“最強の2人“独占取材 藤井二冠「将棋は面白い」[2021/06/05 10:30]

時に長考し言葉を選ぶように答える藤井二冠(王位・棋聖)。
自虐的な表現を交えながらも率直な言葉で語る渡辺明名人(棋王・王将と合わせて三冠)。

6月6日に第1局が行われるヒューリック杯棋聖戦五番勝負を前に、インタビューに答えてくれた2人の姿は対照的ではあったが、将棋への熱い思い、そして対局相手に対するリスペクトに満ちていた。

1年前とはタイトル保持者と挑戦者の立場を入れ替えて行われる再対決。
現在の将棋界「最強」とも言える2人の、最新の言葉をお届けする。

■ 藤井二冠「負けが込むとプレッシャー感じる」

「序盤・中盤で定跡を外れた展開でうまく方針立てて指すのがまだできていない。そういった力を伸ばしていきたいです」

5月最後の日。
東京・渋谷区のスタジオで行われた藤井二冠へのインタビューはいきなり反省の弁で始まった。

この日、藤井二冠は叡王戦本戦トーナメントの準々決勝で、強敵の永瀬拓矢王座を相手に終盤の逆転で勝ち切った。
詰将棋の達人、藤井二冠の終盤力には定評がある。
本人も終盤には絶対的な自信を持っているものと思ったのだが…

「それはあまりないですね。常に自分の課題を意識する必要があると思っているので、自分の長所というか得意なところはあまり意識しない気がします」

さらなる高みを目指して、長所を意識するよりも苦手を克服したい。
タイトルホルダーとして過ごしたこの1年の、責任感と重圧についても率直に語ってくれた。

「タイトルホルダーになって責任を感じる部分もありますけど、自分にとってはいい経験だったと思っています」
「どうしても公式戦で負けが込むと、多少ともプレッシャーになってしまう部分はあります。ただ負けてしまうことは当然あるので、それを気にしないということが一番なのかなと」

負けが込む… 連勝に次ぐ連勝のイメージがある藤井二冠に、そんなことはあっただろうか? 
調べてみると確かに去年9月、JT日本シリーズの準々決勝で豊島将之竜王に敗れて以降、負け・勝ち・負け・勝ち・負け…と、この期間に限って言えば負け越していたのだ。
そしてこの期間とは正に、8月に行われた王位戦でタイトルを奪取し「二冠」となった直後なのである。
さすがの「令和の天才」もタイトルの重みに苦悩していたのか。

だが一時的な停滞を脱してからのV字回復こそが藤井二冠の底力だった。
10月29日、佐藤天彦九段を破って以降は怒涛の19連勝。歴代8位の連勝記録を達成したのである。

そして迎える初めてのタイトル防衛戦。
棋聖戦五番勝負の相手は、前タイトルホルダーの渡辺明名人だ。

「自分としては昨年と同じように思いっきりぶつかっていく気持ちで指していきたいと思います」

■ 「魔太郎」が吐露した複雑な思い

「個人的なリベンジというよりは、責任感というのは感じています。対戦相手として(勝負を)盛り上げなくてはいけないというのは感じます」

藤井二冠へのインタビュー翌日。同じ渋谷区のスタジオで渡辺名人に話を聞いた。
1年前の戦いでは、最年少記録が期待されていた藤井二冠に対し、完全な「ヒール役」となっていたように見えた。
本人の胸の内はどうだったのか。

「始まっちゃえば関係ないですからね。将棋は“密室”でやるので、スポーツみたいにアウェー感は出ないんですよ。僕を応援している人がほとんどいなくても、対局場に入ってしまえばアウェー感、出ないんです。野球とかサッカーだと歓声の数が違うじゃないですか。将棋にはそういうのがないので、『別にいいですよ、全然』という感じです」

