」
 事件後、児童相談所が一時保護を解除したことが明らかになり、周囲の大人がなぜ救ってあげなかったのかと児童相談所に対して強いバッシングが起こった。裁判長はこのような児童を守る社会のシステムがなぜ機能しなかったかにも触れ「遺憾な点は皆無であったということはできないように思われる」と児童相談所の責任についても触れたが、「それらが介入したり機能したりすることを困難にしたのは、被告人自身であって、虐待が長期にわたり、悲惨な結果をもたらしたすべての責任は被告人にあると断じざるを得ない」とした。

 また、母親が心愛さんを救えなかった点についても触れた。
「被告人の支配の対象は妻も同様であり、これが心愛さんから唯一にして最後の救いを奪い、心愛さんを完全に孤立無縁としたものだった」
 心愛さんを救えなかったのは周りのせいではなく、すべて被告自身であると裁判長は批判した。これまでの専門家の検証でも心愛さんを救うチャンスは何度もあったと指摘されている。その芽はすべて、実の父親である被告に摘み取られていった。モンスターのような親から一時的に子どもを引き離しても、いつかは家に戻さなくてはならない。措置や治療をするシステムが一番必要だったのは親の方なのではないか。裁判長の言葉を見返して感じた。

ー「なんでこんなひどい目に…公平に見るのが辛かった」
 判決後、参加した裁判員6人がカメラの前で取材に応じた。事件の重大性、虐待を繰り返してはいけないという思いから裁判の正直な感想を丁寧に語ってくれた。
 裁判員は公判のなかで、被告が心愛さんを虐待する様子を撮影した動画や写真を証拠としてみている。子どもが2人いるという裁判員は自分の子と重なってきて見ていて辛かったという。また、別の女性の裁判員は「なんでこんな目にあわなければならなかったのかと思うなかで、被告人に対して公平な目で見なければと思っていたことが辛かった」と涙を浮かべた。

 傷害致死罪としては重い判決となったが、裁判員からは懲役16年でいいのかという苦悩があったという。裁判を通じて「被告は罪に向き合えていない」「心愛さんへの涙には感じなかった」としたうえで、「虐待は長い期間で、拷問といってもいいようなことをして死亡させた。殺意の有無とはなにかと考えた」「傷害致死罪という事件の幅もいろいろある。どうして虐待罪はないのか疑問に思った」「想像を絶するような虐待が起きないように裁判を機に虐待の厳罰化など考えてほしい」、複数の裁判員が語った。

―虐待を認識していない
 この判決を父親はどんな思いで聞いたのか。父親の家族を支援するNPO法人WorldOpenHeartの阿部恭子理事長は、今月に入り3回、父親と接見した。直接話をするなかで、父親が「虐待を認識していない」と感じたという。

 NPO法人WorldOpenHeart・阿部恭子理事長:「彼が、虐待ということを認識していないし、多分虐待とかDVとか、支配ということの捉え直しが全然できてない、説明もちゃんと受けていないんじゃないかと思うんですね」「彼自身が虐待を認識していないので、彼の中で考えている虐待と世の中が提示している虐待、全然違うんですよね」「私からすると反省していないというよりは、自分がどういう状況にあるというのを、ちゃんと誰も説明してあげてないので、逮捕の、犯行当時の、父親の、そのまましゃべっている状況になっているというふうに感じます」

 判決数日前の面会で、阿部さんは父親に「子育ては大変だったか」と尋ねた。「叱り方や距離感が分からなかった」「誰にも相談できなかった」という答えが返ってきた。
 事件の背景に何があったのか。父親は何に悩んでいたのか。阿部さんは、これからも家族とともに父親と向き合い、更生につなげていきたいと話す。

―「二度と起こしてはいけない」
 心愛さんの死をきっかけに、千葉県と野田市は児童相談所などの対応に問題はなかったのか検証を進めてきた。県の検証委員会委員長を務める川崎二三彦さんも連日、裁判を傍聴した。

 千葉県検証委員会・川崎二三彦委員長:「今回の事件は改めて、私が想像している以上の過酷な虐待であったなと思いまして、それを考えると本当に亡くなった心愛さんがどんな思いをしていたのかと、それを考えると本当に、まあ大変、残念な事件であった」「こういうことを本当に二度と起こしてはいけないなと、そういうことを強く感じました」

 虐待から子どもを守る児童相談所。時には被告のような、威圧的な父親に向き合わなければならない。この裁判を通して、今後の課題も見えてきたという。

 千葉県検証委員会・川崎二三彦委員長:「お父さんを、こうしたすべての状況からですね、 どういう人なのかということをより深く、理解をしていく必要はあるかなと」「こういう方がいるんだというのも含めてですね、 どう対応していくかというのを考えるためには、このお父さんを理解していくということがですね、今後の私たちの課題になるのかなと」

 事件後、国は児童福祉法を改正し、児童虐待への対応を強化した。児童相談所の職員が、被告のような保護者に対峙するとき、保護解除後の保護者との関係を考え、子どもを保護することにためらいが出ることは少なくないという。そのため、子どもを保護する「介入」と、保護解除後の「支援」を別の担当者にするよう体制づくりを始めている。
 事件前、「介入」と「支援」の担当者を分けるとした児童相談所は40%だった。ANNが全国215の児童相談所に質問したところ、法律が施行される来月以降、「分ける予定」と答えたのは87%と倍増した。「事件を繰り返さない」という、意思が感じられる結果となった。
 ただ、職員数の少ない児童相談所では「担当者を分けたくても人手が足りない」という声も聞かれた。子どもたちを守るための課題はまだ残されている。

―罪と向き合う
 16年という「重い判決」を心愛さんの父親はどう受け止めたのか。「虐待を認識していない」とするならば、まずは心愛さんに向けた数々の暴力を正当化する自身の世界から抜け出さなければならない。そして、「なぜ心愛ちゃんに虐待を繰り返したのか」その理由を自分の言葉で話せるようになってほしいと願う。
 愛する我が子を痛めつけるほどの理由を探すことは、苦しみや痛みを伴うものになるだろう。自分の心にどんな闇があったのか、家族や支援者の力を借りながら、向き合ってほしいと思う。

(社会部DV・児童虐待問題取材班 笠井理沙 鈴木大二朗)

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