“コロナデマ”追跡 見えてきた“伝える側”の課題[2020/08/27 21:18]

「新型コロナに感染したことを責められ自殺」…
正直に言うと、SNS上で最初にこの情報を見つけた時に、「とうとう出てしまったのか」と思ってしまった。
だが、取材するとそれは“デマ”だった。
新型コロナウイルス感染症に関する差別やデマは全国で相次いでいる。
背景として見えてきたのは、「こういったことがあってもおかしくない」と感じさせる“空気”だ。ではその“空気”を作り出したのは何だったのか。

◆群馬県内で流れる「コロナで自殺」「退学」「退職」の情報

8月上旬。群馬県内で、ある事件を調べているときに、たまたま検索結果として出てきたのが、県内で「コロナ陽性者の保育士が自殺した」というSNSの投稿だった。「退院した後、(保育士の)家族が自殺した」というものもあった。気になってさらに検索すると「感染した高校生が学校を退学」「陽性だった百貨店の店員が依願退職した」という別の情報も出てきた。

本当であれば大変なことだ。しかし、確からしい情報はネットを調べていても一向に出てこない。かといって、とても深刻な内容で気軽に聞けるものではなく、うかつに聞くと、そのことがさらに話を広げてしまう恐れがあった。直接、当事者に話を聞くしかない。いくつかのツイートの画像を保存し、群馬に向かうことにした。

◆取材を重ねて募る疑問

その日、群馬は40度を超す地点も出る酷暑だった。
最初に訪ねたのは、「自殺した」とツイートされた保育士の勤める保育園。園長は快く取材に応じてくれた。40代の保育士が感染したのは3月。当時は感染例も少なく園では大騒ぎだったというが、今は落ち着いていて、園長や職員たちの明るい雰囲気が印象に残った。

日常を取り戻しているように見えた職員たちの前で聞くのは気が引け、園内や感染対策を案内してもらったあと、「言葉にするのもどうかと思うんですが…」と建物の外で“自殺”の話を切り出した。

「あーなるほど」。園長はいろいろな噂が流れているということは聞いていたようだが、自殺の話は初めてのようだった。「今は元気でもう復帰しました」
復帰にあたっては、保健所や医療従事者が手厚く彼女を補助して、園でも保護者や職員が温かく迎えたという。もちろん、家族が自殺したこともない、と園長はきっぱり否定した。

次は「感染した生徒が退学した」という情報のあった高校に連絡した。電話口で副校長は「退学は全く違う。元気に学校に来ていて生徒も戸惑っている。再びニュースになることで生徒へ影響が出るのは避けたい」と話した。次第に、一体なぜこんな話が流れたのか、という思いがわいてきた。

3カ所目は、創業60年を超える地元密着の百貨店。「感染した社員が依願退職した」との情報が流れていた。有名化粧品メーカーが軒を連ねるきらびやかな1階の化粧品売り場で会ったのは、この百貨店の総務課長。7月中旬に社員が陽性となった後、再開とともに様々な感染防止対策をとっている、と丁寧な説明を受けた。こちらから「依願退職」の話を切り出すと、即座に否定し「全てが噂の中の範囲でしかない」「デマに近い」とも話した。今は感染対策を施しながら営業を再開しているが「一人でも多くのお客様に来店してもらい買い物を楽しんでほしい」と客足が戻らないもどかしさを訴えた。

◆「ツイートした人」の“理由”とは?

「自殺」や「退職」「退学」はすべてデマである可能性が高まった。本当に良かった。しかし、なぜこんな情報が出回っているのか。

東京に戻り、断定的にツイートしているアカウントを中心にメッセージを送ったが、多くは返信がなく、返信があっても会話までなかなかたどり着けない。そんな中、一人だけ、電話取材に応じてくれた。

県内に住む女性は、感染者の職場をよく知る人から「あたかも当事者がしゃべったかのような話を聞いたので、信じ込んでそれを不憫に思いツイートした」という。今回確認した内容を話すと、非常に驚くとともに、退職や退学が「本当でなくて良かった」と安堵した様子だった。その時点ですでにツイートは削除していたが、ツイートしたこと自体を悔やんでいた。

また女性は、群馬県でもじわじわと感染が広がって、不安だったということも話してくれた。街でもしかしたら接触するかもしれない。そう思って情報を探したという。

◆背景に“日本特有の事情”が?

こういった内容の“デマツイート”は、ほかの地域でも確認できた。
社会心理学が専門の東京大学大学院の関谷直也准教授は、コロナに関するデマツイートの背景には、まだわからないことが多い感染症への不安のほか、日本ならではの事情もあるのではないか、と指摘する。

日本では新型コロナウイルスへの対策として、個々のクラスター(集団感染)をいち早く探し出し、対処が取られている。この対策は、人と人のつながりや行動をたどっていき感染経路を明らかにするもので、感染の広がりを抑える効果があった。一方で、感染した人がさらに感染を引き起こしているように受け取られ、感染者の行動を責める風潮につながる恐れがあるというのだ。

関谷准教授は「本来であればクラスター対策には、慎重な情報公開がセットであるべきなのだが、情報公開やメディアの報道にも問題があったのではないか」と指摘する。

「例えば山梨県に帰省し感染が発覚した例。自治体も詳細にわたってその行動を公開し、メディアはまるで事件報道のような報じ方だった。こういったことは、不適切な行動で感染したのだから、自殺や退職をしてもおかしくないという社会的背景を作り出し、噂やデマのベースになっていく」

つまり、こうした話に接した時「とうとう出てしまったのか」とリアルに感じさせる“空気”が問題なのだが、それを作り出すのは情報を“伝える側”なのではないか、というのだ。

「この問題はツイートや噂を止めるというのがポイントではなくて、感染者が悪いという風潮を改めなければ、どこかでまた繰り返される。新型コロナウイルスは誰でも感染の恐れがある。本来、感染したことは悪いわけではない。そのことを再確認し、自治体やメディアは情報公開のあり方をもう一度見直すべき」と関谷准教授は話す。

20日に行われた感染症学会のシンポジウムで、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、どんなに注意しても100%の感染予防は難しいこと、そして「ウイルスに先手を打つには、感染した人々を排除するのではなく、感染が起きた事例を素早く教訓として社会で共有していくことが大事」と話していた。

日本での累積感染者数は6万人を超えた。このうち5万人近くが退院している。感染者が増えたということは、それだけ、再び社会に戻っていく元感染者の方がいるということでもある。もはや元感染者は珍しくはなく、感染した人が非難やいわれのないデマに触れることなく、いかに感染前の生活を取り戻すかは大きな課題になってくる。

感染の事実を報じる際に、何が必要なのか?その情報は本当に伝えるべき内容なのか。もう一度検討すべき時期を迎えているのだと思う。SNSのアカウントを持つ方には、ツイートする内容に不確かな情報が紛れ込んでいないか、投稿する前にもう一度確認をお願いしたい。そして感染した皆さんには、どうか自分を責めずに、感染予防に気をつけながら、感染前と変わらない日常を取り戻してほしい。

社会部記者 川崎豊

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