飄々と語る渡辺名人だったが、「ヒール役」という話の中で、少しだけムキになった話題がある。
メディアで「将棋界の魔王」などと紹介されたことについて聞いた時だ。

「あれ、『魔王』は間違いですよ。『魔太郎』が正しい」

藤子不二雄Aの漫画、「魔太郎がくる!!」。その主人公に容姿が似ているからと付けられたのが「魔太郎」という呼び名だった。
それがいつしか「魔王」に変わってしまったことに納得がいかないという。

それはさておき、国民的人気者を相手にした今回の棋聖戦も、役回りとしては敵役となってしまいそうだ。
ただ渡辺名人は、もっと複雑な思いを吐露した。

「去年の場合は藤井さんのほうが挑戦者で、自分はそれを受ける側でした。その時点でタイトルを持っている人、その時の一番強い人だったんです。ところが今年は、去年負けた人がまた出てきたの?と思われている。将棋にそんなに詳しくない方だと、『もうその人(渡辺名人)は勝負付けが済んでいるから別の人出してよ』と思っている。だからこそ今回は、去年以上の競った内容、スコアにしたいなという思いはありますね」

■ 2人の対決は「名局」「名手」の宝庫

実はこの2人、日本将棋連盟の将棋大賞で2020年度の最優秀棋士(藤井二冠)と優秀棋士(渡辺名人)でもある。
現在の将棋界で正に「最強のふたり」というわけだ。
そして両者が激突した去年の棋聖戦も、その内容が高く評価されている。
藤井二冠の初タイトル戦となった第1局は、将棋大賞の「名局賞」に選ばれた。
 
「終盤の藤井さんの勝ち方が、普通は思いつかないような手で勝たれたので、その辺が非常にインパクトとして大きい1局でした」

渡辺名人に強烈な印象を与えたのは、まさかのタイミングで藤井二冠が渡辺陣に角を成り込んできた一手。
「あの場面でいきなり斬り合ってくるというのはなかなか浮かばない指し方なので、そのあたりは藤井さんの特徴が良く出た指し方でしたね」

そして第2局では、藤井二冠が指した「3一銀」という守りの手が注目を集める。
AIが6億手まで読んで初めて最善手に浮上する手だとされ、「AI超え」と言われた。
この手で藤井二冠は、優れた戦法や妙手を指した棋士に贈られる将棋大賞の「升田幸三賞特別賞」に選ばれている。

「『AI超え』という表現はちょっとセンセーショナルかなと思うんですけども、ただ話題にしていただけるのは有難いなと思います」(藤井二冠)

結局、1勝3敗でタイトルを奪われてしまった渡辺名人。
敗戦直後には自身のブロクで、「負け方がどれも想像を超えてるので、もうなんなんだろうね、という感じです」と、お手上げ状態だったことを告白。
続けて「自分の長所を生かして対抗できる策を見つけるしかない」と記していた。
果たして、今回の再戦で新たな策は用意できているのか?

「先日まで名人戦をやっていたので、正直に言うとこれからなんですけど、去年、ある程度やって情報とかはありますし、そのあたりは番勝負が進んでいく中で、作戦なども構築していきたい」

今回、藤井二冠は4局目までに勝利すれば、屋敷伸之九段の19歳0カ月7日を破り、最年少でのタイトル防衛となる。
だが渡辺名人はその記録自体には冷ややかだ。

「去年は最年少でのタイトル獲得だったじゃないですか。それはすごいことなんですよ、記録という面で。最年少で一発目を取るというのがすごいんです。取った人はやがて防衛するでしょ?という感覚。1期取った人は2期取るし、2期取った人は3期取る。最年少防衛みたいなのは将棋界の中ではほぼ関心ない」

20歳でタイトルを獲得してから16年の間、一度も無冠になったことがない渡辺名人ならではの言葉と言えるかもしれない。
そしてこんな意味にも受け取れる。
「藤井聡太は防衛を果たして驚くような人物ではない」と。

■ なぜ「神の手」4一銀を指せたのか

「個人的には家にいることはそれほど苦にならないので。やはり家で将棋に取り組むのが生活の中心になっています」(藤井二冠)

1年以上続くコロナ禍。
自宅での将棋研究の強い味方が、50万円とも言われている超高性能CPUを搭載した自作のパソコンだ。
その話を聞くと表情が和らいだ。
 
「もちろん同じ思考時間であれば、良いマシーンを使ったほうが(将棋ソフトは)強いんですけど、ものすごく差があるというわけではなく、割と気持ちの問題とは思います。ただ普段からAIを使って研究することが多いので、自分にとっては良い投資にはなったかなと思います」

そんな研究が実ったのか。
今年3月、藤井二冠は再び歴史的名手を放つ。
竜王戦2組ランキング戦の準決勝、松尾歩八段戦で指された「4一銀」だ。
すぐ取られてしまうところに銀を捨てる手。
将棋AIは最善手として示していたものの、中継で解説を務めた藤森哲也五段が「これはプロでも指せない手。指したら神」とまで断言していた。
そして藤井二冠は「4一銀」を指した。

並みいるプロ棋士が絶賛した名手「4一銀」により、この対局も将棋大賞の名局賞・特別賞を受賞した。
ではなぜ彼は「神の手」を指せたのか?

「やはり対局者は、見ているだけの人とは立場が違って考えることは多いので、自分だからあの手を発見できたのかはわからないです。ただ自分なりにしっかり読めて踏み込むことができた、それを“指し手”で表現できたのはとっても充実感がありました」

プレッシャーも手ごたえも感じた、この1年。
そんな藤井二冠に2つのことを聞いてみた。
まずはこの1年、一番嬉しかったことは何ですか?

「ふふ、難しいですね… やっぱり自分なりにしっかり考えて1局指せたなという時は嬉しいですね。また『4一銀』のような、話題にしていただけるような手を指せたときは充実感がある気がします」

では将棋を指すことが怖いと思ったことは?
「いやそれはないですね。もちろん負けが込んでいるときには不安はあるし、結果に対する不安もあるんですけど、将棋を指すことはやっぱり面白いところが多いので、指すこと自体が怖いということはない気がします」

■ 渡辺名人「棋士冥利に尽きる」

藤井二冠、渡辺名人と同じく中学生棋士の谷川浩司九段はかつて、藤井二冠のあまりの活躍ぶりに、20代・30代の棋士に対して「君たち、悔しくないのか」と問いかけた。
現在37歳の渡辺名人には、自身が藤井二冠への壁になる、という思いはないのか?

「それは思わないですけど、藤井さんがこれだけ社会的に将棋界の枠を超えて注目を浴びる中で、自分が対戦相手としてこれだけやれているというのはやりがいになりますよね」「もしもっと遅れていれば自分はとっくにピークを過ぎてどこにもいないかもしれない。そうしたら、ただ彼の活躍を見ているだけという状況になっていたかもしれない。実際は自分がまだこの年齢で、ある程度指せていて自分が対戦できる、それを多くの人が注目して見てくれるというのは、棋士冥利に尽きることですので、それはすごいやりがいとしてエネルギーに変えていきたい」 

今後、藤井二冠には棋聖戦に続き、もうひとつのタイトル、王位を防衛する戦いが待っている。
さらに期待がかかるのは、挑戦者決定まであとわずかという状況の竜王戦と叡王戦だ。
最後に、新たなタイトル獲得への意欲を聞いた。

「あんまり最初から結果を求めても、うまく行かないので、常に目の前の対局や目の前の一手に意識を向けたほうが良いと思っています。もちろん他のタイトルに挑戦するのも目指してはいるんですけれど、今の段階では自分としてあまり意識することではないかなと思っています」

(ヒューリック杯棋聖戦はABEMA将棋チャンネルで全局生中継)

報道局 佐々木毅

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